第29話 遊園地デート

「くーくん見て! 観覧車おっきい! わぁ! メリーゴーランドもあるよ!」


 タコパをした二日後の日曜日。空は比奈に誘われて遊園地にやってきた。


 遊園地の様な老若男女が入り乱れる場所は不安もあったが、比奈が自分で歩み出そうとする意志を止める真似は出来なかった。子どものようにはしゃぐ姿を見て安堵する。


「迷子にならないように気をつけてよ。比奈小さいから見失いそうだ」

「うんっ、だからぁ……えいっ!」


 比奈は空の腕に飛びついた。これまでも家に送るたびに手を繋いでいたから慣れているはずなのに、今日は何故かドキドキした。


「どうしたの、くーくん?」

「いや、えっと……今日の服似合ってるなと思って。いつもと違うからさ」

「ぅん。恥ずかしいけど、ちょっと頑張ってみたよ」


 普段は夏でも長袖とニーソックスの組み合わせで肌を隠しているのだが、今日は肘まで袖のあるTシャツにミニスカートを合わせたファッション。細い腕と太ももから下が露出されていて、控えめな身体だが女性として意識してしまう。


「無理はしないでよ。気分悪くなったらすぐ言って」

「うん。今日はゆっくりデートしようね」

「そ、そうだったね。デートね」


 どうやら比奈の小説で遊園地デートがあるらしく、今日はその取材も兼ねて来ている。比奈の夢とトラウマの克服を手伝うのが今日の目的だ。


「だから、もっとくっついちゃうね」

「……っ! ちょっと暑くないかな? 汗かくし」


 控えめながら確かに弾力のある胸が腕に押し付けられ、肩には比奈の顔が寄りかかって来た。

 いつもと違って肌と肌が直に触れ合うから昔から知ってる比奈なのに緊張する。


「みんなもしてるよ? それに、今はくーくんを取材中だから」


 周りを見ればカップルが多い。公衆の面前でも堂々とイチャイチャする奴らは馬鹿だと思っていたが、その精神は尊敬に値する。全員が特別に見えて真夏の太陽より眩しかった。


「ほら、くーくん。行くよ」

「ぁ、うん……比奈気合入ってるね」

「私来るの初めてだから。それに、くーくんとがいいって思ってたから」

「そっか、ならいっぱい楽しもうね。荷物持とうか?」


 トートバックを背負っている。

 中にはたくさん紙が入っているようだが、


「こ、これはいいの。ファッションの一部なんだよ」

「そういうもんか」


 納得し、引っ張り回される形でデートがスタート。

 かなり恥ずかしいが、比奈が楽しそうで何よりだ。



 午前中はコーヒーカップやメリーゴーランドなど軽めのアトラクションに乗り、場の雰囲気に慣れつつデートを満喫した。比奈も怯える様子はほとんどない。周りの人間は一緒に来た相手や遊園地の世界観に夢中で、比奈が他人の視線を感じていないのが大きいだろう。


