第41話【膝枕の誘惑に勝てる人、挙手願います】

コジローから預かった備前長光は、じいちゃんの知り合いの骨董品屋に鑑定してもらった結果、ムサシの小判の数倍の値がついた。


 充分過ぎる資金を手に入れたコジローは、ムサシと同様に、身の回りの物からpc機器に至るまで、現代で生活していく為のアイテムを、これでもかと言わんばかりにゲットしていった。


 撮影したコジローのPR動画は、『刀剣女子の燕返し』というタイトルを付けて、若者に絶大な人気を誇る動画投稿アプリ、エッサホイサに投稿され、十万いいねがついた。この動画をきっかけにバズったコジローは、ミーチューブやポンスタ等で精力的に活動し、SNSの総フォロワー数を着実に伸ばしていく。




 そんなある日の夕食後、居間でお茶を啜っていた俺は、無言でスマホを弄るムサシとコジローを眺めながら、何気なしに呟いた。


「どうせならSNSのフォロワー数で勝負したらいいのに……」


 スマホの画面から目を離した二人は、俺の顔を凝視してきた。


 えっ?


 何? 


 俺、なんか睨まれる事でも言いましたか?


「それな」


「アリ……ですわね」


「はい?」


「たっくんナイスアイデア! いーじゃん、いーじゃん。SNSで勝負ねぇ」


 フフフンと言わんばかりの拳銃ポーズを決めるムサシに、コジローも頷いた。


「私達は元々決闘を約束した間柄。互いにトラブルに見舞われ、今こうしてこの時代に居る訳ですし、その方法ならば、本来の目的を果たすことも可能ですわね」


 ……これは、まさかの展開に発展したぞ。


 宮本武蔵と佐々木小次郎の、タイムスリップによって棚上げになっていた決闘が、何気なく発した俺の一言によって実現しようとしている。


 もしかして、これって凄い事なんじゃない?


「よし、じゃあSNSで決着つけようよ」


「ええ。承知致しましたわ」











 SNSの総フォロワー数対決が決まってから二週間が経過した。


 ルールは単純で、とにかく総フォロワー数が多い方の勝利。期限は一ヶ月だ。


 現時点での総フォロワー数は、ムサシが約五十万人。コジローが約四十五万人と、なかなかいい勝負だ。ムサシのメインコンテンツは、ミーチューブでの動画配信、『二刀流女子が、ニャンプラ作ってみた』や『二刀流女子のゲーム配信』など、ヲタ向けコンテンツに特化してフォロワーを獲得している。


 対するコジローは、そのグラマラスなボディを活かした、ファッショナブルな映え写真がポンスタで爆発的人気となり、ムサシよりも一ヶ月間遅れて始めたにもかかわらず、急激に総フォロワー数を伸ばしている。更にミーチューブでの動画配信、『刀剣女子がメイクしてみた』や『刀剣女子がポテチを食べてみた』などのコンテンツも好評だ。


 そんな二人のSNS対決を、俺もワクワクしながら楽しんでいる。なので、最近は放課後に友達とダベる時間すらも惜しいので、毎日足早に帰宅している。


 その日も、いつものように速攻で帰宅し玄関を開けた。


「ただい――」


「はぁ~ん、気持ち良い~」


「コラ、動いちゃだめですよ、ムサシちゃん」


 何やら桃色がかった会話が、玄関から居間へ向かう廊下に漏れる。


 おいおい、何やってんだ?


「だって、コジコジ上手いんだもぉ~ん。声も出ちゃうよ」


「それは嬉しゅうございますわ。でもじっとしていてくださいね。終わるまで、私に身を委ねてください」


「あ……あふ」


 なーにやってる?


 なーにやっちゃってると思いますぅ?


 最近、妙に仲が良いのは知っていた。知っていたけれど、まさか? まさかなのか? 居間でよからぬ事が行われている可能性は否めない。でも、夕食前だし、台所に母さんだっている状態で、そんないかがわしい行為をするか?


