第3話
ゼフィアが目を覚まし、初めに視界に入ったのは天井だった。
(確かに森で馬車ごと転倒して、それでハリー様が)
記憶の最後は、指一つ動かせないほどの痛みの中、消えて行くハリーの背中だった。
「ハリー様!」
「起きたか!」
体を起こすと、すぐにハリーが姿を見せる。
「ものすごい心配したぞ。ずっと起きなかったから」
ベッドの脇に立ち、彼は安堵の笑みを見せた。
「あの、ここは?森の中にいたはずですよね?」
「ああ、森から王都に戻ってきたんだ。二日も起きなかったから心配した」
「二日も?!」
一日でもありえないのに、二日も寝ていたと聞かされ、ゼフィアは驚く。
「まあ、結構重症だったからな。でも治ってるみたいでよかった」
「私、怪我してたんですか?」
確かに体のあちらこちらが痛み、動けなかったはずだった。
今は嘘のように体が軽かった。
しかも水荒れしていたカサついた手までが綺麗になっていて、ゼフィアは戸惑いの中にいた。
「えっとな。回復薬を持っていたから、それを使ったんだ」
「回復薬?」
見たことはなかったが、そういう薬があることは聞いたことがあった。
「ここまで効果があるのですね。すごいです。ハリー様は大丈夫でしょうか?あと、あの魔物がいたようなのですが?」
「心配ねぇよ。俺は元気だし、魔物も倒した」
「お強いんですね」
「ああ、今の俺はきっと英雄オリバー様より強いぞ」
「オリバー様……」
軽口を叩かれたのはわかっていたが、その名前を聞くと胸がちくっと痛む。
「えっと、悪かったな。まあ、俺は強いんだ。心配するな。それより腹へってないか?」
「あ」
答えようとするよりも先に体が正直に答える。
ぐうっと大きな音がなり、ゼフィアはお腹を抑えて顔を伏せた。
「いきなりがっつり食えねーだろうから、スープでも持ってくる。待ってな」
「あ、ありがとうございます」
何から何まで世話になって申し訳ないと思いつつ、ゼフィアはお礼を述べる。壊れた馬車から救い出してくれたこと、魔物を倒してくれたこと、そしてこうして自分の世話をしてくれること。
どれも必ず恩を返そうと彼女は心に決める。
(だけど、どうやって返せば。お金はないし……)
ゼフィアにあるのはこの身だけだ。
あとは、オリバーに預けたお守り。
あれは既にオリバーに渡したものだが、呪いを解いて、魔王を倒し、その上王女と結婚した身には必要ないだろう。
(返してもらおう。あれをそのまま渡したらきっと嫌がられるから、お金に変えて)
お守りの石は青色の美しい石だった。
(値打ちがあるはず。きっと。オリバー様からお守りを返してもらって、ハリー様に恩を返そう)
ゼフィアはそう決心し、ハリーにオリバーと会う方法を聞くことにした。
☆
「おいしいか?」
「はい」
ハリーが持ってきてくれたスープは具沢山であったが、どれも柔らかく煮込まれていて、ゼフィアの弱った胃にはちょうどよかった。
全部を食べきって、お椀を彼に返す。
それを持って部屋を出ようとする彼を彼女を呼び止めた。
「あの、ハリー様。ここはもしかしてハリー様のご自宅ですか?」
「え、ああ。すまん。いきなり連れてきて悪かったな」
「いえ、そんなこと。ご迷惑ばかりかけて申し訳ありません!」
ベッドの上であるが、ゼフィアは頭を下げて謝罪する。
「謝るなよ。俺が好きで連れてきてるんだから。えっと、好きでっていうのは」
「ハリー様。ご安心ください。ハリー様が私に同情してくださり、色々世話をしてくださっていることは理解しております」
ゼフィアは二度と人の好意を誤解するつもりはなかった。
だから自分に言い聞かせる意味もあって、ハリーの言葉を遮って口にした。
「ゼフィア。ああ、だからなあ」
「あの、ハリー様。回復薬のおかげでもう大丈夫そうです。お片付けは私がしてもいいですか?」
「あ?駄目だ。あんたはもっとゆっくり休んでろ」
「大丈夫ですから」
ゼフィアがそう言ってベッドから立ち上がろうとしたが、足が思うように動かず転びそうになった。それをハリーが支え、苦笑する。
「二日も寝ていたんだ。すぐに動くのは無理だ。ゆっくり休んでろ」
「すみません」
片付けくらいならできそうと思ったのが、それも今の自分には無理で、ゼフィアは落ち込むしかなかった。
「だから、謝るな。そうだな。明日、明日は手伝ってくれよ。飯なんか作ってくれると嬉しい」
「もちろんです。料理は家でも私が担当してましたから」
ゼフィアは自分でもできることを提案されて、やっと安心した。
「楽しみだな。今日はゆっくり休んでな。明日は期待しているから」
「はい」
ハリーはぽんぽんとゼフィアの頭を撫でる。そしてお椀を片付けてくると部屋を出ていった。
「……忘れていたわ」
扉が閉まってからゼフィアは気がつく。
「オリバー様のことを聞かなきゃ」
そう決めていたはずなのに、気がつけば違うことを話していた。しかも明日は料理を作る約束をしている。
(明日、聞こう。今日まではお言葉に甘えて休ませてもらおう。明日オリバー様から返してもらって、お金に変えて、それから……)
王都に来た目的はお守りを返してもらうことだった。
それを果たせば、ゼフィアは村に戻るしかない。
そうなのだけど、彼女はそれが少し寂しいと思えるようになっていた。
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