第31話【クリエイタームサシ】

翌日の朝、母さんは俺の顔を見るなり、目を丸くした。


「おはよう拓海くん。あら? その顔どうしたの?」


「……いや、ちょっと階段で転んじゃって」


「あらあら大丈夫? そう言えば、さっき道場に朝食を持って行った時、お父さんも同じような怪我をしてたけど……」


 夕べは危なかった。


 危うく二人共、ムサシに撲殺されるところだった。


 俺の分析通り、彼女は一度眠ったら何があっても起きない。これは実証できた。しかし、寝ぼけ方が半端ないのだ。どうやら、夢の中では常に誰かと立ち合っているようで、あれから寝ぼけた彼女にボコボコにされた。過去に俺たちとは違う目的で寝込みを襲った剣士も居ただろうが、きっと寝ぼけた武蔵に返り討ちに遭ったに違いない。


「おはよ~ん。あれ? たっくん、その顔どうしたの?」


「いや、ちょっとね……」


 あっけらかんと食堂に現れたムサシ。やはり夕べの事は一切覚えていなさそうだ。


「ママ~。ご飯ギガ盛にして~。昨日、頭使ったからお腹減りまくりなの」


「はいはい、いっぱい食べてね」


「わ~い♪ いただきまぁーす」


 どんぶりにてんこ盛りになったご飯をバクバクとうまそうに掻き込む彼女を見て、俺は胸を撫で下ろした。


 そう──あのラッキースケベを、彼女は覚えてはいない。


 その代償としてボコられはしたが、俺はそのおかげで一段、大人の階段を上ったのだ。まあ、怪我の功名という事で良しとしよう。




♂♀




 そつなく授業をこなした帰りの電車内。ムサシがミーチューブにアップした動画をチェックしてみた。


 とても天正生まれ、いや、初心者とは思えない編集だ。テロップも上手に使っているし、映像効果も工夫されている。肝心の内容についてもめちゃくちゃ面白い。自分がカメラマンとして撮影していたのに、思わず見入ってしまうくらいだ。


 特に良かったのは、山田さんをゴボウで仕留める部分と、じいちゃんが一撃でやられるシーンだ。特殊効果が使われていて、暴力的なシーンをまろやかにしつつ、刺激もしっかり残してある。


 ムサシってすげーな……。


 動画を見終わって、久し振りに満足感に満たされた。現代にタイムスリップしてきた大剣豪宮本武蔵は、令和のこの時代でクリエイターとして開花したのだ。


 最寄りの駅に到着したところで、小腹が減っていることに気付いた。久しぶりにコンビニへ寄ることにしよう。


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