第4章
第23話 アイドルの苦悩
サヤカが大きく成長した翌日。
一日過ごしてみてもサヤカの悪い噂を聞くことはなくなった。「調子に乗ってる」や「痛い奴」という声すら無いのは、「ぶん殴る」宣言が効いたのかもしれない。むしろ一部の野郎共は処女宣言に鼻息を荒くし、女子生徒からは尊敬されて悩み相談をされているとか。
軽はずみに噂を流したどこかの生徒も大いに反省しているだろう。海帆は特定して断罪したがっていたがサヤカ本人がそれを止めた。何はともあれ、万事解決だ。
対する空の日常は変わらない。サヤカの告白した相手は誰だと騒ぎになるも、名前までは明かされていないため殺害予告もなかった。
唯一不安があるとすれば、
「おにぃちゃん」
帰宅しようと廊下に出ると、待ち構えていたサヤカが寄ってきた。
「ばか! 学校で呼ぶなって言ったでしょ」
「誰も聞いてないからいいじゃないですか」
「俺はサヤカちゃんと話してるだけでも殺意を向けられかねないんだよ」
「あ、確かに向けられてますね」
「ん……!? げっ、舞阪さん」
振り向くと、海帆がいた。
海帆に聞こえるように言ったとしか思えない。
「それじゃ、サヤカはママに会いに行くので帰りますね! ではでは~!」
サヤカはざまあみろという顔で逃げ帰った。
海帆を見ると、胸を手で隠して一歩後ろに下がられた。
「後輩におにぃちゃんなんて呼ばせてるんだ。鬼畜。変態」
「あの、舞阪さん。すっごく誤解があるよ?」
「こ、こないで……」
「本気で怯えないでよ。その汚物を見る目もやめてください」
空は腰を直角に曲げる。海帆は僅かに頬を膨らませて、
「あたしと話すのは平気なんだ」
「へ……? どわっ!?」
頭を上げようとすると、海帆が後頭部を手で押さえてきた。
「サヤカは可愛いから、他の男の子に嫉妬されるんでしょ。あたしはいいんだ」
「そ、そんなこと言ってません。頭ぐりぐりしないでください」
嫉妬してるのは舞阪さんの方でしょ、とは言えない。言ったら口を縫われそうだ。
「まあいいや。サヤカのこと振ったの?」
「……うん」
改めて言葉にされると苦しい。人の好意を一つ摘み取ったのだ。
「どうして? あんなに可愛くていい子なのに」
海帆は心から疑問に思っているようだった。
海帆から見たら仲の良い先輩後輩に映っていただろうし、仕事を放っておいて助けに行くほど大切な存在だと思ったはずだ。
「あ、ごめん。プライベートな話なのに。忘れて」
「……いや、話せるよ。聞きたい?」
「や、やめとこうかな……」
空がじっと海帆を見つめると、これ以上追及してこなかった。まさか強気に出てくるとは思わなかったのだろう。だからこそ空はもう一歩踏み込んでみる。自分の物語を進めるために。
「舞阪さん。一緒に帰らない?」
「え、やだ」
即答だった。普通にショックだ。
「きょ、今日はちょっと用事あるから。じゃあね」
「あ、ちょっと待って──!」
呼び止めようとしたが海帆は走って行ってしまう。
すぐに追いかけようか今日は諦めようか。どちらか迷っていると、スマホが振動した。
誰かと思って見てみると、愛野真凛からのメッセージ。
【一緒に飲まないか?】
空は昇降口ではなく、屋上に足を向けた。
「お、来たか少年。待ってたぞ」
今日は缶チューハイを片手に真凛が手招きする。
「どうしたんですか真凛さん。てか授業出ないくせになんで学校来てるんですか?」
真凛が授業に出席すれば話題になるはずだ。
「屋上で飲む酒が一番だからな。背徳感があっていいぞ」
「そうなんですか。飲みすぎないでくださいね」
「心配するな、こんなのじゃ酔えないよ」
真凛はジュース感覚でチューハイをごくごく飲む。
「ぷはぁー! まあ座れよ。寂しいから話し相手になってくれ」
「いいですけど。そういえば真凛さん保護者とかいないんですか?」
最初から気になっていたが他のインパクトが凄すぎて聞きそびれていた。
二十歳になっても留年していて何も言われないのだろうか。
「ワタシ孤児だから迷惑ならかけてないぞ。今は独り暮らしで学費も家賃も配信の稼ぎで成り立ってるから自由だな」
「そ、そうだったんですか。すみません」
「別に構わないさ。やりたいことやれて楽しいしな」
真凛は何か意味ありげに呟き、
「それより少年! どうだ、最近はハッスルしてるか?」
「この酔っ払いが! あいりんちゃんの顔でそんなこと言わないでください」
「なんだ、あいりんの洗脳は解けたんじゃないのか?」
「だと思ったんですけど、真凛さんの素を知ってから見るとあいりんちゃんの解像度が上がりました。まじ天使です。超可愛いです」
「お、おう……キミはあれだな。褒め殺すのがうまいな。嬉しいけど変なことには使うなよ?」
「変なこと?」
「そりゃあ、自家発電だよ」
「ナっ!? 何言い出すんですか!」
「ピュアだなキミは。本当に高校男子か?」
「もうやだこの人。中身がおっさんなんだよな。やっぱりあいりんちゃんは偶像なんだ。この世にはいないんだよね。うん。みんなの心の中にいる存在なんだ」
「勝手に悟りを開くな。ワタシだって結構気にするんだぞ……」
真凛は一瞬、昏い顔を見せる。
あいりんは絶対に見せない顔だ。
「俺は真凛さんも好きですけどね。自由で、特別で、憧れます」
「やめろって。ワタシなんて全然憧れられるような存在じゃない。キミたち高校生の方がよっぽど輝いてて羨ましい」
「そうなんですか? みんなの人気者なのに?」
「その逆。人気者だから苦しいの……って、こんな話聞いてもつまんないよな」
「いえ、めっちゃ興味ありますよ。俺の相談も乗ってくれてるし吐き出してくださいよ」
「はは、本当にキミは人の心に漬け込むのがうまいな。さすが可愛い女の子たちに好かれるわけだ。今は何人落としたんだ?」
「ぐ……その言い方は卑怯です。真凛さんの意地悪」
「自覚はあるみたいでよかった。答えは出そうなのか?」
「……出しますよ。俺も特別になりたいので」
「そか。本当に高校生は眩しいな」
真凛は立ち上がり、
「よし、じゃあ二次会だ! お互い腹を割って話すぞ!」
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