第3話 冴えない刑事は見えない爪を研いでいる話

ネオンやイルミネーションの明かりを上書きするように赤色を灯した緊急車両が何台も通り過ぎる。

爆発音が鳴り響き、あとからサイレンの音が何重にも木霊している繁華街、カブキ町。

いつもの喧噪とは違い、人々の騒ぐ声がサイレンと重なり、この季節特有の音楽もかき消されていた。


「このエリアはいつも騒がしいですね」

先日よく行く美容室でお任せと伝えてカットしてもらった、きつめのパーマがかかったショートマッシュの髪についた雪を払い、愛用のタートオプティカルアーネルの眼鏡を右手の薬指で直すと、偶々この街で買い物をしようと訪問していた男、九葉 隆は呟いた。


騒然とする街の一角、爆発音がしてから30分程度だろうか、制服を着た警官たちが周辺ビルから逃げてきた人たちに拡声器を使い、避難誘導をしている。

その光景を眺めながら、隆は警視庁の文字が印字されているバリケードテープの傍らにいる若い制服警官に声をかけた。

「まだそんな時間たってないのにシンジュク署は優秀だね」

若い制服警官はまだ慣れていないのか、驚きながらも大声で返す。

「爆発があったので危ないからさがってください!」

「同業だよ」

隆はそういって持っていたショルダーバッグからガサゴソと手帳を出して見せた。

若い警官はまじまじと手帳と隆の顔を交互に見たあと、

「し、失礼いたしました!」

慌てて敬礼した後にテープを人が通れるように上に持ちあげる。

「ご苦労様、感謝です」

くたびれたスーツを着込んだ強面の如何にも刑事ですという人間から手帳が出るとこうなるのはテレビドラマや映画でもよく見る光景だが、隆は非番の日でもスーツを着るほど仕事人間ではなかった。

マルーン色のスタンドカラーロングコートに深いグリーンのタートルネックと黒のスキニーパンツ、足元はフランチェスコベニーニョの黒とワインレッドの革靴、ブラックレザーのスクエアショルダーバッグを肩にかけ、ぱっと見で警官と認識するのは難しいだろう。

テープを超えると救急隊の隊員が爆発の被害か、避難する際に転んだのかはわからないが負傷者に声をかけ応急処置を施しつつ、何人かをストレッチャーに乗せている。その先では重装備の消防服を着こんだ消防士たちがホースを抱えながら一部街路樹に燃え移った火種を消火し終えたところだった。

雪が降り続ける中、こんな都心でなんて血生臭い…嫌な現場だなぁ、そんなことを考えながらまだ焼けた臭いが残る爆発の中心部に歩を進める。


爆発があった道路はセントラルロードと言う名前の他に2016年にリメイクされた「放射能を浴びて巨大化した世界的に最も有名な怪獣」の名が冠せられた道でメジャーな道路の一つだ。

道路の全長は怪獣と同じ118.5m、歩道が広く、車道は一方通行だがトラックも路上駐車ができるほどの幅があり、平日の夕方から翌朝まで歩行者専用道路になっていた。

その道路の入り口にある大型ディスカウントストアを右手に直進すると、今度は左手に地方都市の元市長の名前がついたドラッグストアが現れる。

その目の前、ちょうどT字路の交差点にあたるところがブルーシートで大きく覆われていた。


警察に誘導される人や救急隊に処置をされている人の中、スーツ姿の警官と消防士が事故なのか、事件なのかと話をしていたのでその横を静かに通る。それにしても爆発が二度起きるとは考えないのだろうか、と自分のことは棚に上げてブルーシートの近くに移動すると爆発音の大きさ、被害状況とは裏腹に爆発自体はそれほど大きくなかったのがわかった。


T字路の交差点を覆うように展開されているブルーシートの中に入るとはっきりと交差点の中心から直径2~3mの爆発時の衝撃で出来た痕が血痕と飛び散った肉片と共に残っていた。

