第17話 初公演

「そこのセットはもう少し右にずらしてください!」

「おー、わかったー」

舞台を前に私は団員に指示を出す。

こだわりを持ち始めると細かいところまで気になってしまう性分だ。

『この先、生きづらくなるからもう少し肩の力を抜け』前世の父にもそう注意されたことがある。

今世の父からは細かいところまで見る私を素直に褒められた。

前世と今世、世界感がまるで違うけどどちらの父も私を想っての言葉をいつもくれるなぁ。

ふとした時に思い出す、前世の記憶。

これからも大事にしていきたい。


「アルテス!この演出だけど、舞台袖からの方がいいかい?」

私は休演中に行われた会議で無事に公演の企画演出の機会を貰えることになった。

「そうですね、ここの演出ですが舞台の空間を全て使いたいので魔法演出で上部から降り注ぐような形がいいんですが、そういうのは出来ますか?」

「今までやったことないけど、たぶんできるよ!ちょっと聞いてみる!」

「宜しくお願いします!」

演目は【真夏の夜の夢】、シェイクスピアの作品だ。

人族、妖精族が配薬として出るからこの世界にも合ってるだろう、もちろんアレンジはしてある。

この話、人族が妖精族の惚れ薬により、恋する相手が変わってしまい、それによる悲劇をコミカルに描くドタバタな喜劇、その中で人族の欲深い面、妖精族の悪ふざけとそれを実際に可能にしてしまうだけの知識とアイテムが物語には出てきてしまう。

これまで両親が演じてきた作品の脚本を見させてもらったがどれも演劇を初めて見る人用に脚本が作られていた。

両親、劇団員の話を聞いているとミレさんが会議にちょいちょい顔を出して、全体的に刺激が強くなり過ぎないようオブラートに包んでくれているようだ。

この世界のことを考えてくれているんだろう、配慮がすごいと感じた。

私の脚本も最初にミレさんに見てもらっている、もちろんあの喫茶店で。

見終わったミレさんは「楽しそうだから是非やってください」と、笑顔で答えてくれた。


練習練習の毎日、その中で舞台全体のクオリティが上がっていくのを肌で感じる。

息が合うって言葉は本当にそのとおりで、高校までしか経験していない私が初めて体験するプロの領域。

前世に比べたら拙いかもしれない、でも舞台にかける情熱は変わらない。

そして前世にはない魔法演出がある。

舞台装置では出来ない演出の数々、大道具やセットでは対応できない演出群を初めて見た時、感動して大粒の涙を流したのは今でも覚えている。

ミレさんが基盤を作り、両親たちが築き上げた芸術と言う文化が光輝いているのが見えるようだった。


そして迎えた公演初日、妖精族オベロンとオフィーリア役を両親、劇団員の若手で人族の若者4人と素人劇団員たち、それと王族貴族と配役もばっちりで幕が上がった。

「悲しいかな!物語でも歴史でも、今まで読み、聞いた限り、真なる恋の道筋は茨の道しか用意されていない!」

大好きな女性と駆け落ちを決めた若者の一人がその台詞を発すると会場からは吐息が溢れる。

主に妖精の森が舞台となるこの作品、臨場感溢れ、幻想的に作りたかった。

実際に妖精族の大陸に行ったことのあるミレさんに聞いたり、本で調べたりした結果、私は魔法演出で木々にうっすらと霧をかぶせ、その中に明滅する光を散りばめた。

妖精の悪戯でロバの頭になる男には今世の馬の面を被ってもらっている。

オベロンの仕掛けで惚れ薬を飲まされ、その影響で馬頭の男に告白する妖精女王ティターニア役の母。

そもそもの演技力が高いし、何より母は魔法演出がずば抜けていた。

多少露出のあるドレスを着た母が自身の周りに氷魔法で作った小さい粒を纏う、周りの光がその粒に反射し、母と馬男がひと際輝いて見える。

「お願い、優しい方、もう一度歌って。この耳はあなたの歌声にうっとりと聞き惚れ、この目はあなたの姿形に見とれている」

馬頭の男に対して、普段は気の強いティターニアの間の抜けた台詞と演技、それを空中から飛んで来て木の上から見てうっすらと笑う仕掛け人のオベロン、その様子を見て会場からはくすくすと笑い声が聞こえる。

あの極小サイズの氷の粒、劇団員も私も挑戦したけど出来たのは母だけった、流石母。

劇も進み、惚れ薬の効果が消えた人族の女性陣が現れる。

「左右の目が別々のものを見ているみたい、何もかもが二重に見える」

「私も。彼が拾い物の宝石のよう、私のものであるような、ないような」

元々気にしていなかった男性が急に光輝く宝石のようになり、でも薬の効果が切れ、頭の中でダブって見えるという混乱した表現を見事に演じてくれている。

終幕が近づき、若者たちの森での話、職人たちによる素人劇団の演劇を見た王妃となる女性と王の台詞だ。

「こんな馬鹿馬鹿しい芝居は初めてだわ」

「芝居と言うものは最高の出来でも所詮は影、そのかわり最低のものでも影以下ということはない」

人間を役者として捉えて、影のように儚いということなのか、シェイクスピアの深さでもある。

私の好きな物語の一つだ。


幕が下りると拍手喝采の中、両親と役者たちが横並びに立ち、一斉に礼をする。

カーテンコールは前まではなかったらしいがどうしてもやりたかった。

役者たちの顔を売るにはこれが一番だし、観客との一体感を感じる瞬間だと思う。

何よりやり切った演者の表情は本当に素晴らしい。

「アルテス、素晴らしい劇でした」

声をかけられた私は振り返ると拍手をしたミレさんがうっすらと涙ぐみながら近づいてきた。

「ありがとうございます」

「演劇の面白さを改めて感じましたよ、ライズもミーネも劇団員の皆さんも本当に素晴らしかった」

「本当に、皆の力が無かったらここまでの劇はできなかったと思います、私も見ていて感動しました。あとは歌と踊りが加われば、もっといいものが出来ると思います」

ハンカチで目頭を軽く拭うミレさんは私を見て、話す。

「このまま劇団に力を貸していただけますか?」

「もちろんです、私も大好きですから。でもセレネを探してから、になります。なので旅立つ前に公演が出来て本当によかったです」

ミレさんは私の肩に手を置く。

「そのセレネさんですが、この前お話しした友人のところで働いている子の名前もセレネと言う名前のようです。昨日届いた手紙に記載されていました」

「え」

呆然とする私の背中では拍手が鳴りやむことなく続いていた。

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