穴があったら入りたい

渚 孝人

第1話

「穴があったら入りたい」という気持ちになったこと、たぶん誰しも一度はあるのではないだろうか。

これは僕が中学生だった時に起きた不思議なお話である。


中学生の頃、僕は毎日中央線に乗って通学していた。僕の学校は男子校だったため女の子と付き合っているやつなんてほとんどおらず、唯一の出会いの場所は塾だった。


ある日の通学中、僕はたまたま塾で同じクラスの女の子(美希さんとしておこう)が同じ車両に乗っているのを見つけ、どきどきしながら


「あの、良かったら時間合わせて一緒に通学しない?」と誘ってみた。


結果はまさかのOKで、僕は有頂天になった。




その次の日以降一緒の通学が始まったわけだが、美希さんはなぜかいつもそんなに楽しそうな感じがなく、今になって考えてみるとどう考えても全くの脈なし状態だった。しかしうぶな中学生がそんなことを分かるはずもなく、ある日の通学中、僕は


「良かったら、今度、デートとかどう?」と誘ってしまった。


すると美希さんは、


「あー、ごめんね。私実は付き合ってる人がいるの。だから無理。それから、一緒の通学も今日で最後にしよ?」と言うと、彼女の学校がある荻窪でさっさと降りて行ってしまった。


付き合ってるやついたのかよ!という気持ちと、周りのみなさんからの痛いくらいの憐れみの視線を受けて、僕は顔が真っ赤になってしまった。TPOを考えずにデートに誘ってしまったせいで、朝の満員に近い中央線だったからギャラリーはとにかくたーくさんいた。下手したらウインブルドンのセンターコート並みの注目度だったかも知れない。


僕は消えてしまいたいという気持ちを抱えたまま、中央線に乗ったまま固まっていた。学校がある吉祥寺に着いた時もとてもじゃないが降りる気分になれず、そのまま椅子に座ってぼうっとしていた。


中央線はそのままどんどん進んでいき、立川や八王子を過ぎると僕のことを憐れみの視線で見ていた会社員のおっさん達も、自分の職場の駅に着いて次々に降りて行った。




気が付くと、車内には僕を含めて数人しかおらず、中央線はよく分からない山の方の駅についた。


僕はやっと少し安心してホームに降りたが、今さら引き返して授業を受ける気にはなれず、今日は熱を出したことにしよう、と決心してその駅でぶらぶらして過ごすことにした。




そこら辺を歩いてみて分かったことは、この駅の周辺にはとにかく何にもない、ということだった。


何にもないけどマックとコンビニならある、というならまだ分かるのだが、そこには本当に何にもなかった。ただ民家が数件あってカラスが鳴いているだけだ。よく考えてみたら駅に駅員すらいなかったような気がする。東京にこんなド田舎みたいな駅があったのか、と驚いたが、まあ傷心を癒すには逆にうってつけかも知れない、と考え直して僕は山道を歩き始めた。


歩いている内に僕はさっきの人生最大級に恥ずかしい体験を思い出して、誰も見ていないのに真っ赤になってしまった。

「ほんとに穴があったら入りたいくらいだわー。」とつぶやいてふと前方を見た時、僕の目の前には本当に穴があった。


どうせマンホールのふたが開いてたかなんかだろ?とみなさんは思うだろうけど、それは明らかにマンホールなんかではなかった。だいたい砂利だらけの山道にいきなりマンホールなんてあるわけがない。


その穴はだいたい直径1mくらいの大きさで、そこだけがまるでブラックホールみたいに真っ黒になっていた。


「なんだこれ?」とつぶやいて、僕はしゃがみこんでその穴をのぞきこんだが、奥は真っ暗で何も見えない。穴のふちを触ってみようとしたが、なぜかその穴にはふちというものがなく、伸ばした手は空を切ってしまった。


普段の僕だったら(というかまともな神経をした人なら)、そんな気味の悪い穴からは一目散に逃げるか、警察に相談するかしただろうと思う。だけど、その時の僕はまさに「穴があったら入りたい」状態だったから、僕は迷ってしまった。これはもしかして、はずかしーい体験をした僕のために誰かが用意してくれた穴なんではないかと。


それに僕は結構なファンタジー好きで、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」もよく知っていたから、うさぎの穴に落ちたアリスみたいに、すげー楽しい体験が出来るかも知れない、と思ってしまった。


僕は少しの間迷っていたが、やがて目を閉じて神経を集中させると、背負っていたカバンを前向きにかけなおして、その訳の分からない穴に飛び込んだ。

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