第9話 熱
トークに花を咲かせていると18時半を回っていた。
そろそろ施錠の見回りがくる。
鍵は職員室に置いてくるだけだからここにいて問題ないが、遅くまで女子生徒と二人きりだと訝られるだろう。そろそろ帰る頃合いか。
両親の帰る時間を確認するためスマホを出すと電源が切れていた。帰りが遅い日は自分で用意するか比奈に作ってもらう必要があるため、事前に知っておこうと思ったのだ。食材は母が週末にまとめて買うため適当な食材はあるだろう。
比奈はサプライズが好きなのか連絡を入れずに勝手に家に来て勝手に作ってくれる。学校を優先してほしいと言われていて、帰りが遅いと拗ねるが特に束縛はしてこない。
「俺そろそろ帰るね。歩いてきたから結構時間かかるんだ」
「え、この暑いのによくやるね」
「部活無くなったしね。三十分あれば着くし体育の無い日くらいはって」
「ふぇー、あたしも歩かないと太るかな」
特に気にした様子もなく定型文のように呟く海帆は、ダンスをやっていただけあって健康的な身体の持ち主だ。腕や足は程よい肉付きがあり、ウエストは優美な曲線を描いている。
「はー、暑い。エアコン止められたっぽいね」
リラックスした座り方で海帆は言う。
「だね。そろそろ先生も来……」
「ん? どしたの空くん。もう先生来ちゃった?」
海帆はけろっとした顔で入口を見て、誰もいないため空に向き直る。
その一連の動作の間も、海帆は座ったままスカートの裾を手で持ち、扇ぐように風を送っていた。わざわざ指摘するほど大胆でもなく、太ももが見えたり見えなかったりする程度だが、空の脳裏には黒のパンティがよぎり、目を逸らした。
「ん? ……あ、もしかして気になるの?」
海帆は空の隙を見逃さず、試すような視線を向けながらやや豪快に扇ぎ始める。
「舞阪さんの心は純情なのか穢れてるのかよくわからないよ。恥ずかしくないの?」
パンツを見られた時は赤面していたが、露出の快感に目覚めてしまったのだろうか。
「別に? 空くんこそ、もしかして見たいの?」
「……!」
ゆっくりとスカートをめくり始める海帆。徐々に白い太ももが剝き出しになる。
空は心臓がバクバク鳴っているのを感じながら、酸素の薄くなった脳で考える。
──この女の奇行を止めるべきか……三大欲求に従うべきか……いや違う。カウンターを食らわせてやろう。人畜無害とか抜かしてきたし少しくらい痛い目を見た方がいい。
そう決断した空は腕を組み、上靴を脱いでどかっと机の上に足を乗せ、
「どうぞ続けて」
高圧的な態度を頑張って演じた。すると、
「……っ!」
効果は覿面で、海帆はムキになった。
手を止めることなくスカートをめくっていく。徐々に顔を見せる純白の肌。普段スカートで日に隠れるその部位は一段と綺麗で神秘的だった。
めくってもめくっても肌色で、一向にパンツを見ることが出来ない。と、そこで。
──あれ、この子穿いてないのでは?
スカートの下に空は夢を見た。間違えてパンツを見せてしまうような子だ。パンツを見せるつもりが、何も穿いていない可能性が浮上する。瞬きを忘れた空だったが、頭を振って自己を律する。自分は海帆にそんなことをして欲しくない。海帆には自分を導いてくれる光でいて欲しい。男としての感情よりも、もっと大事な何かがある気がした。だから──
「ストーーーーーーーーーップ!」
「ふぇ!? ちょ、なに……きゃっ!」
焦った空は勝手に体が動き、気づけば海帆の手首を掴んで露出を辞めさせようとした。しかし咄嗟に掴まれた海帆が大勢を崩し、椅子が傾き、一緒に床に転倒した。
間に合わないと思った空は海帆の頭だけは守ろうと手を回し、自分の方に抱き寄せると庇うように体を捻る。カッコよく完璧に守ることはできず、二人とも肩からずっこけた。
「……ってて。ごめん舞阪さん。怪我してない?」
「してないけど痛い。急に襲おうとしないで」
無事でよかったと安堵するも、結果的に手を出したように思われ……
「嘘、そんな顔しないで。悪いの100%あたしだから」
「え?」
当惑する空に、海帆は先に立ち上がって手を差し伸べてきた。不甲斐ないと思いながら起こしてもらうと、
「ほらっ。見せても平気だったでしょ?」
スカートを一気にめくって……その中は短パンだった。どうやらスカートと一緒に短パンとパンツをめくっていたのを、ノーパンだと勘違いしていたようだ。
「学校では基本短パン穿いてるからね。もしかして期待し……痛い痛い引っ張らないでよぉ」
空は割と本気で怒ってポニーテールを引っ張った。
「はぁ、俺のこと試したの? 次やったら怒るよ」
「もう怒ってるって! 空くん、反応面白いからっ、それに、ちゃんと、穿いてたし!」
ぐいっぐいっと引っ張るたびに海帆は上擦った声を出す。
「まあ怪我は無くてよかったよ。舞阪さんは欲求不満の色情淫乱露出狂娘って覚えとく」
「漢字多! あたしはそんなやらしい子じゃないってばぁ!」
なおを引っ張り続ける空に、海帆は許してくださいと懇願しながら、
「ふふ、でもあたしを大切に想ってくれたんだ……」
──ああ、やばいかも。
海帆は心が満たされていくのを感じた。秘めた想いがつい溢れる。
抱き寄せられた感触がまだ消えない。見た目より力が強くて、でも優しくて、あったかくて、安心できて、……初めてのことで今も心臓の音がうるさい。
──聞こえてないよね? 顔、変になってないよね?
汗が滲み始めた。この気持ちはきっと……でもあり得ない。叶わない。
感情の正体に気づきつつも、男性経験ゼロで自己評価マイナス点の海帆は自分なんかが愛されるはずないと思い直す。こんな奇行や無茶なお願いにも付き合ってくれる人なんて誰にでも優しいこの男の子しかいない。誰にでも向ける優しさを向けてくれているだけに過ぎない。
自分は空の後輩ポジションで親し気に話すサヤカのように特別ではないのだ。
──勘違いするな。思い上がるな。
自分を洗脳しようとするが、不発に終わる。
そもそも自分はなんてことをしているんだ。短パンを穿いているとはいえ太ももを見せびらかして喜んでいるド変態では? 凡人な自分を少しでも特別視して欲しいという想いから暴走してしまったが、今後は貧相な色仕掛けなどしないと海帆は心に決める。
次第に緊張は収まるも、胸のざわめきは収まりそうもない。
「……やっぱり暑い」
こっそり呟いた声は、怒り沸騰中の空には届かなかった。
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