第3章
第16話 永遠の高校生
七月上旬、月曜日。
磐袋高校は夏休み初日に文化祭が行われる。三年生は受験もあるため簡単な屋台をする程度だが、校内全体を見ればお祭り騒ぎ。着々と展示物が作成されていたりPRの広告が掲示されたりしている。そんな浮ついた雰囲気の中、空は一人沈んだ気分だった。
どうしたらいいのかわからない。
比奈の心が壊れていくのを間近で見ていたため、高校生活は出来るだけ空気を読んで周りに合わせるように行動してきた。そうすれば傷つかない。特別な人間たちの生き方を羨ましいと思いながら、誰かに嫌われないようにうまく立ち回ってきたつもりだ。
でもそれはただの逃げだったのかもしれない。
そして今も現実から逃げている。
海帆に頼られた時は嬉しくなった。自分にもまだ出来ることがあると思って、自分も比奈を救えなかった時から成長できるのかと思って海帆に協力した。自分の意識を変えてくれた海帆の魅力にどんどん惹かれる一方で、自分が良い思いをしていいのかと迷った。
比奈の未来を奪って、自分だけのうのうと。
海帆の力にはなりたかったから関係を続けて、結果海帆と比奈を裏切った。
昔から中途半端な性根は何も変わっていない。
「はぁ……」
図書室で椅子に座りながらスマホに視線を落とす。
比奈にメッセージを送ってから三日。未だ返事が無い。直接家に行っても出てくれないだろうし、顔を合わせるのは気まずい。
海帆とも何か話すべきだろうと思いつつ、どんな顔をすればいいのかわからない。教室で目が合うと気まずそうに逸らされる。メッセージは送っていない。
「はぁ……」
何度目かわからないため息を吐くと、
「せんぱいせんぱい」
金髪碧眼のツインテール美少女、サヤカが鞄を背負って話しかけてきた。どうやらもうバイトに行く時間らしい。
「ああ、サヤカちゃん。あとは任せていいよ」
「はい、お願いします。サヤカの仕事はもう終わらせておいたので」
「珍しい。熱でもあるの?」
「む。サヤカもお仕事できますよ。それよりせんぱいこそどうしたんです? 浜に打ち上げられた深海魚みたいな顔してますよ? スマホ見てため息なんてキモいです」
「散々な言われようだな」
サヤカはくすくす笑って、
「ミホせんぱい怒らせたんですか?」
「怒らせるだけなら良かったんだけど……怒ってるのかな?」
「何やら複雑そうですね。はっ、もしかして浮気したんですか!?」
「そんなことしないよ。俺がそんなモテるように見える?」
「まー、地味で生気は薄いですけど……サヤカ的には結構いいと思いますよ」
サヤカは微塵の濁りも見えない双眸で、
「あ、ドキってしました? だめですよー二股しちゃ」
「してないって! ……そんなんじゃないから」
「え、意外な反応。もしかしてサヤカ狙われてます? ごめんなさいせんぱい無理です」
「何故か振られた……。サヤカちゃんは俺も後輩としか思ってないよ」
「それはそれでムカつきますけど、まあいいです。少しは元気になってくれましたね」
「かな? ごめんね時間取らせちゃって。行ってらっしゃい」
「はいっ。じゃあねせんぱい!」
サヤカは笑顔で手をぶんぶん振って去っていくが、その背中はどこか寂しそうだった。
委員会の仕事を終えても、当然海帆が待っていてくれることはない。
今日も親の帰宅は遅くなるとのこと。
まだ腹も減っていないし帰って勉強する気にもならないから屋上に足を運ぶ。フェンスで囲ってあるため常時解放されているのだ。
屋上に行くと街に沈む夕日が綺麗で風も気持ちよかった。
誰もいない貸し切り……かと思ったが、先客が一人いたようだ。
「おっと、困ったな。この時間にやって来る生徒がいるとは」
リボンの色からして同学年。ピンク色の髪を腰まで伸ばした美少女は、サヤカと比べても胸が大きく、芸能人のようにスタイル抜群。だがこんな美少女を学校で見たことない。
「えっと……新任の先生ですか?」
空は思わず聞いてみた。なぜなら手に缶ビールを持っているからだ。座っているベンチには500ミリリットルの缶が三本空いている。教育実習生だろうか。だとしたらどうして制服のコスプレなんてしているのだろう。髪の毛ピンクだし。
「いや、現役女子高生だぞ」
「え、そ、それは……」
「もちろんアルコール入りだ。飲んでみるか?」
やべー奴に出会ったと思い、空は回れ右。
「ちょっと待て。逃げたら殺すぞ」
飲酒女子高生は手招きする。既に犯罪者の言葉は冗談に聞こえない。
「くふふ、ビクビクってしちゃって可愛いな。もちろん社会的にって意味だぞ」
「どっちにしろ物騒ですよ」
怖かったがリスクを考えて飲酒女子高生の隣に座る。
するとがっと肩を組んできた。
「ちょ、酒臭いです。酔ってるんですか?」
「おうおう、レディーに臭いとか言うかコノォ。お仕置きしてやろうか」
謎の飲酒女子高生は制服越しでも伝わるぷにぷにを空の顔面に押し付けた。
「ま、まじでなんなんですか! 俺帰ります!」
「そう言うな少年。一人で飲んでも寂しいから付き合ってくれ」
「そもそも飲んじゃダメですよ。通報しますよ?」
そろそろダル絡みも鬱陶しくなってきた。美少女だが面倒くさい。通報をチラつかせれば手を引くと思ったが、
「別にいいぞ。合法だし」
「はぃ?」
「ワタシもう二十歳だから」
「ん?」
「二回留年して今年が三回目。ほら、問題ないだろ」
しばらく脳の処理が追い付かなかった。
「ならいいのかな? ってダメですよ。校則でダメってなってます」
