1-2

「……!!」

 

 高田はうつ伏せで倒れているボスに近づいて仰向けにすると、ボスは黄色く染まった目を見開いて死んでいた。

 森谷は悲鳴を上げ、中川は言葉を失った。智成の隣では、ブレザーの女性が息を呑む気配がした。

 そんな中、智成はさりげなく周囲を見渡した。椅子はひっくり返され、側の床でボスが死んでいる。紅茶がこぼされている机の上では、ランプの横で書類の山が大幅に崩れ、散らばっていた。


(荒れてるな……)


 中川は部屋の様子を見た後、机の上で溢れている紅茶のカップを持ち上げ、おもむろに自分の顔へ近づけた。


「アルコール……」

「そういえば、ボスが酒飲んでるのを見たことないな。姐御あねごが酒を嫌ってるからか? 相変わらず、ボスは姐御にベタ惚れだよな」


 こんな状況でも軽口を叩く高田の背中を、中川はバシッとしばき倒した。そんな時、バタバタと入り口から慌ただしい足音が聞こえ、自然と扉の方に視線が集まった。


「中川の兄貴、連れてきました!」

「離せ、うっとうしい」

「すみません!」


 頼んでもないのに、中川の部下が二人掛かりで一人の男性を引っ張ってきた。

 だらしない恰好をしたその男性は、赤色に染めた髪から金色のピアスが覗いた。その男性は、部屋についた途端に部下の手を振りほどくと、ふらふらと足元がおぼつかない様子で地面に胡坐あぐらをかいた。

 智成は、赤髪の男性が部屋に入ると、思わず手で顔を覆った。


(げっ。酒臭!)


「なんで篠田さんを連れて来た?」

「……俺、見たんです。篠田さんがボスにお金を渡しているところを」

「ほう?」


 その言葉を聞き、高田は目を見開いて部下を見た。中川は眉間にしわを寄せる。


「一昨日の深夜。ふと目が覚めた俺は、トイレまでの廊下を歩いていました。いつものように突き当たりを右に曲がろうとしたら、突然大きな怒鳴り声が聞こえたんです。慌てて壁に張り付き曲がり角の先の様子をそおっと伺うと、そこには、ボスと篠田さんが口論しているという見慣れた光景しかありませんでした。『なーんだ。いつものことじゃん。』そう思った俺が踵を返そうとした時、篠田さんがボスに嫌々お金を渡しているのを目の端で捉えてしまったんです。きっと、日に日に借金が返せなくなったとかで逆恨みした篠田さんは、とうとう追い詰められて、ボスを殺したんですよ!」


 部下の男はそう言って篠田の方向に指をさした。もう一人の部下は篠田を見てヒュッと唾を飲み込むと、慌ててその手を下げさせた。


「だが、篠田さんはボスの相棒だ。確かによく口論しているようだが、信頼できる人物だと私は思っている。お金を渡したことも、何か理由があるんじゃないか? そもそも、暗闇の中、篠田がお金を渡していたとなぜ思った?」


 中川がそう言うと、高田はつまんねえな。と肩を竦めた。


「確かにお金でした。ちょうど窓から月明かりがさしていて見えたんです! 篠田が分厚い封筒を渡し、受け取ったボスがそこから万札を取り出していました。本当です!」


 中川が目を閉じて首を振ると、部下の男は肩を落とし、もう一人の部下に引っ張られて部屋を去った。


「なあ、もういいだろ」

「すみません、篠田さん」


 ボスの相棒である篠田はドスの効いた声でそう言った。下っ端に雑な扱いをされてたいそう怒っている様子だった。幹部の中川は頭を下げると、扉を開けて篠田を見送った。篠田の足元はやはりおぼつかない。相当酔っ払っているようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る