第58話

 薄い桃色のドレスは春の花嫁に相応しい出で立ちだった。金色の髪の毛を結い上げ、頭からかぶせるのは、ヘンリエッタがかつて使ったという美しいレエスのベール。ドレスの胸元には白百合を刺してある。


 花嫁のブーケも真っ白なそれで合わせていて、リリアージェはしずしずと教会の中央の通路を歩いて行く。


 花嫁をエスコートするのは、義父であるブリュネル公爵だ。

 彼はこのような場は初めてだと言い、カチコチに緊張をしている。歴戦の大物政治家も、家族の前ではただの人ということか。なんだか微笑ましくて、リリアージェは逆に緊張が抜けてしまった。


 ヘンリエッタは、朝からずっと泣きっぱなしだった。娘の晴れ舞台が嬉しくて仕方がないのだ。この姿を彼女に見せることが出来て、リリアージェも大変嬉しかった。


 細い通路を歩き、夫であるエルクシードのもとへとたどり着く。

 無事に離婚猶予期間を終え、四番目の月終わりの今日、こうして二度目の結婚式を迎えている。

 最後の面談で、二人の総意を伝えると、ジェイブ大司教はゆっくりと頷いた。元のさやに納まった形だが、リリアージェはこの一年があったからこその今なのだと思っている。


 お互い本音をたくさん言い合った。喧嘩もしたし、仲直りもした。うわべだけではなくて、エルクシードと向き合ったからこそ、今日という日を迎えることが出来た。

 政略結婚だけれども、リリアージェは自らの意思でエルクシードを夫に選んだ。彼もまた、リリアージェを妻に選んでくれた。

 あの日の彼の告白は、リリアージェの一生の宝物だ。


 祭壇の前で、夫と向かい合う。

 花婿の正装姿がとても眩しい。やっぱりかっこいいなあと、再び見惚れていると彼がベールをそっと持ち上げた。


 最初の結婚式は、結婚式とも呼べないような簡素なものだった。

 けれども、こうして成長をして、改めて結婚式を行っている。エルクシードをじっと見つめると、ふわりと誓いの口付けが落ちてきた。


 祝福の鐘が、青い空へ吸い込まれる。軽やかな音色と歓声。それらがリリアージェとエルクシードを包み込む。

 領地の教会には小さなころからリリアージェを見守ってくれた人たちが集まってくれた。ブリュネル公爵家の親戚筋や、子供の頃にお世話になった家庭教師の姿もあった。


 鐘の音に続いて白鳩が空へ舞い上がった。

 春のよい天気の中、リリアージェは二度目の結婚式を終えた。


 * * *


 今日から、二人同じ寝台で眠る。その事実に、とくとくと鼓動が早まった。


「リリアージェ。改めて誓う。きみを愛している。生涯でただ一人、きみだけが私の妻だ」


 湯あみを終え、寝間着をまとったリリアージェが寝室に入ると、エルクシードがリリアージェの前に立ち、ゆっくりと跪いた。

 騎士が主に誓うように、そっとリリアージェの手を取り、その甲に唇を押し付けた。


「エルクシード様」

「きみの居場所は私の隣だ。二人で、家庭を作っていこう」

「はい」


 リリアージェは泣き笑いの顔を作った。

 彼と夫婦として第一歩を踏み出す瞬間。だからリリアージェも彼に同じものを返す。


「わたくしも愛しています。改めて誓いますわ。エルクシード様だけがわたくしの永遠で、生涯大好きなお人です」


 エルクシードが立ち上がった。

 彼の視線が高くなり、薄暗い寝室で、二人は間近で見つめ合う。


「リリー」

 ゆっくりと、彼の顔が近づいてきた。

 触れるだけの優しい口付けから、女を求めるそれへ。

 合わせた唇を割り、エルクシードの舌が口内へと侵入を果たす。

 吐息が混じり、室内に、口付けを交わし合う音だけが響く。


 これまでの口付けはだいぶ加減をされていた。それが分かるほどに、今のエルクシードはどこか恐ろしくもあった。


 そのうちにリリアージェは寝台の上に押し倒されて、金色の髪の毛が真新しい敷布の上に舞い散った。室内の灯りは最小限で、その光源に金色がぼんやりと照らされる。


 エルクシードがリリアージェから離れた。

 目の前にいる彼は、本当にリリアージェの夫なのだろうか。妖し気に光る瞳にぞくりとした。


「私のことが怖いか……?」


 少しだけかすれた声が耳を撫でた。リリアージェに、己の欲望をさらけ出すことへの躊躇い。それを感じとる。


「……エル、わたくしをあなたの妻にしてください」

 リリアージェはゆっくりと両腕を持ち上げた。


「来て」


 あとは、言葉はいらなかった。

 互いの体が重なり合った。熱と熱を分け合い、そして――。


 この日二人は晴れて夫婦となった。




 朝目覚めると、すぐ後ろからエルクシードに抱きしめられた。

 互いに一糸まとわぬ姿で、リリアージェは改めて結ばれたことに感じ入った。


「辛くないか?」

「大丈夫ですわ」


 耳の裏にかかる吐息がくすぐったい。

 リリアージェは体勢を変えて、エルクシードの胸に顔を押し付けた。

 これからもこうして甘えたい。恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜになっていく。


 エルクシードがリリアージェの頭を優しく撫でていく。

 リリアージェはくすぐったくて、エルクシードにぎゅっと身を寄せた。

 春の日差しが寝室に優しく注ぐ、ある晴れた日のことだった。



☆☆あとがき☆☆

本編完結です。

最後までお付き合いくださりありがとうございました。

また、連載中はハート並びにお星さまをくださりありがとうございました。

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