生地訪問
§1 過疎地の食糧事情
晩酌の酔いも手伝ったのか、生まれた村を訪れることを思いついた。
近々、かの地を舞台にした小説が出版される(『動物王国捕物控』文芸社刊)。故郷を踏み台にしているようで、申し訳ない気持ちがあった。
もうひとつは、主人公のパートナーとしてしばしば登場する盲導犬エヴァンにも、その舞台を見せておきたかったのである。
小説にあるように、妻の運転で出かける。少し早めの昼食をどこでとるか。家の近くで
この先に二軒ほど、うどん屋とラーメン屋がある。妻はうどん屋に寄ることを提案し、私はラーメン屋にも未練があった。しかし、蕎麦屋で正解だった。うどん・ラーメンとも、店が開いていなかった。
§2 かつて地域の中心地
吉野川の支流・
生まれ故郷の「
往時には出合に十数件の店が営業していた。郵便局はもちろんパチンコ屋、映画館もあった。
幼稚園から小学校・中学校があり、分校も設けられていた。
出合の学校は、猫の額ほどの
§3 整備道を村人は出て行った
千足には多い時で二一軒あった。おそらく人口は百人を超えていただろう。
今、千足に住んでいるのは三軒、六人だけだ。
村の最奥部に生家があった。そこから四〇分ほどかけて通学した。当時はやっとバイクが通れるくらいの道だった。村人は重い荷物を背負い出合と行き来した。
大人も子供も、とにかくよく歩いた。徒歩しかめぼしい移動手段がなかったのである。
「家の下まで行ってみる?」
妻が
私の視界は真っ白である。それでも生家に近づきたい。クルマは隣家の下まで入っていった。そのあたりで行き止まりのようだ。生家はさらに歩いて三、四分かかった。もう、道は崩れ、周囲は
千足の道が整備された頃には、我が家は空き家になっていた。母が死去し父が長男の家で同居するようになったのである。
公費を投入した道は、しかし、村人にあまり恩恵をもたらさなかった。多分に漏れず、多くの村人は快適になった道を利用して、都会へ流出しては行ったが。
§4 親戚再会
「誰か来てるよ。クルマがある」
軽トラが止まっているらしい。
村の奥に三軒の家があった。残り二軒のうちの関係者でも来ているのだろうか。
クルマを降りる。妻が愛想よく話をしている。
妻は隣町の生まれで、姉が千足に嫁いできた。姉も連れ合いが亡くなり、都会に住む長女のもとで暮らしている。幼少のころから姉の嫁ぎ先に遊びに来ていた関係で、村の衆とは顔見知りだ。
話し声から、従祖母(いとこおば)であることが分かった。昨年、夫を亡くした。今、千足で一人暮らししている。
もう一人の声はその息子。私のまたいとこである。
母が枯草を堆肥にするのを、手伝いに来ている、という。
彼は出合中学の最後の卒業生、とのことだった。それから過疎化は加速度的に進んだのだろう。合併した中学は、とっくにない。
「さっき、サルの群れが近くまで来とった」
従祖母は世間話の続きのようにいう。日常茶飯事なのだろう。
「あちこち、イノシシが掘り返しとる」
と、またいとこはいう。一瞬、イノシシの視線を感じた。
§5 消えた水音
引き返して、空き家となっている妻の姉の家に寄る。
義兄の墓参りをする。妻の話によると、サル除けの電気柵があり、中でミカンがたわわになっているらしい。
故人がそこに眠っている
しかし、何かが違っていた。
静かなのである。もう冗談を言い合う村人の笑い声や、子供たちの嬌声が聴けないことは、分かっている。
いくら耳を澄ませても、谷川の音が聴こえないのである。
戦後の国策による植林のため、日本の森林は姿を激変させた。針葉樹と広葉樹のバランスは崩れ、地下に蓄えられる水の量は減少、谷や川の水は
過疎化は環境破壊とセットで進行した。村に人口が戻ってくれば解決するような問題ではない。
自然の沈黙に耳を傾ける。我々はいったいどれだけのものを、失ったのだろう。
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