第26話 恥ずかしがり屋さん

「お疲れ! 凄いじゃないか! 影兎シャドウラビット! 紬!」


 外に出ると真っ先に喜色をたたえ叫んだのは紬の兄だ。

 飛び上がりそうな勢いで俺を抱擁し、バシバシと背中を叩かれる。

 二重の意味でウサギマスクを装着しておいてよかった。顔バレと赤くなっているのを隠してくれる。


「ボスに苦戦しましたが、紬さんのサポートで何とかなりました」

「あんたのことを報道できないのが残念だよ。紬と影兎の共同戦線で突破、で動画をアップしてもいいか?」

「顔と個人名を伏せていてもらえれば、問題ないです」

「もちろんだ。ホライゾンのみでクリアしたとか、嘘は言えないから。すまんな」

「いえ。取材も沢山来ると思いますし、お任せしちゃうのも心苦しいですが……お願いします」

「任せてくれ。それくらいクリアに比べりゃ些事ってものだ。助かったよ。ありがとう!」


 この人、凄い人だと素直に感心した。

 強さにではない、彼の在り様にだ。

 紬の兄……ええと、紬から聞いた名前……敦賀京介つるがきょうすけは心から俺を祝福してくれている。

 本当は自分がクリアに挑みたかっただろうに、それを見ず知らずの俺がクリアしてしまった。

 普通、多少の嫉妬心とか暗い気持ちを抱くものなのだろうけど、彼にはそれが一切ない。

 なんて気持ちのいい人なんだって。俺もこうなりたいな、と素直に尊敬する。

 

 ブーブーブー。

 そこでスマートフォンが振動した。

 

『蓮夜。死傷者は出ていないと滝さんから連絡があった。こっちに向かってるそうだ』

『良かった』


 何で隣に浅岡の影がいるのにメッセージなんだよ、と思ったが、すぐに理解する。

 ここには紬以外に京介をはじめホライゾンのギルドメンバーがいるから。

 浅岡と何気なく会話していたら、名前とかすぐにボロが出そうだもの。

 

 更に浅岡からメッセージが着信する。

 

『滝さんらが来る前に急ぎ退散しよう』


 あ、確かに。父が来たらますます気が緩んでしまう。

 出会うなり、「父さん」とか言ってしまいそうだよ。


「京介さん。この場はお任せしても良いですか? さすがにもう限界で……」

「任せろ。紬も先に休んでくれ。後は任せろ。何しろ俺たち、丁度一階に到着したら外に出たんだよ。まだまだ元気だ」

「はあい☆ じゃあ、私も休ませてもらうね。行こ。影兎くん」


 紬がしな垂れかかってきて、俺の腕に自分の腕を絡めた。

 無言で彼女の腕を離し、歩き始める。

 

「恥ずかしがり屋さんなんだからあ」

「知りません!」


 ◇◇◇

 

《恐山の二大インスタントピラーがクリアされる》


 探索者用のサイトを見て、はあと息を吐く。

 テレビでも先日のモンスターが外に出たことを大々的に報道している。

 専門家とかコメンテーターなる人たちが、あることないことを議論し辟易したため、すぐにテレビを切った。

 

 あの後、浅岡と合流しすぐに帰路につく。

 恐山のもう一本のインスタントピラーからもモンスターが出てくるかもしれない、ってことで屠龍とホライゾンが協力して日曜日の丸一日かけてクリアしたんだ。

 土曜日から屠龍がチャレンジしていたこともあり、35階くらいまでの地図があったことも幸いした。

 更に緊急事態ということで過去に登ったことがあるギルドからも情報提供を受け、短期間でクリアできたのだと父からメッセージが送られてきたのだ。

 

 そんなわけで月曜日になってしまい、学校に向かっている。

 校門のところで佐奈と挨拶を交わし、クラスの前で浅岡と出会う。

 

 教室はというと――。

 

「すっげえニュースになっていたな。対策としてインスタントピラーの前にバリケードを作るとか言ってるけど、無駄だよな」

「そらそうだよ。こればっかりは探索者に頑張ってもらうしかない。そうそう、見たか? ホライゾンの動画。また影兎!」

「当たり前だろ! 影兎に最初に注目したのは俺だぜ。あの敦賀紬と共同戦線だったとはいえ、65階クリアだもんな。やべえよ」

「だよな! 影兎だけで80階クリア! もすぐに拝めるんじゃないか!」

「二人パーティの最高記録か!」


 相も変わらず探索者のことで盛り上がっている。

 本当に飽きないよな。あいつら。

 冷めた目で彼らをチラリと見やるも、影兎、影兎の声がどうしても耳に入ってしまう。

 早く始まれ、授業。

 

 あっという間に昼になる。


「俺たちの憩いの場を変えた方がいいようだな」

「そうだね。どこにしようか」

「いい場所を知ってる?」

「うーん、反対側の校舎横はどうだい?」

「グラウンド横かな。陽射しがキツイのが難点だけど、仕方ないか」


 なんて浅岡と喋っていたら、俺たちの憩いの場にいた女子生徒に気が付かれてしまった。

 また俺か浅岡に話たいことがあるのだろうか?

 うん。坂本琴美だった。

 明日からは場所を変えると誓う俺であった。

 いや別に彼女のことが嫌いとかそんなことではない。昼休憩は浅岡と情報交換する貴重な時間なのだ。

 放課後でもいいのだけど、昼に決められることを決めておけばすぐに動けるようになるじゃないか。

 インスタントピラーに挑むにしても、場所とか時間とか決めることが沢山ある。

 

「滝先輩! 浅岡先輩!」


 笑顔で手を振られては行かざるを得ない。

 浅岡と顔を見合わせ、憩いの場にあるベンチに腰かける。

 

「聞きました?」

「え、えっと。何をかな」


 琴美の問いかけに浅岡もたじたじだ。

 俺? 俺は唐突過ぎて何も返せなかった。

 

「インスタントピラーからモンスターが出たという事件を受けて」

「ああ。講習会かい?」

「そうです!」

「僕らが聞いても、特には」

「私たちがモンスターへの対応方法を聞いても、って思うかもしれません! ですが、先輩! 何と、あの高校生探索者が来てくれるんですよ!」

「君も高校生探索者じゃないか。君が喋るのかい?」

「無理です! 私じゃ……まだまだスキルに頼っているだけで、未熟です……」


 シュンとする琴美。

 講習会? そんなのあるんだっけ。授業中は例のごとく寝ていたので分からん。

 

「二年生はお昼明けの授業が講習会になるんですよ! 一年はその後です」

「情報ありがとう。蓮夜はともかく、一応僕は把握していたよ」

「そこじゃなくて。あ。すいません! お二人とアドレス交換がしたかったのに……」


 彼女が喋っている途中で同級生らしき女子生徒が彼女を見つけお冠の様子だった。

 何かやることがあってすっぽかしたんだな。

 「ごめん、ごめん」と言いながら彼女はその女子生徒の元へ駆けて行った。

 いつもながら嵐のようだ……。

 

「何だったんだろ」

「さあ。僕はともかく、君が講習会を聞いてもね」

「大丈夫だ。どうせ、寝てる」

「いい加減、ちゃんと起きていた方がいいと思うよ」

「たまに起きてるから大丈夫だ」

「赤点で居残りにならないことを祈るよ」

「それはまずい。放課後の活動に支障が出る」

「全く……」


 眼鏡に指を添え、呆れる浅岡だった。

 眠気一杯のお昼後に体育館に行ったわけだが、すぐにうつらうつらしてきたが登壇者を見て目が覚めた。

 

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