第21話 アヤ人生譚 その1

 私はアヤ、現在は商業ギルドの事務員をしております。

 上司の一人、カタロフさんに食事を誘われたので、来ている。

 一人分でも食費が浮くのはありがたいのです。

 お陰で、職場では『乞食』だの『貧乏』だの言われているが、否定出来ない。

 実際、現状は節約生活を余儀なくされている。

 使用人や兵士達に給料は払えず、手切れ金を渡して解放した。

 ただ、一人だけ一緒に居てくれている。どこで忠誠心を持ってくれたのか分からないが、とても助かっている。


 兄上は冒険者として血と汗を流し必死に稼ぎ、姉上は商人として母上の元修行を積みながら稼いでいる。母上は商人時代の人脈を使い家などを用意し、姉上と共に稼いでいる。父上は先天性の病が悪化して寝込んでおり、使用人が介護をしている。


 外では医療は全て回復魔法であり、進展はあまりない。

 元々持っている物をどの様に治せと言うのか。

 父上の病を治療出来る方法は既にこの世には無いのかもしれない。

 あるとしても、それは童話の中の回復系の道具や薬だけだろう。


「あの、どうしましたか?」


「いえ。なんでもありません」


 私は笑顔を無理矢理作って食事を再開する。

 母上は言っていた。人脈は広ければ広い程後々役立つと。

 だからこそ、私は基本的な誘いは断らない。

 妬んだ女性の同僚達からは『尻軽』とか言われているが。


「その、アヤさん!」


「⋯⋯はい」


「実は、初めて会った時に気になって、そしたらいつの間にか目で追う様に成って、その、好きです! 付き合ってください!」


 上司から告白されたのはこれで四回目⋯⋯最初の一回は最悪であった。

 上司と言う強い権力を翳してのほぼ脅迫気味の告白。

 今ではその上司は居ないけど。


「ごめんなさい」


「⋯⋯そっか。そ、そりゃあ、アヤさん可愛いもんね。俺なんか⋯⋯」


「そんな事言わないでください。綺麗事等は言えません。ただ、私はカタロフさんを好きに成る事は無いです」


「⋯⋯ッ!」


「それは、カタロフさんが悪いのでは無いのです。私は、私はただ、過去に縛られているだけです。私は生きていると信じていますが、その可能性はとても低い。そんな相手を今でも、心に思い続けているのです。だから、誰かを好きに成る事はありません」


「そっか。きっと良い人なんだね。君の様な素敵な人に好かれるなんて」


「はい。ですが、きっと私は、褒められた性格はしておりませんよ」


 それから仕事の話等をしてから解散した。

 タッパーに少しだけバレない様に食事を入れられたのはありがたかった。

 奢りって良いね。


「私を好いてくれる人は、私の何処を好きに成っているのでしょうか」


 家に帰ると、使用人が頭を下げてくれた。

 姉上が料理をしている。姉上も一人の恋する乙女だった。戦争で亡くなった事は確定している。

 料理を必死に学んだいた姉上の料理は粗末な素材でもとても美味しく仕上げている。


「姉上、母上はどちらに?」


「新たな流通ルートがもうすぐ出来そうだからって、外でせっせこ働いていわ。私は『今は邪魔に成るから』って言われてね。結構大きな仕事らしいわ」


「昔に戻った様に生き生きしてますね」


「ま、お父様の病を治せる薬等の情報を集めている様だし、それもあるかもね」


 兄上は現在組ませて貰っているパーティと共にハントの遠征中である。

 私達が王族だと言ったら、誰が信じるのだろうか。

 今までの生活のお陰で平民の暮らしにはすぐに慣れた。


「はぁ。憂鬱」


「アヤ、外では口が裂けてもそんな事言っちゃダメよ」


「分かってますよ」


「それと、冷静にね。貴女怒ったら何するか分からないもの。ユウキ君が居たら、アヤの暴走は止められるのに」


「失礼ですね。いつ私がそんな危険な女扱いになる事をしたと言うんですか。戦争の気を紛らわす為に必死に花の研究もしたと言うのに」


 今でも私が作り出した『ムーンフラワー』は育てている。

 満月の日にしか咲いてくれないが、私にとっては最大の思い出だ。


 翌日、朝礼にて驚きな事を言われた。


「金庫内の金が帳簿と合わない。誰かが使っていると言う報告が上がっている。心当たりがある人は名乗り出る様に」


 誰が一部国が運営する大切な商業ギルドの金を私的利用すると言うのか。

 そんな相手は相当な馬鹿である。


「はぁ。誰も出ない、か。アヤ!」


「はい?」


「正直に言いなさい」


「⋯⋯はい?」


 私は周囲を見渡す。私を見て、薄らと笑う人物は多い。だが、それはあくまで『ざまぁ』的な表情。

 私を陥れて、やったと思う人物。

 そんな中で相当爽快な笑みを浮かべている人物⋯⋯見つけた。

 人数は三人。確か⋯⋯カタロフさんを好いているグループ。

 同期で、私よりも年上なのに私よりも仕事が出来ない事に嫉妬もあったのだろう。


「使われた金は金貨120枚だ」


 金貨120枚もあれば半月は笑って暮らせる。

 確かに、私は『乞食』だの『貧乏』など言われ、金を盗んでも何ら疑われる事はないだろう。


「ちょっと良いですか!」


「カタロフくん? 何かね」


「あ、アヤさんがそんな事するとは思えません! アヤさん。してないよね?」


「当たり前じゃないですか。私は正々堂々と稼いだお金を使いたいのです」


 世の中には因果応報と言う怖い言葉があるのでね。

 しかし、このまま疑われ続けられたら仕事に影響が出る。

 自分から辞めるつもりは無いけど、解雇されたら精神的に病む。

 仕方ない⋯⋯ですよね。相手から喧嘩を売って来たのですから。お金を一枚も払わずに買ってあげましょう。


 帰り際にカタロフさんが話し掛けて来た。

 落ち込んでいる風に悲しんでいる様に、私は声を絞り出した。


「私、何もしてないのに、疑われちゃいました」


「そうだよね。あんなの酷すぎる。俺、何も出来なかった。俺は、アヤさんを助けたい!」


「ありがとう、ございます。とても嬉しいです」


「そ、そんな⋯⋯事」


「横領と言ってましたよね」


「そうだね」


「でしたら、私では確実に無いです」


「⋯⋯?」


「私は基本的に商人登録の書類等を担当しております。お金に触れない役割なのに横領なんて不可能なんですよ」


 金庫を開けるには特別の道具が必要。それに無理矢理開け様としたら警報が鳴る。

 私が扱うのは商売したいと言う人達の書類整理などだ。

 時々経理にも参加するが、それはあくまで素早くするための計算機役である。

 直接お金に関わる事は無い。


「そっか。それを言えば!」


「ダメです」


「なんで?」


「金貨120枚ですよ? 私だけを責めると言う事はそれだけの確信があると言う事。だけど、ちょっと考えらば私ではない事は分かる。副長ならそのくらいはすぐに分かります」


「なら⋯⋯」


「買収、或いは脅迫。人を操る方法なんて考えればいくらでもあります。暴力、人質、考えれば考える程にね」


「アヤ、さん」


「犯人に目星は付いています。必要なのは証拠のみ。カタロフさん。私の無実を証明する為に手伝ってくれませんか!」


「俺で良ければ!」


「ありがとう、ございます。私は優しい上司に恵まれた様ですね」

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