第26話【本物の宮本武蔵だけど……】
道場破りという名の動画撮影が終わったその日の夕方──
「凄かった。本当に、本当に凄かったな。一番弟子の山田さんはおろか、じいちゃんまで瞬殺するなんて……」
少し身体を休める為に、ベッドの上で横になりながら、さっきの試合を思い返していたのだが、すぐにムサシが今どうしているかが気になって仕方なくなっていた。試合が終わってから、かれこれ二時間近く部屋に引きこもっているのだ。
う~ん……少し顔を出してみようか。
そう思いつつ、廊下に出てムサシの部屋の前へ行き、ドアをノックしてみた。
「開いてるよ~」
ムサシの声に、俺はドアを開けた。
「や、お疲れさん」
「お疲れ~、どうしたの?」
「いや、特に用事はないんだけどさ。何をしてるのかなと思って」
「ん? さっきの道場破り動画の編集をしてるんだよ」
部屋の片隅に設置された机の上にはpcが鎮座しており、ムサシは動画の編集作業を行っていた。
……マジか。もうpcの操作まで覚えたなんて。現代こっちに来て、まだ一ヶ月だよな?
ムサシの器用さと、教養を身につけるスピードの速さに改めて驚いた。
「本当、ムサシってなんでも出来ちゃうんだな」
「手間はかかるけどね。登録者数を増やすためだよ。それにそのまま投稿しても面白くないからね」
画面を見ると、山田さんとの試合のテロップを作っているところだった。
【※この後、ゴボウは美味しくいただきました】
「なるほど、コンプラ対策ね」
「そーそー、ちょっとした事でBANされちゃうから、どんな小さなことでも気をつけないとね~」
もはや天正生まれとは思えぬ知識。正直、ここまで現代に馴染むとは思っていなかった。
「ん~…………くぱぁ!」
椅子の背もたれに身をまかせ、のけ反りながら背伸びするムサシ。その流麗なボディラインに思わず見とれてしまった。大き過ぎず、小さ過ぎない、絶妙な二つの胸の膨らみ──女性を象徴するこのパーツが、剣豪宮本武蔵に搭載されているなんて、究極のタイムパラドックスだぜ。
「ところでさ、たっくんあたしの事、本物の宮本武蔵だって信じてくれた?」
仰け反りながら、そう問いかけるムサシに、思わず一瞬胸が高鳴った。
「そ、そりゃあ、あれだけの実力を見せつけられたら、信じないなんて言えないでしょ。君のこと、全部信じるよ」
「そっか、それは良かった。あれ? たっくんなんか顔赤くない?」
「……え? そ、そうか?」
俺は一旦彼女と距離を取り、ベッドに座った。
いやいや、赤面もしますよ。そんな愛くるしい上目遣いで見つめられたらさ。確かに俺は彼女を宮本武蔵だと信じた。でも、その容姿は史実で知っている、宮本武蔵とはかけ離れて過ぎているんだから。
ヤバイ。なんか違う意味で緊張してきた。
心中を察知される前に、話題を変えることにした。
「あのさ、本当にミーチューバーやるの?」
「うん、そだよ。小判を換金したお金はいずれ底がつくからね。収入源を確保しないと、ママやたっくんに迷惑かけちゃうし」
「収入源……か」
居候として家にやっかいになるのではなく、あくまでもシェアハウスとして捉えているのか。意外としっかりした所があるんだな。
「身分的に就職やら、バイトは厳しいし、この時代に用心棒でお金は稼げないからね。だから、バズれば広告収入が得られるミーチューバーが一番手っ取り早いでしょ」
う~ん。なんか淡々と話すけど、とてつもないことをやろうとしているぞ。なにせ天正生まれのミーチューバーなんて、どこを探しても存在するわけがないのだから。でも、これはとんでもなく面白いことなんじゃないか?
動画共有プラットフォーム、ミーチューブ。今やこれに動画を上げて食っているミーチューバーが星の数程存在する。小学生がなりたい職業のトップにも名を連ねる立派な職業として認知されているのだ。しかし、増えすぎたミーチューバーと共に、くだらないコンテンツや、やたら過激なだけのコンテンツが増えているのも事実。ちょっとやそっとの動画じゃ、誰も見向きもしなくなっているのが現状だ。
でもムサシなら……ミーチューブに革命を起こせるかもしれない。
「そっか、なら俺も協力するよ」
そう告げると、ムサシは椅子をくるりと回転させ、「マジ!? わ~い! たっくんだぁ~い好きぃ♪」と抱きついてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます