少女との夏休み

Racq

第1話

「ねぇお兄さん、知ってる?」


 少女は僕に問いかけた。


 外は暑く、一歩外に出れば汗が流れる。ここ図書館であれば、冷房からの冷気で涼むことができるが……。

 ここは田舎だ。最近とはいえ数年前だが、比較的新しい建物の図書館で、設備はしっかりしている。涼める場所は少ないが、そもそも人が少ないせいで、わざわざ図書館に来る人はいないだろう。

 最近よく見かけるこの背の小さな少女は、本を通して仲良くなった子だ。頭がいいのか物好きなのか、何やら難しそうな本ばかりを読んでいるが、とても面白い子なのには間違いない。


「大体のことは知らないよ。空ちゃんの方が物知りでしょ?」

「ちゃん付けはやめてくれる……?それよりこれ」


 そう言って見せてくれたのはどうやら物理学に関する本のようであった。


「へぇ……。不思議なこともあるものなんだね」

「お兄さんのくせに知らないの?」

「僕は論理とか苦手なんだ。考えてると頭が痛くなる」


 僕は近くの大学に通う一年の学生だ。恥ずかしながら、賢くはない。とはいえ、高校の頃の成績が赤点常習犯だったと言うわけでもない。普通ぐらいだ。

 そんな僕は課題のレポートを作るための資料を探しに来ている。偶然か、それとも彼女が特異故か、同じ棚を見に来ていた空ちゃんに偶々会ったと言うわけだ。

 何かおすすめの資料はないかと空ちゃんに聞こうとすると、呆れたようなため息が返ってきた。


「レポートの作りやすさで言ったら……これとか」


 そう言って自身の背より少し高い位置の本を取ろうとする。背伸びをして手を伸ばし、やっと手が届いたようだ。

 彼女の手は慣れた手つきで本の上部を指でなぞり、角に到達したところでその引っ掛かりを利用し、本を引っ張り出す。その一連の動作に何故だか目を奪われるものがあった。よく本を読む故か、将又他の理由なのか。


「ちょっと?お兄さん?」


 呼ばれるまで気付かなかった。意識でも失ったかのように、ぼーっとしていたようだった。


「あ、ごめんね。ちょっとぼーっとしてたみたい」

「暑さにやられた?あとでアイスでも買いに行く?」

「そういっていつも僕の奢りだろう?」


 その言葉には謝罪も何も無く、ただニヤニヤと笑う空ちゃんの姿があった。


「無知で無垢な少女がお金を持ってるとでも?」

「少なくとも無知ではないと思うんだ」

「あら、アイスぐらい奢れなければ大人のレディからはモテないわよ……なんて」


 僕は、肝に銘じます、という心にもない言葉しか返せないのだった。

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