「真面目ちゃんだなー。いいじゃん大は小を兼ねるって言うでしょ。国の法で飲んでもいい年齢なんだから細かいことは気にするな」
「まあ、俺には関係ないのでいいですけど……」
この人自体は羨ましく無いが、こんな自由な生き方は眩しい。
「ワタシ、
「遠江空です」
「そっか。よろしく少年」
真凛は四本目を飲み干すと、五本目のプルタブを開けた。呂律も回っているし、本当に酔っていないようだ。
「愛野さんはどうして留年してるんですか? アホなのか謹慎してたのかどっちなんです?」
「おうおう、躊躇ないな。別にどっちでもないぞ。あと真凛でいい」
ごくごくと一気に三口煽ると、満足そうに息を吐く真凛。夕日を見つめる横顔は景色よりずっと綺麗だった。
「永遠の高校生になりたいから……かな」
「やっぱりアホですか」
「違う聞けって。大人になりたくないってみんな思うだろ? ならずっと高校生でいればいいじゃん! って思ったんだよ」
「どアホでしたか」
「容赦ないな。でもさ、みんなと同じってのもつまらないと思わないか? みんなとは違う特別になりたいって、キミは思わない?」
それは、どんな理由よりも空が納得できる理由だった。
「まーワタシはもう成れてるけどな。特別に」
「自覚できてるって凄いですね。真凛さんは良い意味で特別なアホですよ。素直に尊敬します」
「さては馬鹿にしてるな? ほんとにワタシは凄いんだぞ! なんたって今を時めくスーパー美少女、あいりん様だからな!」
「……」
空は一度立ち上がって屈伸を行い、伸びをしてから深呼吸。座って目を擦り、頬をつねって夢ではないことを確認する。
「自覚できてるって凄いですね。真凛さんは良い意味で特別なアホですよ。素直に尊敬します」
「待て待てセルフタイムリープをするな。ワタシは本物のあいりんだって」
真凛はポケットから黒いマスクを取り出し、装着する。メイクをしていないがどっからどう見てもあいりんである。信者になった空の目が、あいりんだと断言している。
「あ、あ、あ、あ、あああああああああいりんちゃん!?」
「なんだ、キミもワタシのファンなのか? 好きなのか? 愛してるのか? ほれほれ言ってみろよ。大好きなあいりんちゃんにアホとか抜かした気分はどうだ」
「あいりんちゃんがこんな飲んだくれのダメ人間だったなんてええええええええ!」
「ちょ、落ち着くんだ少年。暴れるな!」
「うわあああああああああん! 俺の推しが汚された! 天使のあいりんちゃんを返してくれえええええええ! ずっと画面の中で愛でていたかったああああああああ! ていうか謎の美少女高校生って言ってたのに二十代だったんですかっ!?」
「ばっか夢見すぎだ! ワタシだってトイレ行くし家ではジャージに眼鏡かけてパンイチでイカ飯食いながら酒飲んでネット見て暴言吐きまくってるぞ! それにJKは間違ってない!」
「うきゃあああああああああああああああああああああああああ!」
のちに、放課後の屋上からは奇声が聞こえると学年七不思議になった。
しばらくして、
「はぁ、はぁ……はぁ」
「落ち着いたか、少年。ほれ水」
「ありがとうございます。すみません」
「本物のあいりんが目の前にいたら普通喜ぶだろ。二人きりなのに痴漢とかしないのか?」
「確かに真凛さんはめちゃくちゃ可愛いですし色気も凄いですけど、俺もともとあんまり興味なかったので、洗脳が解けたみたいです」
「キミは意外と毒舌だな。熱狂的なファンが一人減ってワタシは悲しいぞ」
改めて見ても真凛は超が付くほど美少女だ。
あいりんが目の前にいるなど信じられない。
「まだ疑ってるのか?」
「いえ、信じてますよ。元信者の俺があいりんちゃんの目元とか胸の大きさとか声質とか間違えるはずありません」
「お、おう……そんなジロジロ見るな。嬉しいけど通報するぞ?」
「ごめんなさい。でも真凛さんめっちゃ綺麗ですよ。これは今でも思ってます。マスクの下が想像より可愛くてびっくりしました。素顔の方がいいです」
「そ、そうか……? もっと褒めてくれてもいいんだぞ? ぐへへぇ」
チョロいなこの人、と空は思った。しかしながら、本当に顔だけならこれ以上の人を知らない。マジで可愛い。
「メディアとかには出ないんですか? 忙しくなるのが嫌とか?」
「いや、そういうんじゃないけど……まあ色々あってな……」
「そうですか。俺はこれからも応援し続けますよ。前みたいに一コメを競ったりアンチと喧嘩したりはしませんけどね」
「ふふっ、そっか……嬉しいよ」
どの部分に反応したかはわからなかったが、真凛は不格好に笑みを浮かべた。きっと特別な人間のみが抱える苦悩があるのだろう。
真凛はビールを一気に飲み干すと、空の肩を組む。
「な、なんですか!?」
「はい、笑って笑って。イェーイ!」
パシャっと真凛はスマホでツーショットを撮影した。
「え、それアップしないでくださいね? 俺の家に殺害予告が来そうで怖いです」
「しないって。これはワタシとキミだけの思い出だからな。送ってやろうか?」
「あ、はい。お願いします」
スマホを出して、連絡先を交換する。
「ほい、あいりんとのツーショットと連絡先持ってるなんて死刑に値するな」
「ですね。俺の知り合いに二人信者がいるんですけど殺されそうです」
海帆と比奈が知ったら驚くだろう。
今は教えられる状態じゃないが……。
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