第21話 恐山インスタントピラー

『順調。登る。オーバー』

『モンスタースキルの確認をしておいた方がいい。場合によっては戻るように』

『死霊系はほんと、めんどくさいな』

『植物系よりはマシじゃないかな』

『そういえば植物系は今のところ挑戦したことがないな』

『そのうち行くことになるかもね。お隣のインスタントピラーは植物系さ』


 浅岡の影がいるから直接会話してもよかったのだけど、階段部分って上と繋がっているのだがフロアの様子は見えないんだ。

 もし登ったところに誰かいたら、俺と浅岡の会話を聞かれてしまうだろ。

 そこまで慎重にならなくてもと思ったが、「普段から気を引き締めておかないと足もとをすくわれる」という浅岡のもっともな助言になるほどと感心した。

 

 ステータスのチェックだったな。

 死霊系のモンスターは嫌らしい攻撃をしてくる奴らが多いものの、有用なモンスタースキルも手に入る。


『名前:滝蓮夜

 ギルド:影兎シャドゥラビット

 レベル:27

 力:2060

 敏捷:1240

 知性:820

 固有スキル:吸収

 モンスタースキル:エイミング、恐怖耐性(大)、忍び足、隠遁、麻痺・睡眠耐性(大)』 

 

 麻痺と睡眠の複合耐性を得ることができたのは大きかった。

 現在のスキル構成が悩ましい。全て欠かすことのできないスキルなんだよな。

 削るとしたら「忍び足」か「恐怖耐性(大)」だろうか。しかし、獣系は挨拶のように、ゴブリンなどの人型系にも咆哮を使ってくる敵がいる。

 硬直を喰らうと無防備になってしまう。時間にして一秒かそこらだけど、致命傷になりかねない。

 麻痺・睡眠は死霊系に挑むなら必須。富士樹海のモンスターが死霊系じゃないと分かって外してきたが、今回は低層階で耐性を獲得していき、一時的に忍び足も外して複合耐性持ちがいないか探していた。

 見つかったので、麻痺耐性を忍び足に上書きして今に至る。


『忍び足のロックを外す、でいいかな』

『恐怖耐性を外してもいいけど、取りに行くのも考えものだね』

『だよな。今回、麻痺と睡眠に苦しめられたからな』

『一応、これまで出会ったモンスターから獲得できるスキルは記録している。もし恐怖耐性を得たい場合にはルート案内はするよ』

『分かった。一旦は忍び足を外すよ』

『了解』


 そんじゃま。行くとしますか。

 55階へ。

 

 あいやあ。

 絶賛ドンパチ中だった。

 階段を登って真ん中の回廊を進むと広場になっていてさ。そこで、7人の探索者とモンスターが激しくやり合っていた。

 探索者はともかく、モンスターの索敵範囲に入る前にズリズリと後ろに進む。

 ここで背を向けて戻るなんて間抜けなことはさすがの俺でもしない。

 念のため、54階に戻ってからスマートフォンをタッチする。


『絶賛挑戦中だったな』

『確かにまだ「挑戦中」になっている。もう帰還しているのかと思っていたよ。ごめん』

『エントリーすると挑戦中になるんだったよな』

『だったんだけど、昨日早朝にエントリーしたからてっきりもう撤収しているものだとばかり』

『マジかよ。ピラーの中で一泊してまだ元気に進んでいるのか』

『そうみたいだね。出会うとしても帰還中の低層階だろうと思ってて』

『仕方ないさ。どうしたものか。様子を見守るにもモンスターに気が付かれてしまう』

『難しいところだね』


 うーん。55階ともなると隠遁はまるで効果を発揮しない。死霊系にいたっては低層階でも視力以外で捕捉してくるモンスターが多いから尚更である。

 忍び足を使っていてもまるで意味がない。ひょっとしたら熱を消していても無駄かもしれないな。

 丁度いい。

 階段の影に隠れるようにして座り込む。

 水筒を開け、棒状栄養バーをかじる。

 

