第3話 【木刀】

 は?


 え?


 は?


 おいおい。何言ってんだこの娘。武蔵ってあの武蔵の事か? 


 宮本武蔵──日本人、いや、世界で一番有名な剣豪と言っても過言ではない。そんな高名を騙るこの娘はもしかして……。


 はは~ん、乙女ロードから流れついてきた、腐女子の武蔵コスって訳か。


「あのさ、君もしかして剣豪オタク?」


「オタ……ク?」


 一応、俺は柳生新陰流創設者、柳生石州斉の子孫であり、しかも自他ともに認める剣豪オタクだ。そんな俺を前にして、宮本武蔵の名を出すとはいい度胸してるじゃないか。


「ハイハイ。じゃあ武蔵ちゃん。質問を続けるよ。本名は?」


「宮本武蔵でござる」


 いやいやいや。え? 何この娘? 本名言いたくないの? もしかして家出少女ですか? 何か面倒くさい事になりそうだから、警察に連れてった方が懸命かも。


 でも、その前に……武蔵と言い張る少女にもう少し付き合ってやろう。


「じゃあ武蔵ちゃん。君は一体何をしてたの?」


「拙者は巌流、佐々木小次郎と決闘を行う為、小舟で舟島に向かう途中、高波に飲まれ……気付いた時には此処に」 


 ほう……巌流島って言わない所が中々解ってるじゃないか。武蔵と小次郎が対決したと伝えられる、山口県関門海峡付近の小島は、一般的には巌流島で通っている。しかし、本当の名称は舟島、巌流島という名は後付けなのだ。


 この娘……中々のマニアだな。


「じゃあ、その小舟に乗ってる最中、オールを削って、木刀を作ってた訳だ」


 これも有名な逸話で、武蔵は小次郎の物干し竿と呼ばれる長剣に対抗する為、舟のオールを削って木刀を作ったのだ。


 その話をふった瞬間、少女は目をひんむいた。


「な! 何故その事を! あの舟には船頭しかいなかったはず。もしや貴殿は、忍の者か?」


 いやいや、なわけないでしょ。俺、柳生って名乗ったよね? てゆーか、この驚き方はちょっと尋常ではないな。なんか急にあたふたしだしたし。


「で? その木刀はどこにあるんだい?」


 少々意地悪な質問をしてみた。


 ゴミ箱から引っ張り出した時、この娘は丸腰だった。本物の武蔵かマニアなら、その木刀を持ってるはずだ。


 少女はキョロキョロと周囲を見渡すと、自分が突き刺さっていたゴミ箱に視点を合わせた。そして、ゴミ箱に駆け寄ると、右手を突っ込んだ。 


 なんだなんだ? ゴミ箱を漁り出したぞ? 一体その中に何が……。


「んしょ、んしょ」


 一生懸命手探りでゴミ箱を漁る。う~ん、これも可愛い。


 その異常行動を暫く見ていると、手ごたえがあったらしく、何かをゴミ箱の中から手繰り寄せた。


「──!」


 引っ張り出したのは木刀だった。それも相当巨大で、しかも長い。 


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