 ムサシはともかく、コジローに限ってそんな事は……。


「んふ……コジコジ、もっと、もっと奥まで」


「ダメですよ、ムサシちゃん。そんなにも奥まで入れてしまったら、傷つけてしまいますわ」


 ちょーい! ちょいちょいー! ダメだろダメだろダメだろ! やってんなコレ。コイツら居間でやっちゃダメな事、絶対やってる!


 うわ……どうしよう。


 どうしたらいいと思います?


 ここを通らないと部屋まで行けないし……ってゆーか、母さんにそんなの見られたら気絶するぞ。


 これは参った。


 マジで参った。


 一回外に出るか? で、終わるのを見計らって、再帰宅を装うか?


「んふぅ……」


 俺の耳に届く、ムサシのコーラルピンクな吐息混じりの声が、玄関へ引き返す足にストップをかけた。


 うん……まずは確認だ。


 そう、この邸宅は柳生家のモノ。つまり、長男である俺には、シェアハウスの住人を管理する義務がある。皆が共有するスペースで、良俗に反する行為を繰り広げるなど言語道断。確認の上、一喝せねば。うん。


 俺は再び居間へと歩を進めた──


 意は決している。しかしながら抜き足差し足だ。堂々と居間へ向かうのは気持ちだけで、身体は真逆の行動を取る。


 そして、数分かけて居間へと到着した。


 襖が僅かに開いているな……よし、これなら中の状況が確認できるぞ。


 息を潜め、襖の隙間から中を覗いた。正座したコジローの膝の上に、ムサシが頭を乗せて横たわっているのが見えた。


「クフ……クフフフ。くすぐったいよぉ~」


「よし、綺麗になりましたわ。じゃあ今度は右耳ですわね」


「あ~い」


 耳かきかいっ!


 その事実を垣間見た俺の心に、八十パーセントの安心と、二十パーセントの残念が到来した。あんな怪しげな会話しといて結局耳かきとは。そうと分かれば、今帰宅したと偽って居間に入ってもいいのだが、今は何となく入りづらい。なので、確認という大義名分による覗き、いや確認を続行する事にした。


「燕返しっ♪」


 コジローは、ムサシの頭を持ち、優しく反転させた。


 何ソレ?


 くっそ可愛いんですけど。


 もはや剣豪の影も形もない二人。ここまできたら終わるまでこのまま見せてもらおう。


「そういえば、私の動画も萌え塩タン様にさえずられましたよ」


「おーマジで? 凄いじゃ~ん」


「ええ、あのお方のおかげでフォロワー数が飛躍的に伸びました。もう少しでムサシちゃんの背中が見えますわ」


「そっか、あたしも頑張らないとね~」


 うーん……居間で清楚な美人が可憐な少女の耳をほじる。この光景は背筋が伸びるな。暫くの間、反芻確定の激萌えシーンだぜ。


「はぁ~ん、気持ちいい~」


「ムサシちゃんの耳たぶ、ぷにぷにしていて、まるで白玉のようですわ」


「食べちゃダメだよ」


 ……あぁ、台所から白飯持ってこようかな? このまま百合展開に発展してもおかしくない程、仲の良い二人を見ていると、微笑ましくもあり、なんかイイ。


「こうしてムサシちゃんの耳を掃除する事が出来るなんて、夢のようですわ。本来であれば、私はムサシちゃんに撲殺され、亡き者になっていたのですから」


「アハハハ、殺る気満々だったし、タイムスリップしてなかったら、史実通りになってたかもね~」


「しかし、この様な間柄になれたのも、全て拓海様のおかげですわ」


「うん、そうだね。たっくんに拾われてなければ、コジコジの膝の上から巨乳を見上げることもなかっただろうし~」


「もぉ、ムサシちゃんのエッチ」


 あぁ……これはたまらない。耳の中に棒を突っ込んでゴソゴソやってるだけなのに、いかがわしい光景に見えてしまう。思えば、この二人がアップした動画に激萌えしまくってるなぁ、俺……。


 先日、エッサホイサにアップされた『踊ってみた』動画では、ムサシがパラパラを、コジローがバブリーディスコ風ダンスを踊っていた。これが単なる女子ならば大した事ではないのだが、何せ踊っているのが大剣豪のお二方だ。もうギャップが激しすぎて、思考やら何やら全てが、溶かされている様な錯覚に陥った。