「蓮夜。不味いことになった!」

「ぐお」


 浅岡の影が唐突に叫び、ちょうど水を飲んでいたものだから盛大に蒸せた。


「今、滝さんから連絡が入った。滝さんたちも即撤収するって」

「父さんが撤収? 父さんは無事なのか!」

「ごめん。あまりの出来事に動転していた。順を追って話すよ」

「分かった」

「今、僕らがいるインスタントピラーの入り口からモンスターが外へ出た」

「え……? 何だよそれ」


 言われている意味が頭に入ってこない。いや、頭が理解しようとすることを拒否している。

 過去の未来で体験していない出来事だ。もし、ピラーからモンスターが出て来るなんて大事件があれば、大々的に放送され記憶しているはず。


「何故か。過去の経験と違う、と言ったことは後から考察すればいい。僕らの選択は三つある。どれが最良か君の選択を聞きたい」

「言ってくれ」

「一つ。最速で降りて入り口前で片っ端からモンスターを潰す。二つ。55階のギルドと合流して一緒に降りる。君も協力すれば彼らもより速く降りることができるだろう」

「三つ目は?」

「元を絶つ。インスタントピラーをクリアし消失させればこれ以上モンスターが出て来なくなる。外に出てしまったモンスターが消えるかは半々かな」

「父さんたちや知らせを受けた警察を通じて他の探索者も駆けつける、よな。たぶん。なら、選択は2。だけど、降りるかは上の階のギルドがどうするかで決めたい」

「分かった。僕の影が彼らと交渉しよう。君は露払いを」

「突然、横からモンスターを奪われたらいい気はしないだろうけど」

「そこは僕と彼らの会話を聞いて判断して欲しい」


 外と中を行き来できるのは人間だけだった。

 人間が出入りできるのだから、モンスターも同じことができても何ら不思議ではない。

 この分だともう一つの常識……というかモンスター側の制約も変化していたりしないか?

 モンスターはそれぞれの階層から移動することができない。なので、一階には一階のモンスター。二階には二階のモンスターがいる。

 階段があっても彼らは降りてこようとはしなかった。

 外に行けるようになった場合、彼らが階段を降りてこないとは言い切れない。

 三階のモンスターが出てきたら、軍隊じゃあ歯が立たないのだ。

 探索者がうまく駆け付けることができればいいけど、探索者の目をかいくぐり街中に入られたら大惨事になる。

 

 再び55階へ。


「ったく。きりがねえ」


 前線で戦う30歳前後のスキンヘッドが愚痴を漏らす。

 彼を含む四人が戦っており、後ろの二人は戦いの様子を見守っていた。

 全部で七人。五人と二人でパーティを分割して交互に戦っているのかな?

 随分と人数バランスが悪い、と思ったが、後ろの二人が五人分の働きをすることができるということなのかも。

 

 俺の肩から浮き上がり姿を見せた浅岡の影が彼らに呼び掛ける。

 

「戦闘中に申し訳ありません。同じく挑戦中の影兎です。ここのインスタントピラーからモンスターが外に出たということを知っていますか?」


 前の五人はさすがに浅岡の声に気を向ける余裕はなかったが、後ろの二人が反応を返してくれた。


「戦闘中で知らなかった。今、確認する」


 二人のうちツンツン頭の男の方がタブレットを取り出し、ちょいちょいと操作をする。

 彼の後ろからもう一人のポニーテールの女の子がタブレットを覗き込む。 


「緊急事態だ! モンスターを一掃するぞ! 影兎にも協力を仰いでもいいか?」

「もちろんです。奥の巨体は全てお任せを」

「へえ。あの体力馬鹿を三体も。お手並み拝見だな。俺たちは手前の吸血鬼どもをやる」


 へえ、あの骨だけドラゴンって、タフだったんだな。

 骨だけだしイメージ的に吸血鬼の方がタフだと思ってたんだけど、違ったのか。

 そんじゃま。骨だけドラゴン三体、仕留めさせて頂きますか。

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