方向音痴な主人公、今日も事件に迷い込む

こと。

1-1

ガサガサガサ


 お金持ちのパーティーに招待された資産家一人息子の鷹司たかつかさ智成ともなりは、主催者に挨拶をしようとしてなぜか庭園に迷い込み、方向音痴を発揮して道なき道を進んだ結果、丈の長い花々をかき分けて脱出を試みているという状況だった。しばらく進んでいると、少し先の隙間から開けた空間が見えた。智成は、少し安心して足を止めた瞬間、開けた空間から女性の悲鳴が聞こえた。


「離して!」


 嫌な予感がして草花の隙間から様子を窺うと、豊かな黒髪を後ろに流した気の強そうな女性が、今まさに大柄な二人の男に誘拐されている現場であった。最悪なことに、智成は誘拐犯の一人に認識されてしまった。


(またか……)


「おい、出てこい!」


 拳銃をこちらに向けられ、智成はてのひらを前に出して、慎重に茂みから出ていった。女性は虎視眈々こしたんたんと誘拐犯から逃げる機会を窺っているようだ。眉毛が薄い方の誘拐犯の男性は、女性を後ろ手にロープで縛ると、同じ有名私立高校のブレザーを着た智成を見て、ニヤリとほくそ笑んだ。


「こいつも金持ちのようだ。連れて行くぞ!」

「だな、今日はついてるぜ!」


 智成は目がぎょろっとした方の誘拐犯の男にロープで縛られ、拳銃で脅されながら全員で敷地外にある車の前までやってきた。智成は車に乗る時、足が縺れて正面から車の方向に倒れ込んだ。 


バタン!


 誘拐犯はかわいそうなものを見るように智成を見遣ると、首根っこを掴んで車に放り込んだ。

 車に乗せられた二人は誘拐犯に目隠しをつけられ、突然車が発進した衝撃で智成は座席に頭をぶつけた。


ガンッ


「いてて……」

「大丈夫、ですか?」

「(誘拐されて)大丈夫じゃないです」

「ですよね……。(相当痛かったんだろうな)」


 二人は小声で会話をしていると、誘拐犯がバックミラー越しにその様子を見ていることに気づかなかった。


「おい、坊ちゃんに嬢ちゃん。楽しそーな会話してんなぁ」

「高田、“かわいそうな”の間違いだろ?」

「ぷっ、確かにな。中川の言う通りだぜ!」


 どうやら、目がぎょろっとしたのが高田で、眉毛もアイデンティティも薄いのが中川というらしい。ご丁寧にそこそこの時間をかけて、自己紹介をしてくれた。


「これからも よ ろ し く な 。お嬢ちゃんにお坊ちゃん」


 高田が嫌味ったらしくそう言うと、車が急停止した。


「おっ、着いたか」

「……お前達、ボスの機嫌を損ねたら死ぬぞ」


 中川は不穏な言葉を呟くと、高田が智成の目隠しを外して車の外に放り出した。突然視界が開けた智成は、瞬きをして辺りを見渡すと、目の前には立派な洋館が、魔王城のような雰囲気を漂わせて佇んでいた。

 女性も同様に外に出されると、再び拳銃を突きつけられ、二人は屋敷の方向へ誘導された。


「……なんだ?」


 四人が屋敷に近づくにつれ、屋敷から聞こえるざわめきが大きくなった。中川と高田は首を捻るも、そのまま二人を屋敷の中へ連れて行った。

 屋敷に入ると、ヤクザ達は慌ただしく走り回っていた。中川はその中の一人、下っ端の森谷を大声で呼び止めた。


「おい、森谷! 何があった?」

「中川の兄貴! じ、実は、ボスが……!」


 森谷に促されてボスの部屋に行った四人は、大勢の人が囲んでいる中心で、うつ伏せのまま死んでいる大柄な男性の死体を発見するのだった。

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