第42話【プリンは火種になりうる】

「何だよ、話って?」


「いーから、とりあえず入って」


 土曜日の朝っぱらからムサシに呼びつけられた俺は、言われたとおり彼女の部屋を訪れていた。


 何なんだ? やけに機嫌悪いみたいだけど、俺何かしたっけか?


「あのさ、たっくん。この動画見てどー思う?」


 ムサシはスマホの画面をこっちに向け、動画を再生した。 




『こんにちわ~、コジコジでーす。さて、今回はフォロワーの方から頂いた、高級ポテチを試食してみたいと思いまーす』




 動画の内容は、そこからコジローが延々とポテチを食べるだけの動画だった。


「で? これが……何?」


「何? じゃないよ! これ見てたっくんはどー思うわけ?」


「どう思うって言われてもなぁ……。ん~、まぁ無限に見ていられるかも」


「くっそォォ! 腹立つわぁぁぁッ!」


「な……何だよ?」


「だってさぁ、単にポテチボリボリ食ってるだけだよ? 何で再生回数が百万越える訳? あたしの『ニャンプラ作ってみた』動画が三十万なのにさぁ! あの動画、相当手間隙かけてんだよ? ニャンプラ改造テクニック披露してみたり、水着着て作ってみたり!」


 水着のは……ダウンロードしたな。


「まあ、分かるけどさ……」


「なのに、ポテチ貪り食ってるだけの動画に負けるなんて、納得出来ないッ!」


「お……落ち着けよ、ムサシ。コジローのはASMR動画だし、あーゆーシンプルなのが、意外と需要あるんだよ」


 激高するムサシを嗜める俺だが、コジローのポテチ動画の咀嚼音を聴きながら、眠りについている事は口が裂けても言えない。


 ムサシがイラついているのは、SNS対決の期限が後二日に迫っているからだろう。現時点の総フォロワー数は、ムサシが五十二万人、対するコジローは五十一万人と、かなり拮抗している。たったの一ヶ月で急激にフォロワー数を伸ばしてきたコジローに、相当な危機感を覚えているのだ。


 そう思って見てみると、ムサシのアップする動画はヲタ向けでマニアックな為、中々フォロワー数が伸びず、苦戦を強いられているのが分かる。まぁ、これは剣技の様に、一対一で立ち合う試合とは違い、人気を獲得しているかで決まる勝負なわけで、どれだけ強くても、こればかりはどうしようもない事なのだ。


 怒りが収まらない様子のムサシは、スマホを握りしめる手をワナワナと震わせ、


「こうなったら攻めるしかない。あたしの兵法に守りと言う言葉は無いッ!」


「いや、攻めるって言っても、どうやって……」


「ふふん」


 腕組みをし、仁王立つその表情は、悪代官さながらだ。


「決闘よ。果たせなかった巌流島の戦いを再現するのよ!」











 夕食後、居間でムサシとオヤツの豆大福を食べていると、コジローが青ざめた表情で駆け寄ってきた。


「拓海様、つかぬことをお聞きしても宜しいでしょうか?」


「う、うん。何?」


「冷蔵庫に冷やしてあった、小さな壺をご存知ありませんか?」


「壺? いや、見てないけど」


「そ……そうですか。失礼致しました」


 顔色が更に悪くなった。何かあったのだろうか? 壺? はて、冷蔵庫にそんなの入ってたかな。


 コジローは続いてムサシに声を掛けた。


「ム……ムサシちゃん。失礼ですが、冷蔵庫に入っていた小さな壺をご存知ないですか?」 


「壺? あー、プリン? 食べちゃった」


「……な、今何て?」


「は? だからぁ、食べちゃったって言ってんじゃん」


「ハハハ……アハハハ。私の聞き間違いでしょうか? 『食べちゃった』と仰いました?」


「しつこいなぁ、だから冷蔵庫に入ってたプリンはあたしが食べたって!」


 ムサシがイラつきながらそう告げると、コジローは一瞬よろめいた。 


「え……? 食べ……た?」


「うん。で?」


「で……? で? でぇえええええぇぇぇ? ムサシちゃん! あの壺プリンは、二年先まで予約が埋まっている超激レアなプリンなのです! 私がフォロワー様達に呼び掛け、何とか譲って頂けないかと交渉した結果、ご好意により一つだけ譲って頂けた希少な品なのです! そのプリンがようやく先程届き、夕食後に頂こうと思ったらこの有り様。いくらムサシちゃんでも許せません!」