「はい、くーくん。あーんっ」

「ぁ、あーん。……うん、美味しい」


 ポテトを食べさせてもらう。基本的に一つ乗っては休憩を挟み、グルメも楽しむというスタイルだが、今はレストランに入って涼みながら午後の英気を養っている。


「あーん」


 今度は比奈が無防備に口を開けた。

 五本掴んで口に放り込むとむしゃむしゃ食べてくれる。


「今度はこれ食べようね。はい、お口を開けてください」

「は、はい。……あむっ」


 自分の手元に置いてあるポテトやサンドイッチを食べさせ合う。

 我に返ったら負けだと思い、考えないようにした。


「私の料理とどっちが美味しい?」

「こっちも美味しいけど比奈だよ。ほんとだからね?」


 比奈には嘘をついたらすぐ見抜かれる。かといって本当のことを言ってもなかなか信じてくれないこともあるのだ。


「えへへ、やった。くーくんケチャップつけちゃってるよ」


 比奈は指で空の唇をなぞるとぺろりと舐めてしまった。

 食べさせ合っていると、食後のアイスがやってくる。比奈が食べさせてとおねだりしてくるから差し出すと、ぺろぺろしてアイスをドロドロにしてしまった。


「比奈、今日はよく食べるね」


 ランチ以外にもチュロスやポップコーンや肉まんも食べていた。


「い、いいんだよ。歩いてるからカロリー実質ゼロだもん。くーくん女の子にそんなこと言っちゃだめだよ。…………でも食べ過ぎかも」

「いや、比奈が美味しそうに食べると嬉しいよ。今日はいいんじゃない?」

「だ、だよね! おっきくなりたいもん!」


 そう言って、幸せそうに食べる比奈だった。



 その後もデートは順風満帆。


「むぅ。くーくん他の女の子見ちゃだめ。えっち」

「見てないって。拗ねないでよ」

「嘘吐き。見てたもん。どーせ私はちっぱいだもんね。ふんっ」


 なんてベタなやり取りもあったが、空が比奈のご機嫌取りを頑張った。

 そして、遊園地といえば。


「くーくん、ジェットコースター乗る!」

「大丈夫かな。比奈飛ばされちゃうぞ?」

「そんなに小っちゃくないよ。ほら、身長制限超えてるよ」


 身長を測るパネルと並ぶと、140センチのボーダーを突破しているとアピールする。


「くーくん怖いんだ」

「なっ、そんなこと言うなら後でお化け屋敷に連れてってやる」

「やだやだ! お化けさんはだめなの!」

「冗談だよ。……でもそうか、これに乗りたいのか」


 絶叫じゃなくて絶恐と書いてある。

 震えが止まら──武者震いがする。


「比奈、泣いても途中で止まってくれないよ?」

「平気だもん。私これ得意だもん」

「さっきの子ども用ジェットコースターとは訳が違うよ? ちなみに俺はあれもチビりそうだったんだ。こんなの乗ったら空中で撒き散らしちゃうぞ!」

「私はそれくらいで嫌いになったりしないよ? だから乗ろうよ」


 比奈は怯える空の手をぎゅっと握り、小動物みたいな顔でお願いしてくる。ここで断れば駄々をこねそうだし、比奈の方が怖いと思えば何とかなるか……。


「わかった。とりあえず並ぼう」


 比奈だって土壇場で怖くなるはず──



「びゃあああああああああああああああああああー!」

「あはは! たのしぃーねぇー!」



 青空の下に絶叫がこだまする。

 空はなんとか膀胱を死守するも、しばらくベンチでぐったりした。


「ぐぷっ、ぎもちわるい。死ぬ。あんなの乗る奴バカだよ」

「あははっ、見てくーくんの顔。びゃー! だって。あはは、おっかしぃ」


 比奈は記念に撮影してくれた写真を購入し、さっきからずっと笑っている。


「そんなに笑わなくてもいいでしょ」

「だってくーくんのだめな姿見れて嬉しいんだもん。あはは、お腹痛い」

「だめな姿が嬉しいって……かっこ悪いだろ」

「ううん。かっこ悪いのがいいんだよ」


 比奈はふいに空の頭を撫で、


「いつも助けてくれてありがとう。私のお世話、ずっと大変だったよね」

「そんなこと……!」

「言わなくてもわかるよ。くーくんはそんなこと思ってないって。でもね、知ってるよ。くーくんに甘えちゃう私の前では、頑張ってかっこつけてるって」

「……比奈」

「私、まだだめかな? 過保護はもういいよ」


 比奈の頑張る理由がなんとなく分かった。外に出たいと言って、友達を作って、こうして行動で示そうとしてきた。それは全部、自分はもう大丈夫だという叫びだ。補助輪を外してほしいと、自分の力で飛べるようになったと伝えたいんだ。


「ごめん、比奈。俺はずっと心の中で比奈ちゃんって思ってたみたいだ」


 こんなに喋るようになった。

 こんなに笑うようになった。

 こんなに自分で行動するようになった。

 もう比奈は、守るべき対象のか弱い幼馴染じゃない。


「くーくん……」

「比奈」


 初めて、一人の女の子として向き合う。

 今まで見ないように、考えないようにしていた異性としての比奈。

 その比奈が、ゆっくり近づいてくる。


「くーくん……くーくん……」


 言えなかった想いが喉から溢れ出そうな声で名前を呼ぶ。

 艶っぽく、不規則な息を吐きながら恥ずかしそうに口を動かす。

 その顔は苦しそうで、辛そうで、今にも全部出したそうで……


「く、くーくん。私も、気持ち悪い……うっぷ……」

「そりゃあんだけ食べてジェットコースター乗ればそうなるよね!」


 比奈は空にもたれかかり、空は比奈の背中をさすってあげた。



 ペットボトルの水も飲ませてあげると、少し落ち着いた。


「ふぅ、ごめんね」

「いいんだよ。俺も気持ちは凄い分かる」


 さっきまでのムードが崩れて、比奈は少し悔しそうだった。

 するとまた何か言いたそうに頬を染めてもじもじする。


「くーくん。ちょっとお花摘みに行ってくるね」


 そういえば遊園地に来てから一度も行っていない。


「俺も行きたい」

「い、一緒にはしないよ!?」

「当たり前だ! ほら、早く立って」


 手を差し伸べると、


「ありがと、くーくん。えへへ~」


 比奈は腕を組んですりすりしてきた。

 空は地図を広げてトイレを探すと、比奈と別れて男子トイレに入る。


 ──この時、初めて比奈は外で一人になった。

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