旦那様、そろそろ離婚しませんか?【コミカライズ配信中】

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第1話

 それはリリアージェが十六歳の頃のことだった。


 セルジュア王国の第三王子の娘として生まれたリリアージェは、国同士の事情と厄介払いを兼ねた政略結婚により、西の隣国サフィルにわずか八歳で嫁ぐことになった。


 それから八年と二カ月。十六歳になり、本格的な社交デビューの年を迎え、お披露目の場となった園遊会でのことだった。

 緑が息吹き、濃くなるさわやかな気候の中、リリアージェは十歳年上の夫の話し声を、ふとしたことから聞いてしまった。


「この婚姻はサフィルとセルジュアの友好関係を保つためのものだ。ちょうど、つり合いが取れるのが私だったというだけだ」


 夫は園遊会を少し抜け、友人たちの相手をしていたらしい。彼の姿を探していたリリアージェが屋敷へ近づいたとき、開けられていた窓から室内の声が聞こえてきた。


「またまた。さすがはセルジュア一の美貌の貴公子と呼ばれた第三王子の遺児だけあるな。あれだけ美しかったら、連れて歩くのもさぞ鼻が高いだろう?」


「子供の妻を押し付けられて、私だっていい迷惑だ。成長しても、女性として見ることはできない」


「はっ。お堅いことだな」


 その後も男たちは何かを話していたようだったが、リリアージェは激しく軋む心臓の上に手を置き、その場からよろよろと逃げだした。


 頭の中に、エルクシードの低く、不機嫌そうな声がこだましている。

 分かっている。自分たちの結婚は互いの意思など関係のない、政略結婚。


 当時、とある品の関税率で揉めていたサフィルとの和解の証として、王族同士の結婚の話が持ち上がった。まだ七歳であったリリアージェが選ばれたのはセルジュア側の理由によるものだ。


 女優の母と恋に落ちた父が結婚を強行し、そして事故で亡くなった。母はリリアージェの養育費を王家に要求し、その額を年々エスカレートさせていった。母はその金で豪遊し、今後を危惧した王家の人間たちはリリアージェを隣国へ嫁がせることにした。


 七歳で婚約、八歳の誕生日直後にサフィル王家の血を引くブリュネル公爵家の嫡男エルクシードと結婚をした。彼は当時十八を迎える年だった。


 実にちぐはぐな夫婦の誕生だった。

 訳も分からず嫁いだリリアージェではあったが、幸いにも婚家には恵まれ、優しい義理の母のもと、のびのびと子供時代を送ることが出来た。


 忙しいエルクシードとは滅多に顔を会わすことはなかったけれど、彼は優しい人であった。

 この想いがいつから恋に変化をしたのか。それはリリアージェにも分からない。


 それでも、ずっと大人になるのが待ち遠しかった。


 エルクシードに釣り合う淑女になって、本当の意味で夫婦になる。そのことを夢に見ていた。

 けれども現実は残酷で。


 エルクシードはリリアージェのことをずっと重荷に感じていたのだ。

 十六歳のときに、彼の本音を聞いてしまって。


 その後は逃げるように、公爵家の領地へと帰り引き籠った。王太子の側近を務めるエルクシードは一年中王都スフェリに住んでおり、顔を会わせるのは年に一度あるかないか。


 気が付けば、あれから二年が経過をしていた。


 リリアージェとエルクシードは相変わらず白い結婚のままだった。

 きっと、彼にとってリリアージェはいつまでも子供と変わらないのだろう。そこにあるのは家族としての、きっと妹としての親しみなのだ。


 だから、リリアージェは考え、決めた。

 今年で結婚から丸十年が経過をした。一区切りついたと思った。

 もうそろそろ、お互いに今後の人生を考える時ではないだろうか。


 リリアージェは久しぶりにスフェリへとやってきた。手紙を送ると、最初は渋っていたエルクシードではあったが、最終的には受け入れてくれ、スケジュールを調整してくれた。


 今目の前には、夫であるエルクシードが座っている。


 薄茶の髪の毛はさらりと細く、艶やかだ。深いはしばみ色の瞳は英知を宿している。通った鼻筋に、形の良い顎のライン。すらりとした体躯は痩せすぎずかといって、大柄でもない。

 年を重ねるごとに落ち着きを増し、大人の静けさをまとっている。


 リリアージェはとくりと鼓動が高鳴るのを感じた。

 自分は、まだ彼に対して恋をしている。


 けれど、良く考えたうえで、リリアージェは彼の妹になることを決断した。

 お互いに、このほうがいいのだ。

 だから、今日彼に伝えることにした。


「エルクシード様、わたくしたちそろそろ離婚をしませんか?」


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