現場を視ると、爆破痕に重なる得体の知れない陽炎のようなモヤが視える。

隆は違和感を覚えつつ、現在進行形で作業をしている鑑識の人たちに対し、ご苦労様です、と労いの言葉を伝えながらあたりをきょろきょろしていると。

「九葉ぁ、こんなとこで何してる」

振り返ると白髪交じりの髪をオールバックにまとめ、するどい眼光のダークスーツの男がブルーシートの入り口に立っていた。

「あ、キタさん、お久しぶりです」

「お久しぶりじゃねぇよ、勝手に現場に入ってきたのか」

警視庁刑事部捜査一課課長 木多原 正次は久々に会った元部下の隆に現場には不釣り合いなニヤリとした笑みを顔に張り付けながら悪態をついた。

「アレですよ、たまたま近くで買い物をする予定があって」

「ほんとかよ、まぁもう入っちまったもんは仕方ねぇからな、あんまうろちょろするんじゃあねぇぜ」

「感謝です。それにしても変な現場ですね」

「お前の変は普通の変じゃねぇからなぁ。それとあんま不用意なこと言うなよ?目の前見りゃわかるがホトケだって出てるんだぜ」

「繁華街の真ん中ですからね、でも1人ですか?」

「そうだ、1人だ、怪我人は結構いるんだが死んだのは1人、至近距離で喰らっちまったみたいだな」

「爆発の衝撃は小さめですが、至近距離だから破損状況も酷いですね」

隆は手を合わせて、目をつむり黙祷する。

「そうなんだ、まさかこの時期のこんな時間に起こるとはなぁ」

「浮足立つ時期で人通りが増え始める時間ですもんね。」

木多原はうんうんと頷く。

「あ、キタさん、監視カメラの映像は手配してるでしょうけど、それ見たいです」

木多原はまたもやニヤリとした顔で隆を見る。

「お前のことだから勝手に見ちまうだろうが、あんまやるなよ?うちでもちょっと問題になってるぞ。それに他部署に首突っ込み過ぎだ。」

「あー、今はとても時間がある部署でして」

「ちっ、捜査一課のサーバーに侵入だぞ、やめとけよ。それと自分が所属してる部署のことをそういうな、俺だからいいが他の人間はいい顔しないからな。とりあえずデータが届いたらそっちにも回してやるから大人しくしておけ」

「感謝です。そしてソッチは気を付けますね」

そう言うと隆は入口近くに立っている木多原に向かって歩き、彼の横で止まる。

ゆっくりと前傾姿勢になり木多原の耳に近づくと木多原にしか聞こえない声量で話す。

「現場に違和感を覚えました。もしかしたらまたあるかもしれません」

「ちっ、連続爆破事件かよ。またお前の眼で、か?」

木多原は自身の目を指差しながら隆に言う。

「そうですね、自分の眼は少し特殊ですから」

それだけ伝えると隆は木多原に一礼したあと現場から離れた。

隆は、自身の左手で自分を抱え込むように右わき腹に回し、右手の肘をその左手の上に置きながら眼鏡のブリッジに右手の薬指を添え、歩きながら現場について考える。


周辺建物の被害状況を見ると亡くなった一人が立っていたのは北側、被害にあった建物も爆風でガラスが割れて多少火が燃え移る程度、爆発物に内蔵された物体が飛散して被害が出たものではないから爆発物ではあるが殺傷能力は決して高くない。

爆発物単体だけで考えると素人が作った物にしては威力もあるし精度も高い、プロの犯行にしては精度、威力ともに低い。

まぁ、威力に関しては何が目的かによって大きく変わるから何とも言えないか。

爆破テロや無差別殺人、素人でもプロでも犯行声明が出るかな。

それにしても早く防犯カメラの映像が見たい。

犯人を捕まえなければ。


それにしてもあの爆発の跡だ。

あの程度の威力の爆破範囲に人がいたのならそれが障害となり、爆破の衝撃痕は多少歪な形になるはずだ。

そして違和感を覚えた爆破痕に重なるように出来ていた陽炎のようなモヤ。

あれは一体なんなのか。

あの異質な衝撃痕からは不吉な予感しかしない。


隆は頭の中で現場を見た上で考えられることを数分の間で整理した。

被害者、被害状況云々より、不吉な予感と結論づけた加害者を捕らえるという点で。

「ふぅ、何だか危険なプログラムが組まれた気がするなぁ」

テープが見えてきたあたりで隆はそう呟いた。


先ほどと同じ警官に声をかけ、テープを超えるとき、別で新しくテープをクルクルと張りなおしている警官を見て、何かを思い出したように目を見開いた。

「あ、トイレットペーパー」

未だ鳴りやまないサイレンと人々がごった返した街中で隆は当初の目的を思い出し、ドラッグストアに向かうのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る