「ふぁ~……気持ち良かったぁ。コジコジありがとぉ」


「いいえ、痛くなかったですか?」


「うん、大丈夫だよ♪」


 ……終わってしまった。


 もっと、見ていたかったな。


 いいや、どんな物語にも終わりは必ず訪れる。それは仕方のない事だ。よし、じゃあ今まさに帰ってきましたモードに切り替えて居間に入るとするか。


 その決心をした瞬間、襖がすっと開いた。


「たっくんも覗いてないで、コジコジに耳かきしてもらえばぁ?」


「お、おわあああぁぁぁ!」


 目の前で仁王立ちするムサシ。俺を見下すその目と表情が、全てを物語っていた。


「バ……バレてたんですね」


「そりゃそうだよ。あたしを誰だと思ってんの? 玄関に入る前からたっくんの足音が聞こえたし、なんで入ってこないのかな~って、不思議に思ってたら、襖の隙間から覗いてやんの。プププ……キモ」


「キ……違う! 俺はそういう意味で覗いてたわけじゃ」


「じゃあ、どういう意味? てゆーかさ、覗きに意味なんて求めること自体間違いかぁ。プププ……キモ」


 ……最悪だ。めちゃくちゃ恥ずかしい。穴があったら飛び降りたい。


「まぁまぁムサシちゃん、拓海様をそんなにイジメちゃ駄目ですよ。多感な時期なのですから」


 コジローは慰めの言葉をかけてくれるが、それ自体が恥ずかしい。


 だって、絶対気付いてたよね? ムサシが気付いてるなら、君も気付いてるよね?


 羞恥心を針でチクチクとつつかれている様な状態の俺に対して、コジローはニコリと微笑み、「拓海様、此方へどうぞ」と手招きした。


「……え?」


「『……え?』じゃなくて、コジコジが耳かきしてあげるってさ。早く行けっつーの!」


「おわっ!」


 ムサシに背中を蹴られ、居間へ転がり込んだ。


「じゃあ、あたしはちっとばかし、のっぴきならない作業があるから、たっくんは存分に楽しみなよ。んじゃあねぇ~」


「た、楽しむってそんな」


「拓海様、どうぞ此方へ」


 コジローは膝の上に頭を乗せろと誘う。


「……あ、えぇっと…………」


 マジか?


 マジでかぁぁぁぁぁ!


 と叫びたいぐらい嬉しい。先程まで視覚と聴覚の刺激トリガーで得ていた心地よさに、触覚が加わるのだ。こんなASMR的シチュエーション嬉しくないはずがない。


 しかしだ――


 俺は今まで母さんの耳かきしか経験したことがない(言うまでもなかったが)。そんな俺が、いきなりそれ以外の女性の太ももに寝転がるなんて、ホントに出来るのか?


「……拓海様?」


 嗚呼……そんなに瞳を潤ませないで。まだ心の準備が出来ていないのだから。


 どうしよう? お願いします、と自然に寝転がるか? いや、そんな紳士スキルなど持ち合わせていない。コジコジ~、とムサシみたいに甘えモードで寝転ろがってみるか?


 いやいや、そんなキャラじゃねーし、コジローもドン引くわ。


 ならどうする?


 ……情けないぞ、俺。何をモジモジしているんだ? こんな浴衣美人に耳かきをしてもらえるチャンスなんて、今後の人生に何度ある? いいや、もう無いかもしれないんだぞ。




『男だ、男になるんじゃ、拓海!』




 うん……じいちゃんなら、きっとそうやって俺を鼓舞するはずだ。


 行け、俺。


 行ったらんかい、俺。


 あの太ももに頭を乗せたらんかいっ!


 そう決意しかけたその時だった。


「もしや、あまり耳かきはお好きではないですか? それとも……」


 コジローは少しうつむき気味になり、俺から目線を離した。


「い、いや……その」


 違ぁう! 違う違う違う違ぁぁぁぁうっ! 俺は単に恥ずかしいだけだよ! 君みたいな美人に耳かきされたくない奴なんて居ないよ! 万が一そんな輩が存在したのなら、それはほぼ人外! ほぼヤギだよ!


 心の中で意味不明的阿鼻叫喚を訴えるが、当然ながら伝わるわけがない。


「……では」


 彼女は耳かきを床へ置いた。


 うわあああああぁぁぁ! ちょっと待ってぇぇぇぇっ!! 嫌じゃない! 嫌じゃないんだよぉ! 今、今寝転がるからぁぁぁぁぁぁ!


「拓海様、お手を」


「へ?」


 彼女は手を差し伸べてきた。俺はその手へ右手を自然に伸ばした──すると、彼女は両手で優しく俺の右手を包み、「まずは緊張をほぐしましょう。ね?」と手のひらをマッサージし始めた。


 あ、んん…………何コレ? 超気持ち……良いんですけど。あれか? これは俗世間でいうところのハンドリフレってやつですか?


 体の力がどんどん抜けてゆく。彼女の手技によって、ほろほろと、心と身体の緊張がほぐれてゆく。手の甲の骨に沿って、滑らか……いや、艶やかな指が、滑るように通っていく。そして、人差し指から順番に指をくるくると回すように揉んでくれる。


「気持ち良いですか?」


「は、はいぃぃぃぃ」


 これはたまらない。


 手を握られている事によって、二人の信頼関係が深まっていく様な、そんな、そんな不思議な気持ちというか、錯覚というか。


 はっ!


 も、もしかして俺が緊張している事を察してくれたのか? な、何て気遣い……これが和の真髄、おもてなしなの……か?


 思いがけないハンドリフレにすっかり骨抜きにされた俺は、目を閉じて完全に脱力しきっていた。


「……えっ?」


 気付くと、コジロー太ももの上に寝転がっていた。


 何が起きたのかわからない。いや、しかし――以前、これと同じ様な体験をした事がある。


 あれは合気道の体験入門をした時の事だ。達人と組んだ瞬間、あっという間に床へ転がされた事があったのだ──


 その時の感覚に似ている。


「では、耳かきの方を始めますね」


 コジローは俺の左耳を指で軽く開き、「拓海様のお耳は、とてもやり甲斐がありそうですわ」と呟いた。


 うっ。それって、めっちゃ汚いって事だよな。お恥ずかしい限りだ。


 彼女は耳たぶを優しくつまむと、ゆっくりと耳かき棒を耳の穴へ挿入した。ボソソ、ゴソソ、と日常生活では聴く事の無い快音が、頭内で鳴り響く。


 あぁ……なんて心地の良い感覚なんだ。


 母さんや自分で耳かきをしている時は、決してこんな風に感じないのだが、浴衣美人の太ももの上だと、世界観が変わる。


「あら、大物が取れましたわ」


 取れた耳垢を見せてくれた。う~ん、単なる耳垢なのだが、美人が取ってくれると、何となくキラキラ輝いて見える。これは何かしらの効果が発動しているのだろうか? そんな気がする。


 ボソソ、ボソソ、ゴソソ、ゴソソゴソソ、と心地良い音が響く。


 ……ヤバイ。あまりの心地良さで、このまま眠りに落ちそうだ。女体化した佐々木小次郎が施す耳かきという、唯一無二の体験によって、身も心も全て溶かされてしまいそうだ。


 身を委ねる事、数分──


「はい、こちらの耳はもう綺麗になりましたわ」


 え?


 ええ?


 マジすか?


 早くないすか?


 なんて事だ。まだまだこの心地良さを味わっていたいというのに──


 時が過ぎるという抗えぬ事実に、小さく憤慨した。きっと人生ってのは、神様の瞬き程度の時間しかないんだろうな。あぁ……何て儚いんだ。 


「はい、じゃあ次は右耳ですね」


 耳かきを口に咥え、両手で俺の頬っぺたを優しく包み込んだ。


 あぁ……気持ちいいな。


 ヒンヤリとした手のひらが、火照った頬っぺたの熱を冷ます。やわらかいし、何かいい匂いがする。これは……花の匂いか?


「燕返しっ♪」


 はぐっ!


 キ、キタァァァァァァ! 


 燕返しぃぃぃぃぃぃぃ!!


 単に顔の向きを変えただけなのに、中枢神経をガッツリ刺激する絶品シチュエーションが炸裂。あぁ……もぉ、どーにでもしてください。


「では、始めます」


 よかった。


 自分で耳かきするの忘れて、一ヶ月以上放置しておいて本当によかった。


 ゴソッ、ゴソッ。


 くぅ~……気持ちいい。気持ちいい気持ちいい気持ちいいぃ!


 内耳の壁面にこびりついている耳垢達がゆっくりと、ゆっくりと掻き出されていくのが分かる。傷つけぬよう、優しく、優しく、こそぎ取っている。この耳かき一つ取っても、彼女の性格の穏やかさと心の暖かさが伝わってくるなぁ。 


 はぁ……こんな耳かき毎日してもらいたい。ヤられた……完全にヤられちまったぜ。もう剣豪とか、タイムスリップしてきたとか、そんな小さな事どーでもいいわ。


 俺は、俺はコジローと――


「後少しで終わりますから、もう暫く辛抱なさってくださいね」


 嘘……もう終わるの?


 終わっちゃうの?


 無情だ。あまりにも無情過ぎるぜ右耳さんよ。アンタさ、何で左耳よりも搭載してる耳垢の量が少ないんだよ? これでもかってぐらい一杯耳垢を搭載した左耳を見習えよ!


 右耳に殺意を抱いたのは人生初の出来事だった。  


 いいや、待て俺よ。ポジティブに考えろ。まだ少し耳垢が残っているのだから、とにかく楽しめ。嘆いている暇はないぞ。全神経を集中させろ!  


 ボソッ、ボソッ、ボソソソ、ゴソソソ……カサッ。


 ん?


 何だ? なんか耳の奥がむず痒くなったぞ。


「拓海様、申し訳ありません。大物を奥の方へ落としてしまいました。もう少しだけお時間を頂いても宜しいですか?」


「あ……は、はいぃ」


 ナイスミス!


 ナイスミスです、ミス・ナイス!


 どうやら右耳というダンジョンに潜むラスボスを逃がした様だ。そして、そのラスボスを追従すると申告した。という事はアディショナルタイム突入! 


 耳かき棒が奥へ、更に奥へと侵入してくる。まさか、右耳が左耳よりも難易度の高いダンジョンになっているとは、思ってもみなかった。


 でかしたぞ右耳! 誉めてつかわすっ!


 ボソソソソ、と耳かき棒がまだ入ってくる。これは……想像以上に深い場所へ落ちたな。デヘヘヘ。


 まろやか、まろやかだ。とろける様な太ももの感触と相まって、絶妙なコクまろだ。さぁラスボスよ、簡単に見つかるんじゃないぞ。お前の使命は全力で隠れる事だ。ハイドアンドシーク!


 ボソソ、ボソッボソッ。


 音が変化した。ちっ……もう見つかりやがったのか。使えねー奴め。


 ラスボスを発見したと思われるコジローは、掻き出し作業に入った。


 終わる。


 ついに終わっちまうのか。


 ゴソッゴソソソ、ボソッボソッボソッ、ゴリリ!


「いでッ!」


 思わず声が出てしまった。どうやら壁面を強くこそぎ過ぎた様だ。 


 ゴリッ! ゴリリ! ガリ! 


「いでッ! いでででッ! ちょい、コジロー」


「黙っていて頂けますか、拓海様。集中力が途切れてしまうので」


「い、いや取れないなら無理に取らなくても――」


「黙って」


 ゴリュッ! ゴリュッ!


「ぐわぁぁぁぁぁ!」


 頭内に響き渡る痛々しい音。そして、右耳の奥に激痛が走る。


「コ、コジロー、もうやめ――」


 ガリッ! ガリガリガリガリガリガリ!


「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 コジローは耳奥を激しく削り続ける。


 ねぇ、コレ絶対血出てるよね? 


耳の中、血まみれだよね? ブラッド・イヤーだよね?


何で止めないの、この子?


 右耳に潜むラスボスは、とてつもなく強敵だった。そして、その戦いは長期戦となり、コジローはラスボスと、俺は激痛と戦った。


 その日の夜、ティッシュを耳の中へ突っ込み、なかなか眠れなかった事は言うまでもない。






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