60. なんか聞いたことがある装置
猫川さんとの三連続コラボの反響はなかなかのものだった。俺を含めて、チャンネル登録者数はかなり増えた。特にシャオさんの登録者数の増加は顕著で、40万人突破を目前に控えている。猫川さんの自作小説を無慈悲にも読み上げたことが、一部の視聴者に受けたようだ。
猫川さんの尊い犠牲があってこその成果というわけである。
まあ、一番登録者数が増えたのは、猫川さん自身のチャンネルなのだが。元々50万人超だった登録者は、70万人に迫る勢いだ。きっかけは暴露された夢小説にある。あえて言及しないが、あの件によって猫川さんにはとある疑惑が生まれた。いや、そういう疑惑は元からあったらしいが……例の配信で疑惑が深まったようだ。
猫川さんからのネタ振りだったとはいえ、この件に関しては申し訳なく感じる。疑惑とはいえ、個人情報に関わる内容だからな。
いや、俺としても猫川さんの性別について確認したわけではないので、本当のところがどうなのかはわからないのだが。
さて、それはそれとして仕事だ。
いつもの事務処理もあるが、今日はパソさんから技術部に顔を出して欲しいと言われている。新事務所になってからは、ほとんど顔を出していないから、ちょっとだけ楽しみだ。
『やあ、柿崎さん。わざわざ足を運んでもらって申し訳ない』
技術部の居室に入ってすぐに、のっぺらぼうが丁寧なお辞儀で俺を迎えた。
……大丈夫、俺は正気だ。
ここは、インベーダーズの事務所。突然、のっぺらぼうが現れても不思議ではない場所だ。とはいえ、これは妖怪の類ではない。顔の無い人形……というかマネキンだな、これ。なぜ、自律的に動いているのかは謎だが。
ただ、声自体はマネキンからではなく、部屋の奥から聞こえてきているようだ。
「パソさん、ですか?」
『ええ、そうです。詰めの作業をしているところでしてね。ああ、このインターフェースでしたらリーラさんに作ってもらいました。いやあ、ゴーレム化の術式とは便利なものですね』
インターフェースとは界と界に接する境界面。俺たち人間がソフトウェア界に干渉する手段がマウスやキーボードであるように、AIであるパソさんが現実世界に干渉する手段がこのマネキンらしい。
それにしても、何故マネキンなのか。
パソさんとしてはロボットのような作業用機械を作ろうと考えていたらしい。
とはいえ、精密作業をこなすようなロボットを組み立てるには知識が必要だ。パソさん自身に知識はあるが、組み立て作業を実行する体がない。そもそも、その体を手に入れるための実作業だからな。加えて、パーツの確保なんかも考えると、作業用機械の作成はなかなか難しかった。
そこでリーラさんが手を貸したわけだ。山本社長がどこからか手に入れてきたマネキンを魔法の力でゴーレム化したらしい。その上で、電波信号をゴーレムへの命令術式に変換する装置をマネキンに埋め込み、パソさんによる操作を可能にしたとのこと。
いつの間に、そんなことをやっていたのやら。やはり、魔法に関しては極めて優秀な人なんだろうな、リーラさんって。
「忙しければ出直しますよ?」
『いえいえ、もう準備は整っています。柿崎さんに見てもらうための最終調整をしていただけですから』
そう言って、マネキンは俺を部屋の奥へと案内する。
以前の事務所とは違って、開発部の居室はかなり広めに確保されているようだ。しかし、空間的な余裕はそれほど感じられない。幾つもの機材と、びっしりと並べられた黒い箱のせいだろう。
黒い箱はどれも稼働中のようで、小さな唸り声を上げている。その正体は……まあ、何の変哲も無いPCだ。
とはいえ、これほどの数が揃っている光景を目にすることはエンジニアでなければなかなか無いだろう。その全てがパソさんの体の一部というわけだ。
「それで、用事というのは?」
『例の武闘大会について、ですよ。なかなか難航しましたが、どうにか形になりました』
ミュゼさんの発言がきっかけになったインベーダーズの武闘大会。本人が全力で動けば廃墟ができてしまうので、ゲームによって実現しようという話になっていたが、その開発がついに完了したらしい。
計画が始まってから、二ヶ月近くでの開発完了。普通に考えればかなりの開発速度だが、これほど増設されたPCとパソさんの能力があればもっと早くに完了していてもおかしくはない。事情を聞いてみると、問題はソフト面ではなかったようだ。
『始めはVTuberモデルのモーションキャプチャ技術を流用して、ゲームの入力にしようという話でしたが、それに関しては問題が……』
モーションキャプチャをゲームの入力とすること自体は問題ない。パソさんとリーラさんの構築したシステムによって、インベーダーズの動作検出精度は他に類を見ないほどの高水準だ。
問題は操作者の動き。実際に戦うわけじゃないとはいえ、ゲーム内では真剣勝負だ。熱が入れば、動作入力のための動きも当然激しくなる。ミュゼさんが本気で動けば、部屋が滅茶苦茶になるどころか……下手したら建物が倒壊しかねないのだとか。
『ということを考慮した結果、別の入力方式を開発しました。それがこちらになります』
そう言って、パソさんが示したのはヘルメットのようなもの。もちろん、ただのヘルメットではない。これは、仮想空間にダイブするためのヘッドマウントディスプレイ型の端末。脳に直接干渉することで、視覚、聴覚だけでなく味覚や聴覚まで再現できるらしい。
なんというか……デスゲームでも始まりそうなものを作ったものだなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます