第34話 文化祭デート②

「結構雰囲気あるね。舞阪さん怖いの平気?」

「スプラッターとか大好き」

「だと思った」

「ふぅん、どういう意味か説明してくれる?」

「それそれ! 俺を殺すような目で見てくる時あるよね」


 女の子の怖い所ランキングがあれば、『目だけ笑ってない』が上位に入るだろう。

 それはそれとして、やってきたのはお化け屋敷。


 どうやら評判がいいらしく、せっかくなら体験しておきたい。比奈も入れるくらいだから程よい恐怖を感じられるはずだ。


「二名様ですねー! どうぞ中へ、行ってらっしゃーい!」


 受付の生徒に見送られ、教室に入る。

 説明によると迷路の中に少しホラー要素があるらしい。


 扉が閉まると暗黒の世界。一定間隔で光るランプを目印に進んでいくようだ。それも小さな光で一瞬のため、全体の構造や壁を把握するには手探りする必要がある。洞窟みたいで面白い。


「うわ、明かりが消えると何も見えないな。舞阪さん、いる?」

「ひゃんっ! ちょ、ちょっと今お尻触った!」

「え、ごめん。今のそうだったんだ……」

「最っ低。暗闇だと分かるとすぐ襲うんだ。ケダモノ」

「ちょ、痛いよ舞阪さん。見えないんだから暴れないで」

「もお、空くんはじっとしてて」


 言われてじっとする。

 すると、身体が締め付けられる感覚になった。


「ま、舞阪さん? 今何してるの?」

「う、うるさい黙れバカ。お尻触ったんだからチャラにしてよね」


 その割には抱きしめる力が強い。

 やがて海帆は空の手を探すとぎゅっと握った。


「胸とか触られるよりいいし」

「そ、そうだね。じゃあ進もうか」


 今海帆がどんな顔をしているのか見えないのがもどかしい。でも空は自分の顔を見られなくて良かったと思った。元からの感情に吊り橋効果が上乗せされて心臓がうるさい。


 出来るだけ平静を装ってゲームに集中する。

 光は乱雑に配置されており、ダミーのものもあるため自分たちの進行方向を見失うこともある。こういう時は壁に手を当て、壁に沿って進むのが正攻法だ。


「お、今度はこっちか。舞阪さん、曲がるよ」

「うん。結構作り込み凄いね」


 学際の出し物としてはかなり満足できるものに仕上がっている。

 ライトが夜の星々のようで綺麗だし、ホラーなBGMも雰囲気を演出している。

 手を握っているだけでも海帆が楽しんでいるのは分かった。


「でもあんまり怖くはな──ひゃんっ!」

「どうしたの、舞阪さ──どぅほぉ! な、なに。急に殴らないで!」


 いきなり鳩尾に一発入れられた。良いパンチだ。


「もぉあり得ない! ぺ、ぺろって……あたしのほっぺた舐めた!」

「するわけないでしょ! ……って冷たいな」


 ぺちょんと頬に当たった。こんにゃくだ。

 まさかこんなベタなものに引っかかるとは。

 海帆も自分の頬を舐めた正体に気づいたようだが、


「す、するわけないって……どうせあたしなんて舐める価値もないんでしょ!」

「何てこと言い出すんだ! 落ち着こう舞阪さん。とんでもないこと口走ってるよ?」

「うるさいうるさい! うぅ……はじゅかしい。あたし、変な勘違いを……!」


 海帆があまりに暴れるから、手の中はとっくに汗ばんでいた。

 負のスパイラルである。


「あ、あしぇが! べちゃべちゃ!」

「舞阪さん。俺は気にしないから。あ、そうだ反対の手を繋ごう」

「もぉやだぁ……。何してるんだろ、あたし」


 何とか暴走を止めた海帆だが、気分はどんより沈んでしまったようだ。

 空は手を握る方を変えて引っ張ってあげる。


「俺は変に思ってないし楽しいよ。舞阪さんは?」

「……あたしも、楽しんではいる。多分」

「じゃあもっと笑ってよ。俺は笑ってる舞阪さんが好きだよ」

「……ぽわっ!?」


 何気なく発した一言だったが、海帆には効果抜群だったらしい。


「あれ、舞阪さん? どうしたの?」

「ちゅ、ちゅきって……きちゅちゅき」


 壊れてしまった。

 急に手を放されたし、怒らせちゃったのかなと思っていると、



「きゃあああああああああああああああ!」



 何故かお化けを見たような絶叫と共に、走り出す気配がする。


「ちょっと舞阪さん!? どこ行くの?」

「何も知らない! 何も聞いてない! わああああああああん!」


 海帆の声がどんどん遠くに行って、やがて聞こえなくなった。


「……。あれ、俺もしかして置いてかれた?」


 女の子に置き去りにされてしまったらしい。

 空はお化けのコスプレの人たちを真顔で流しながら一人でゴールに辿り着いた。



 ゴールして教室を出ると光の刺激が目に飛び込んでくる。

 周りを見ても海帆はいない。


「逃げられた……」


 ダメもとで電話してみるが出てくれない。

 空は頭を掻いて、海帆とのかくれんぼをすることにした。

 逃げずにちゃんと向き合って欲しい。その上での結果なら受け入れる。

 でもこんなのは消化不良にも程がある。まだ諦めない。


「んー、どこ行ったのかな」


 外部からの客も多く、校内のフロアは真っ直ぐ歩くのも大変だ。外や体育館にも人は多いし海帆一人をむやみに探すのは骨が折れる。


 と──


「ぐうぇっ!」


 後ろから物理的な衝撃を受けた。


「っとと、すいませーん……ってなんだ空か」

「ああ、修也。どうしたそんな慌てて」

「いや、ちょっと緊急事態でな。この後イベントに呼んでた団体が途中でトラブって来れなくなったんだ。宣伝もがっつりしててそれ目当てに外から来る人もたくさんいる」

「それは大変だな。めっちゃブーイング食らうだろ」

「ああ。せめて代打で何かやってくれる人いないかって探してるんだけどな……っと悪い」


 修也はインカムで誰かと会話をする。


「おっけ。了解……悪いな空、オレ急ぐわ」

「ちょっと待ってくれ」


 走り出そうとする修也を呼び止め、


「あてが無いことも無いかもしれない」

「どっちだ。けど心当たりあるのか? 正直どんな人たちでも検討する」

「いや、確定じゃないから話半分に思っておいてくれ。こっちで動くから修也は気にせず他を当たった方がいい。もし上手くいけば……多分日本獲れる」

「は!? 誰なんだそれ!」

「いや、まじで期待するな。じゃあ俺も用事あるから」

「お、おう頼む。連絡してくれ」


 そうして修也と別れると、空は一本電話を入れた。

 3コールで繋がり、すぐに用件を伝える。


「真凛さん、天下獲りましょう」

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