57. 無残な姿

『本日のゲストはミュゼ様です~!』

『インベーダーズ所属のヴァンパイア、ミュゼだ。よろしくな!』

『はい、よろしくお願いしま~す♪』


 二日目の対談配信はミュゼさんがゲスト。猫川さんの様子は、普段の配信と変わりない。昨日の配信後はあんなに動揺していたのに。


 実は、昨日の対談配信後、猫川さんからこんなチャットが送られてきたのだ。


“ルリカさんのこれって、本当に魔法ってわけじゃないですよね? どういうカラクリなんですか?”


 詳しく話を聞いたところ、リーラさんがやらかしてしまったらしい。


 対談配信後にリーラさんと猫川さんとボイスチャットで通話していたそうだ。まあ、そこら辺は配信中に言っていた通り。リーラさんの魔法語りに猫川さんが付き合わされたのだろう。


 で、その通話中に、リーラさんが例の魔法発動を実行してしまったわけだ。


 彼女が発動させたのは風の魔法。ヘッドフォンから息を吹きかけられたかのような感触に猫川さんは大層驚いたらしい。まあ、火とか水とかが出るよりはマシだが。


 しかし、まさか配信後に魔法を使うとは。

 配信中には『不特定多数が認識できる形で魔法を使うな』と警告はしたんだがな。猫川さん個人なら、不特定でも多数でもないので、問題ないと判断したのか?


 そもそも、リーラさんは人前で魔法を使うことに慎重だったはずなんだが……。箱内のコラボでは平気で使うから、その辺りの意識が薄れてきているのかもしれないな。


 ともかく、昨日は混乱する猫川さんを宥めるのが大変だったのだ。まさか、本当に魔法ですとも言えないからな。言ったところで余計に混乱するだけだろうし。


 そんな猫川さんもすっかりと落ち着きを取り戻して対談に臨んでいる……と思ったのだが、配信が続くにつれて、やはりいつもと違う点に気付く。なんというか、いつもよりキレが悪いというか、テンションを上げ切れていない気がする。


『ミュゼ様は血を吸わないヴァンパイアなんですよね? その珍しい設定というか……ええと、そういうヴァンパイアは他にも多いんですか?』

『どうだろうな。昔は爺どもがうるさかったから、みんな血を吸ってたけど、別のものを食べても良いとなると、他のものを食べたがる奴は案外多いんじゃないか?』

『そ、そうなんですね! ずいぶんと細かい設定があるんですね。……設定ですよね?』


 しかも、やけに「設定」という言葉を口にする。普段の猫川さんにはあまりないことだ。きっちりとロールプレイするVTuberに配慮して、あくまでそういう経歴の人物として扱うのが猫川さんのスタイルのはずなのだが。


 なんとなく探りに行っている感じがするな。平静に見えて、リーラさんの魔法にまだ動揺しているのだろう。ミュゼさんも本物のヴァンパイアなのではないかと、疑心暗鬼に陥っているようだ。いや、真実なんだけども。


 ミュゼさん……というかヴァンパイアの場合、ネット越しに発揮させるような異能はないので、猫川さんを大きく動揺させるようなおかしなことは起きないはずだ。だから、今日の配信は比較的にスムーズに進むと思っていた。しかし、ミュゼさんの正体が気になるのか、いつもの猫川さんらしからぬ探るようなテンポの悪い配信になってしまっている。コメントにも「猫川どうした」という文字が流れているが、それすら気にかける余裕がないみたいだ。


『次の匿名メッセージは、これです。“ミュゼ様はフィット・ファンタジーの初期測定で専用コントローラーを破壊していましたが、あれからどうなりましたか?”とのことです。ええと、この内容、私は知らないんですけど、壊しちゃったんですか?』

『ああ、あれな。思いっきり力を入れろって言われたから、全力でいったら、一瞬で壊れたんだよな……』


 ミュゼさん向きのゲームとして、いつか静奈が例にあげたフィット・ファンタジー。それを早速、配信でやろうとしたらしい。


 だが、その試みは早々に失敗した。

 フィット・ファンタジーのコントローラーは押したり引っ張ったりする運動が入力となる。筋力の個人差によって入力感度を調整するために、初期設定で筋力の測定をするのだが、その段階でミュゼさんはコントローラーを破壊してしまった。


 仕方のないところもある。ミュゼさんは画面の指示に従って、思いっきりコントローラーを押し込んだだけなのだから。ただ、ミュゼさんの力が、ゲームメーカーの想定から激しく外れていたゆえに起こった悲劇だ。


『あ、そうだ。画像があるんだよ。あれ、どうやって送るんだ? ……ああ、これか』

『……こ、これですか? 嘘ですよね? さすがにこんな風にはならないですよね?』


 どうやら、ミュゼさんが無残な姿となったコントローラーの画像を猫川さんに送ったらしい。それを見た猫川さんは、画像を配信画面に載せることなく、上擦った声を上げている。


 俺も前に見せてもらったが、そうはならんやろというくらいに粉々になっていたからな。猫川さんには刺激が強かったみたいだ。


『ひ、人の力でこんな風になるんですね?』

『いや、アタシはヴァンパイアだから。あ、でも、できそうな奴もいるなぁ』

『そうなんですか……。あはは……はは……』


 猫川さんのVTuberモデルは良くできていて、引きつった笑みまでばっちりと再現されている。だいぶ、精神的にまいっているようだ。


 うーん、大丈夫だろうか。話の振り方を間違えると一番まずいシャオさんがまだ残っているんだが。

いや、猫川さんのトーク力ならきっと大丈夫に違いない。

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