第5話 成敗!

「一体何ごと!」

『も、桃太郎! 向かうのです!!』

「鬼が出たということですね!!」


 若き神は押し黙った。そうだと良いんだけどなあ……。


 かくして、桃太郎一行は叫び声のした方に向かった。なんとそこには、


「俺、昨日女に振られたばっかなんだよ!! 1人花見のやけ酒やけ食いはさ、途中できつくなって!! 一緒に花見付き合ってよ~!!」

「そんなの知るか! どっか行け!!」

「そうよ、このでかぶつ!! キモい!!」


 酔っぱらった熊のような体格の男が、泣きながら土下座していた。乙女達の花見の席で罵倒されながら……。


「なにが起こっているんだ!?」


 桃太郎は驚愕した。無理もない、6歳の子供には理解できない光景だ。


「ちくしょう!! 俺に優しくしてくれる女性なんて、一生いないんだ!!」


「キャアー!!」


 土下座していた男が急に立ち上がり暴れ出した。顔を真っ赤にして。

 若き神はハッとした。こいつが鬼で良くない? ちょうど暴れて悪さしてるし。


『桃太郎! あやつは鬼です!』


 桃太郎は酔っ払いの大男の前に立ちはだかった。


「悪いことはやめなさい! 鬼よ!」

「はあ! 誰が鬼じゃい!! 俺は人間じゃ!!」

「えっ? ……確かに」

『桃太郎、騙されてはいけません。鬼とは人の心に巣くう魔なのです。今目の前にいる大男は鬼の心に支配されています。つまり……、鬼なのですよ。さあ、仲間とともにその大男を懲らしめなさい』


 桃太郎は、若き神の聴こえの良い言葉を素直に受け止めた。


「あなたを懲らしめます!」

「何が懲らしめるだ! てめえらに何ができ―――、あっ! 犬、猿、雉!? なんてことを!?」


 大男が驚きの声を上げた。犬、猿、雉が、大男の用意していた食べ物と酒をむさぼっていた。


「ワンワン!」「キャッキャ!」「ケンケン!」(旨い! パサパサの団子がゴミのようだ!! ヒック!)」


「このくそ動物共が! 俺のもんに手だすな!!」

「ワン!(なんだこいつ!)」「キャッ!(食事の邪魔を!)」「ケン!(するな!!)」


 3匹は一斉に飛びかかった。


 犬は大男の身ぐるみを鋭い牙で引き裂いた。大男がふんどし一枚に。そのふんどしは黄金色で、黒い横縞がいくつもあった。運が良い事に、鬼の腰巻カラーだった。

 猿が、大男の体を長い手で叩きまくる。男の全身が見る見る赤くなっていく。

 雉が、大男の髪をくちばしでつつく。毛にウエーブがかかり、みるみる内にアフロへ。

 桃太郎は大声を上げた。


「鬼め! 本性を現したな!!」

「誰が鬼じゃ!? おのれえ、俺の宴会を滅茶苦茶にしおって!!」


 大男が桃太郎を捕まえようと迫ってきた。桃太郎は華麗にかわし、模造品の刀で、大男の膝裏に一閃を放った。大男が地面にひれ伏した。


「お、おのれっ! なっ!? わわっ!?」


 仰向けになっていた大男に、犬、猿、雉が飛びついてきた。3匹とも酒の酔いでテンションが高かった。


「ワンワン!(僕も一緒に遊びたいぃ! ペロペロ!)」


 犬が筋骨隆々の大男の右乳首を急になめだした。


「ちょ、やめ!? あっ! ああっ!!」


「ケンケン!(私も遊びたいです! ファサ、ファサ!)」


 雉が、大男の左乳首付近に身を寄せ、柔らかな羽毛を急にこすりつけだした。


「ちょ、やめ!? あっ! ああっ!!」


「キャッキャ!(なんやこいつ、遊んでるんなら笑わな! コチョコチョ!)」


 猿が柔らかな両手で、大男の脇腹をくすぐりだした。


「ぶわはははっ! や、やめて!! あっ!! ペロペロしないで! 羽で撫でないで!! あっ、あっ!! だ、だめ――、イクッッぅ!!」


 大男は突然、静かになってしまった。大柄な体躯が時々、ビクンビクンと、震えている……。


 桃太郎は、ただ茫然と見つめていた。


「……、イクッとは一体?」

『も、桃太郎よ!! は、早く、勝利の声を上げるのです! さあ!!』


 桃太郎は我に返り、高らかに声を上げた。


「成敗ッ!!」


 刀の模造品を天に掲げる。すると周囲にいた花見客から拍手が巻き起こった。即興の演劇を見たかのよう。民衆の楽し気な喝采に包まれ、桜の木々からは艶やかな桃色の花弁が舞っていた。

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