第11話 休日デート(?)
六月中旬。土曜の昼過ぎ。
空は外出用のカジュアルな服に着替えて家を出た。サッカー部はオシャレな奴が多く、一緒に外出するときに恥をかかないように買っておいたものだ。
待ち合わせ場所である公園に十分早く到着すると、既に空を呼び出した少女は待っていた。
「ごめん、舞阪さん。待った?」
最近は三十度近い日が続いている。予定より早いが申し訳ない。
「三分くらいかな? 気にしなくていいよ」
「よかった。一瞬誰かわかんなかったから戸惑ったよ」
海帆もオシャレをしているのだが、普段とかなり印象が異なる。白いワンピースを着てキャスケットをかぶり、普段後ろで一つにまとめている髪はおろしていた。
「どっちの意味で?」
「もちろん似合ってるって意味で」
「ふぅん、どんなところが?」
「んー、舞阪さんすらっとしてるから服に馴染んでるんだよね。髪型が違うだけでギャップ萌えするし、清楚な雰囲気も出てるよ」
「……そ。ありがと」
海帆は毛先を指に巻き付けて、
「今なら何番目に可愛い?」
「いつまで気にしてるの。心は全然清楚じゃないね。でもまあ、自信もっていいと思うよ」
ほんのり頬が赤いのはきっと怒っているからだ。そうに違いない。
「そ、そうじゃなくて、何番目なの」
今日はやけに食いついてくるなと思ったが口にはしない。
「ノーコメント」
「っ。どうせあたしなんて頑張っておめかししてもその程度なんだね。ふんっ」
「え、なんで怒るの。面倒くさいな舞阪さんは。前もそうだけど客観的に見たら五番目であって俺だけの主観で見たら……」
喉まで出かけた言葉を呑み込む。特別と認められたい海帆にとって、個人の意見なんて意味はないだろう。ここで褒めても満足しないはず……。
「なんで黙るの。もしかして空くん照れてる?」
「は、そんなわけないでしょ。それより、暑いから早く移動しよ」
「え、う、うん」
無理やり話題を切り上げ、海帆が事前に行きたいと言っていた店に向かう。休日に女の子と二人で出掛けるのは初めてだが、それを全てデートと呼ぶのは早計だ。
海帆からのメッセージではあくまで協力関係にある空と今後の作戦を立てつつ、ついでに勉強もしてパフェも食べたいという明確な理由があった。あくまでデートっぽいことをして、特別な人間たちのことを知ろうというのが目的だ。断じてデートではない!
というわけで向かった先は近所の喫茶店。
少し歩けば店が密集した通りに出る。行列のできている流行りの店……ではなく、個人経営のあまり繁盛していない店に入る。知り合いに出会うリスクも減るし、ゆっくり過ごすには丁度いい。学校で噂されるのは空も海帆も好きじゃないのだ。
チリンチリンとベルを鳴らして入ると、メイド服を着た店員がやってきた。メイド喫茶ではなく、どうやらマスターの趣味らしい。
「いらっしゃいませええええ!?」
メイドは手にしていたお盆で咄嗟に顔を隠す。だが特徴的な金髪ツインテールと、時折こちらを覗き見る碧眼には見覚えがあった。
「……サヤカちゃん?」
「しゃしゃしゃ、今日はしゃわやかな一日ですねぇ、お客様」
「いや、サヤカちゃん。無理があるって」
同じ委員会に所属する菊川サヤカ。一つ下の後輩だが海帆や比奈とは比べ物にならない巨乳を持ち、学校でも知らぬ男子はいないほどの美少女でファンクラブもあるらしい。
「さ、サヤカってナンデス? 日本語ワカリマセンデス」
「君は日本生まれ日本育ちって言ってたじゃん」
「そ、そうです、サヤカの姉なんですよぉ。いやーサヤカがいつもお世話になってます」
「サヤカちゃん長女って言ってたよね。妹と弟はいるって聞いたけど」
「せんぱいサヤカのこと詳しすぎぃぃぃぃぃぃぃ!」
サヤカはもう誤魔化しきれないと諦め、手にしたお盆でお客様である空を叩き始める。
「こ、こら何するんだ。サヤカちゃんがべらべら喋ってたじゃん」
サヤカはいつも手ではなく口を動かすのだ。
「うわーん。もうせんぱいの記憶消すしかないですぅ!」
「別に言わないから。だから落ち着こ?」
サヤカがこんなに取り乱すのは、高校でアルバイトを禁止されているからだ。学校にバレたら少なからず罰則があるため、それを恐れているのだろう。
「うえーん。サヤカこれからせんぱいに『バラされたくなかったら分かってるよな?』とか攻められちゃうんですぅ! サヤカ汚されちゃいますぅ!」
「そんなことしないよ! ちょっと黙ろうか?」
奥でコーヒーを淹れていた強面のオーナーが異変を察知したらしい。うちの看板娘に手を出したら殺すぞという目で睨んできてマジ怖い。
「サヤカちゃん? 俺がそんな言いふらすように見えるかな? ほら、いつも命令聞いてあげてるよね? 俺に一人で仕事しろって言って帰るじゃん」
空が言うと、サヤカはちらと海帆を見た。するとピタリと大人しくなり、営業スマイルを見せる。日頃の行いが功を奏したのかなと空は思った。
「あはは、確かにせんぱいはサヤカの言いなりですからねっ。信じましょう!」
「ありがとう、サヤカちゃん」
なぜこちらが礼を言っているのか分からなくなってきた。
気づいたらいつの間にか主導権を握られていた。
「まー、せんぱいがチクるならサヤカも彼女さんのこと言いふらしますからね!」
サヤカはニヤリと口の端を吊り上げ、値踏みするように海帆を見た。
「えっと、サヤカちゃん。舞阪さんは彼女じゃないんだ。友達だよ」
「えー、でもわざわざこの店を選ぶなんてバレたくないからじゃないですかぁ? サヤカと一緒でバレたくないからこんなボロい店に来たんですよねぇ?」
「サヤカちゃん、店長が泣きそうだからやめてあげて」
レトロな雰囲気が売りらしいが、若い娘には分からないかもしれない。
「とにかく、舞阪さんはそういうんじゃないから勝手な事言わないでね。俺もサヤカちゃんのこと黙ってるから」
「それが人に物を頼む態度ですかぁ? せんぱい、そういう時はどうするのが筋ですかねぇ」
「君立場分かってないだろ」
こちらが学校に漏らせば停学処置もありえる。対してサヤカが言いふらしてもせいぜい周りにからかわれるだけだ。頭は良いはずだから意図がありそうだが。
「えっと、菊川さんだっけ?」
今まで黙っていた海帆が一歩前に出てサヤカに詰め寄る。
サヤカは大きな釣り針に食いついた海帆に、自慢の胸をどんと張る。
「あたしたち付き合ってるよ。だからあたしが言いふらしたら菊川さんも暴露すればいい」
「何言ってるの舞阪さん。意味わからないんだけど?」
以前、図書室では付き合うわけないと言われた。
「空くんは黙ってて。関係ないから」
「なんか意地になってる? サヤカちゃんも先輩相手に失礼でしょ」
「うるさいですせんぱい。誰が喋っていいって言いました?」
「……ごめんなさい」
人権は無いらしい。空は蚊帳の外だった。
「菊川さん、席案内してくれる?」
「いひひ、了解ですミホせんぱい」
バチバチした視線を飛ばす海帆と、新しい玩具を見つけたようなサヤカ。
「二名様ご案内でーす!」
サヤカに接客され、空は目の色が変わった海帆に続いた。
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