61. 破壊活動……?

『試してみますか? 今ならリーラさんがログインしているので、対戦モードも確認できますよ』


 姿が見当たらないと思ったら、リーラさんはすでにログイン済みらしい。


「一応、確認ですけど、ログアウトできなくなるようなことは……?」

『ありませんよ。リーラさんにはすでに何度も試してもらっています。もちろん、仮想世界で死亡したとしても、脳を焼かれたりはしないので安心してください』

「そうですよね。ははは……」


 某ライトノベルの装置に似ているとはいえ、おかしな機能はついていないようだ。というか、パソさんもよくご存知で……。と言うことは偶然の一致では無くて、パク……インスパイアされて作ったってところかな。


 まあ、安全が確認できているのなら、是非とも試してはみたい。五感が再現されたフルダイブ型の仮想空間なんて、どこの企業も実現できてはいないはずだ。いったい、どんな世界なのか。やはり、興味はある。


『隣に仮眠スペースがあるので、これを装着した上で横になってください』


 パソさんの指示に従い、隣の部屋に向かう。暗い室内には、簡易ベッドがいくつか置かれていた。適当なひとつを選び、ヘッドギアのような装置を装着した上で横になる。装置のスイッチを入れると、ふっと意識が飛ぶ感覚に襲われ……次の瞬間には見知らぬ空間に立っていた。


「ここは?」

「待機所ですよ。一応、簡単に操作を説明します」


 思わず呟くと、いつの間にか側に立っていたパソさんが返事をした。さっきまでのマネキンではなく、ディスプレイ越しに見ていた穏やかな男性の姿だ。その姿はとてもリアルで、ここが仮想空間だと知っていなければ、間違いなく普通の人間だと思っていたことだろう。


「いや、ここまでとは……すごいですね……」


 こちらでは初めましてということで握手をしてみたが、その感触は現実と変わらないものだった。本当に、ここが仮想空間なのかちょっと自信が持てなくなるくらいに。


「基本的に五感は現実に即して再現されています。一定以上の痛覚に関しては軽減処理が入っていますけどね。それでも、ダメージを受ければそれなりに痛いので注意してください」


 パソさんの言葉を聞いて、試しに自分をつねってみると……普通に痛い。


「その程度だと、軽減処理はほとんど効いてませんよ。大きな痛みになるほど軽減率が上がります。上限も決まっているので、ショック死するようなことはありません。ご安心を」

「そうですよね……」


 その辺りのことは、きちんと考えられているらしい。まあ、パソさんがシステム設計をしているのなら、心配はいらないか。


 そのあと、操作方法やログアウトなどについて説明を受けた。といっても、難しいことはない。操作に関しては日常生活と同じだ。逆に言えば、ゲーム的なメニュー画面なんかは一切ないそうだ。ログアウトに関しても、パソさんに呼びかけてログアウトする方式らしい。


 基本的にゲーム内で呼びかければ、常時パソさんが対応できるそうだ。わからないことも都度聞けばいいので、ひとまず待機所を抜けて、本命の仮想空間へと移動することにした。


 一瞬にして切り替わる風景。俺の目に飛び込んできたのはもはや現実としか思えないような廃墟だった。


「なんでまた廃墟……?」


 仮想空間の舞台設定なのでパソさんの匙加減のはずだが……どうしてわざわざ廃墟を選んだのだろうか。しかも、荒廃した世界というよりは、つい最近大規模な破壊に巻き込まれたかのような光景だ。


 不思議に思ったが、その理由はすぐに判明した。ここは廃墟ステージではない。近代の街並みが、今まさに破壊されているのだ。


「どわぁぁ!」


 どこからともなく飛来してきた赤い球体が10mほど先の建物に着弾した瞬間、大きな爆発音が響いた。同時に発生した熱と衝撃波が俺を襲う。とても立っていられるような状況ではなかった。ごろごろと転がりながら、どうにか両手で頭を庇うことしかできない。


 飛んできた瓦礫が何度も体を打ったが、痛覚軽減のおかげか、体は不自由なく動く。すぐに遮蔽物の裏に飛び込んで身を隠した。


「ちょっと、パソさん! どうなってるんですか!」

『すみません。リーラさんがバランス調整のために試射をしているんです。ちょっと止めるのが遅くなりました』


 苦情を告げると、どこからともなく聞こえてきたパソさんの声がそう弁明した。


 どうやら、さっきの攻撃はリーラさんの魔法のようだ。このステージを廃墟にしたのも彼女なのだろう。


 いったい、何をしているんだ、リーラさんは。バランス調整とはどういうことなのか。


「ああ、すまない。巻き込んでしまったらしいな。柿崎さん――いや、今は百鬼司令と言った方がいいか」


 首を傾げて考えていると、空から誰かが降ってきた。声の主はリーラさん。だが、その姿は小柄な少女だ。そう、VTuberの真近ルリカがそこにいた。


 彼女の言葉を聞いて、自分の手を確認してみる。黒い爪に赤い肌。そこにあったのは見慣れた手ではなかった。鬼の青年将校である百鬼ナイトウォークの手だ。


「おおっ、すごい! リアルですね! 真近ルリカも本当に実在するみたいだ」

「ええい、やめろ! 撫でるな!」


 ちょうどよい位置に頭があったので、思わず撫でると、怒られてしまった。当たり前か。

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