ヤクシマル・ドラッグ
柳なぎさ
第一章
マンションをでて左へ歩き、信号を渡ったすぐ隣にドラッグストアができた。
全国展開の大型チェーン店だ。
大通りの裏手でひっそりと完成したその店は、隣のビルの景観に配慮してか、一階建で真四角になっている。私はその質素な佇まいから、サバイバルゲームの初心者ユーザーが作りがちな平べったく真四角の家、「豆腐ハウス」にちなんで「トーフ・ドラッグ」と密かに呼ぶことにした。
トーフ・ドラッグは、大通りに面しているコンビニエンスストアの真裏に位置している。
その配置ではとてもじゃないけど繁盛しないであろうことは、商売もなにも分からない高校三年生の小娘の目にも明らかだった。
しかし逆に、一見デメリットに見えるそれが私にしてみれば非常に好都合だったのだ。
小中高と、カトリック特有の重苦しく生真面目な空気を吸い続け、百年以上続く伝統の精神と目上の人への礼儀を叩き込まれた私たち。
少女たちは毎朝、お世辞にもかわいいとは言えない、地味なのに無駄に目立つ制服に身を包み、電車に揺られて緑溢れるモノクロの学園に収納される。
そして、少しでもスカートの丈が短かったり、あるいは髪留めの色が規範から外れていたりする者は、ひょいと取り上げられ「生徒指導」という名の研磨作業で形を整えられて、再び収納箱に入れられる。
いわばこの学園で行われていることは、学校から社会宛の「出荷」予定物の製作、検査、パッキングだと言えるだろう。
百二〇人が入ったその箱には約半年後、
「聖アンナ女学園百十二回生」
というラベルが貼られ、予定通り社会へ出荷されるのだ。
閉鎖的な空間の中で十二年もの間、髪の色、マフラーの色、下着の色まで決められて、自分を押し殺し精神を摩耗し続けた私たちは、ついに個性と言うものを失ってしまった。
ジェンダーフリーを詠いつつ、頑固な汚れのようにこびりつく無意識のバイアス。
根拠のない言い訳で跳ね返される生徒たちの訴え。形だけの生徒会。
全てにおいての選択権は私たちにはない。
学園にあるのだ。
教師たちは時たま私たちに向かい、
「今のあなたたちみたいな人、社会じゃ通用しない」
と言う。
では、学園の言う通りにしてさえいれば社会に出るための準備は整うのか。
あなたたちの言う「社会」とは何なのか。
ろくに学校という小さな社会から出たことのない教師の言う「社会」ほど参考にならないものはなかった。
私の考える「社会」とは、普段生活しているだけでは交わらない人との関わりだ。
十一年間に渡って熟成された、よく言えば「固い絆」、悪く言えば「生ぬるい人間関係」とは真逆の場所にある何か。
学校指定のダサいリュックサック、鞄、ブラウス、ベスト、ブレザー、スカート、セーター、カーディガン、靴下……おまけに学校指定のダサい学園生活を送るなんてもう懲り懲りだ。
もうそんなに嫌なら学校辞めれば?
なんて言う人もいるだろうが、これは私のこの腐った学園に対する密かな反発なのだ。
この学園にいるからこそ意味がある。
絶対バレちゃいけない。
あいつの二の舞になったら元も子もない。
だけどもっと外の世界を知りたい。
学園の手助けなしで。自分の力だけで。
そのためにはどうしてもアルバイトが必要だ。
トーフ・ドラッグの店頭に張り出されたバイト募集の紙の前で、私は自分で自分に言い聞かせた。
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