第33話【来ちゃった】
嘘だろ? マジで? いや、さすがにそれはないって。
そう言い聞かせるも、目の前の事実は揺るがない。白い足が二本、コンビニのゴミ箱から突き出ている。
えっと……よしよし、落ち着けよ、落ち着けよ、俺。冷静さを失うな。
「これはもしかして、デシビュ……痛っ!」
舌を噛んだ。どうやらすごく動揺しているみたいだ。デジャブ? デジャヴ? どっちかよく分からないが、とにかくこれはあれだ、俺の憶測通りならアレ以外はない。
いや待て――そんな都合よく来るか?
頭を冷やせ、俺。パラレルな展開とは限らないじゃないか。もしかしたら、今度こそ猟奇殺人の犠牲者になった被害者のご遺体かもしれない。
しかしだ、カオス理論に基づいて考えると、
『あり得ないという事は、あり得ない』
よし、まずは生存確認、第一フェーズだ。
とりあえず声を掛けてみる。
「すいませ~ん」
当然反応なし。じゃあ早々に第二フェーズへ。人差し指を近づけ、軽くつついてみた。
おお……なんてもち肌。もっちもちじゃないか。
ムサシよりも柔らかく白い肌。おっと、そんな感想よりも指先に温もりを感じたので、 死んではいないはず。うん。
しかし、反応がないので、第三フェーズへ移行。一度経験しているから、段取りもスムーズだ。デコピンの要領でピシッと軽く太ももを弾いた。すると二本の白い足は、ビクンと反応を示した。よし、生存確認完了。
ふぅ、軽く汗ばんだぜ。さてさて、う~ん……これはどうすべきだ? ムサシよりも長い足。流石に引き抜くのはちょっと無理っぽい。
しかし、長い足だな。俺よりも背が高そうだ。両腕で抱え込むように白い足を持った。
すべすべだ。なんて瑞々しい肌なんだ。
そんな煩悩と共に、ゆっくりとゴミ箱の中から白い足を引きずり出すと、目の前に白い純白のふんどしが姿を現した。
むぅ……ムサシの時は赤だったよな。
ここまできたら、否が応にも期待してしまう。何とかゴミ箱から引っぱり出した。
「おお……」
出現したのは、スラリとした四肢、黒髪が美しいロングヘア。そして、人形の様に美しい顔立ち──コイツはもう鉄板でしょ?
「う……ううん…………」
黒髪美人が気がついた。
「だ、大丈夫?」
そう声をかけると、彼女は上体を起こした。
「こ……ここは?」
う~ん……ここはって言われても、どう説明すればよいものか?
悩んでいると、キュルルル~という可愛らしい音が聞こえた。
「お腹空いてるの?」
「…………」
彼女は無言で恥ずかしそうに頷いた。
「ちょっと、待って」
ビニール袋の中から、サンドイッチを取り出した。
「これ、食べる?」
彼女は手に持ったサンドイッチを凝視する。
おっと、そうだった。ムサシ同様、開け方が分かんないか。
包装材からサンドイッチを取り出してあげた。
「これ、サンドイッチという食べ物だよ」
サンドイッチは慶長には当然無いからな。もしかしたら食べないかも……。
そんな懸念をしていたら、彼女の口元から一筋のよだれが垂れた。どうやらサンドイッチを食べ物として認識しているようだ。
「じゃあ、はい」
サンドイッチを手渡したが、暫し見つめる。まだ警戒しているのだろうか? しかし、それも空腹には耐えきれず、サンドイッチをはむっと頬張った。
「────っ!」
その瞬間、目が輝いた。後は無我夢中でサンドイッチを食べ進めた。
「……ん!」
動きが止まった。胸をドンドンと叩いている。はいはい、喉に詰まったんだね。コーラはムサシのお土産だから緑茶を開けるか。
キャップを外して緑茶を手渡すと、ゴクゴクと一気に緑茶を飲み干し、至福の表情を浮かべた。うん、分かるよ。俺も緑茶に命を救われた身だからね。
サンドイッチを食べ終えると、彼女は正座し、俺に向かってお辞儀をした。
「とても、おいしゅうございました。貴殿は命の恩人にござります」
丁寧で上品な語り口調だ。おしとやかというか、気品があるというか。とにかく、ムサシとはまるっきり正反対の印象だ。
「あの、そんなにかしこまらなくてもいいですよ」
そう告げると、彼女は顔を上げた。
うおっ! なんだこれ。
人は驚きを超えると安心するのだろうか?
彼女の顔を見た瞬間、言葉に出来ない多幸感に包まれた。美しい黒髪に美しいまつ毛。美しい白い肌に美しい鼻筋──そう、全てのパーツがまるでガラス細工の様に輝きを放っている。これはもう、絶世の美女と表現する以外の表現がみつからない。
彼女はしばらく俺の目を見つめていたが、すぐにはっとして姿勢を正した。
「申し遅れました。私は小次郎、佐々木小次郎と申します」
うおおお! 来ちゃった!
小次郎、来ちゃったよ!
正直、もしかしたら来るのかも? と心のどこかで少しだけ期待はしていたが、やっぱり来ちゃった。
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