 激怒だ。


 プンプンどころではない。大激怒だ。穏便日本人代表の様なコジローがブチギレている。こんな姿は初めて見た。


 彼女の異常なまでのプリン愛は、先日、原宿に行った時に知った。ムサシと共にスイーツ店を数店舗ハシゴしたのだが、全店舗でプリンだけを注文していたのだ。まぁ、後に分かったことだが、プリンに限らず彼女は意外にも偏食家で、気に入ったモノをとことん食べる傾向がある。焼き肉に行った時もハラミオンリー、中華料理屋に行った時も餃子オンリーだった。う~ん、そんなところも尊い。


 しかし、何故ムサシはプリンを勝手に食べたんだ? あれか? フォロワー数が負けている腹いせか? それとも――


 はっ! ま、まさか。


「てゆーかさ、プリン一つでこんなにも大騒ぎしちゃって、コジコジって結構器小っちゃいんだね、あの壺みたいに。マジウケる」


「お言葉ですが、ムサシちゃん。貴女は人として常識がありませんよ。食べてしまったのなら、まずは謝罪の言葉を口にするものでしょう」


「うっざ。はいはいゴメンゴメン。これで満足?」


 ブチッ! っという音が聴こえた訳ではないが、聴こえたような気がした。


 コジローは鬼の形相で声を荒げた。


「そんな……そんな言い方ないでしょう? ちゃんと謝ってください!」


「は? 謝ったじゃん」


「そんな言い方、謝罪とは呼びません!」


 けしかけている。ムサシはコジローを挑発しているんだ。俺に宣言していた決闘――これはそれに向けたムサシの作戦だ。


「じゃあ、どんなのが謝罪なの? コジコジさ、ねっちこいんだね。そんなんだとフォロワー減るよ」


 ……クソだ。コイツマジクソだ。


 これはおそらく兵法の一つなのだろうが、いかんせんやり方が汚すぎる。つか、エグすぎる。


 斬り合いに際して剣士は、驚、懼、擬、惑緩、怒、焦の七つの念を生じさせる事で自分の利とする。史実にも、武蔵が小次郎に対して、いかに七つの念を生じさせるかを工夫したかが記されてはいるが、このけしかけ方は余りにも酷い。


「私は! あのプリンを心の底から楽しみに待っておりました。それなのに……それなのに。大体、自分のモノではないモノを勝手に食べるなど、ムサシちゃんは人として失格です!」


「……言うねぇ。そんなに食べられたくなかったら、名前書いとけっつーの! ベェ~」


 うわ~ムカつくわ~。めっちゃ殴りたいわ~。てゆーか。挑発の仕方が幼稚過ぎる。


「……わかりました。ムサシちゃんがそういう態度を改めないのなら、私にも考えが御座います」 


「はぁ? どんな? ゆってみ」


「……決闘です。ムサシちゃん、私は貴女に剣士として試合を申し込みます」


 うわ……言っちゃった。コジロー言っちゃったよ。


 俺は見てしまった。その言葉を聞いた瞬間、ムサシの口角が歪みながらニヤリと上がるのを──


「あっそ。いーよ。お望み通り立ち合ってあげるよ。たっくん、ゴン爺に言って道場押さえといて」


「お……おぉ」


「お待ちください。私の希望としては、果たせなかった舟島での立ち合いを所望致します」


「は? 何言ってんの。めっちゃ遠いじゃん」


「しかし、我々が立ち合うとなれば、それ相応の場所でなければ、剣士としての自尊心が――」


「あーはいはい。んじゃあ、渋谷のハチ公前でよくね?」


「ハ……ハチ公?」


「待ち合わせと言えばハチ公っしょ。近いし。じゃあ時間は明日の正午ね」




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