58. 暴かれる黒歴史

 対談コラボ、最終日のゲストはシャオさんだ。


『いよいよ、最終日のコラボですね。なんだか、とても長く感じました……。ゲストはこの人です』

『ま、魔本シャオです。よろしくお願いします』

『こちらこそ、よろしくお願いします。どうかお手柔らかに……』


 猫川さんの声からはいつもの元気が感じられない。リーラさんやミュゼさんに振り回されて、精神的に疲れてしまっているんだろう。シャオさんも人見知り気味なので、下手したら盛り上がりに欠ける配信になってしまうかもしれないな。


 しかし、その心配は杞憂だった。配信慣れしているだけあって、猫川さんは疲れていても会話を上手くつなげていく。そのおかげか、シャオさんの緊張も少しずつほぐれていっているようだ。会話のぎこちなさもなくなって、比較的スムーズに受け答えできている。


『それじゃあ、いつものように、匿名ボックスで募集したメッセージを読んでいきますね。“シャオさんは本の悪魔ということですけど、デジタル化が進んで紙媒体の書籍の売り上げが減ることをどう思っていますか?”ということなんですけど……』

『そ、そうですね。ちょっと残念に思います。それでも、紙の本には紙の本の良さがあるので、完全になくならないと思いますけど……。もし無くなったら、困っちゃいます……』


 最初の話題は紙媒体の書籍が減っていることについてか。電子書籍のメリットは持ち歩くのに便利なことと、場所を取らないことだよな。俺もどちらかといえば紙媒体の書籍の方が好みだが、最近は電子書籍で購入することも多くなってきた。


 紙媒体の書籍の減少は、俺たちのような人間からすれば、寂しくはあるが死活問題というほどではない。が、シャオさんたちの種族からするとアイデンティティに関わる重大な問題だ。将来的にどうなるのか、不安を抱いているらしい。


『たしかに、紙の本には電子書籍にはない良さがありますよね。読みやすいし、ページをめくる感触も好きです。でも、シャオさんのさっきの言い方ですと、やっぱり電子書籍は本の悪魔としてはNGなんでしょうか? 電子書籍も本と言えば本ですけど……』

『電子書籍も本……。そう言われればそうですよね。デジタルデータであっても、それが本であるのなら、本来ならば私たちの領域にあるもののはず。私たちは悪魔。概念に巣くう存在なんだから……』


 不安げだったシャオさんの様子が一転したのは、猫川さんの「電子書籍も本」という言葉を聞いた直後だった。ぶつぶつと何かを呟く様子は尋常ではない。画面に映るシャオさんのVTuberモデルも、目が虚ろな状態になっている。パソさんの仕業だと思うが、芸が細かい。


 シャオさんは以前にも、似たような状態になったことがある。あれは「Fatal Fantasy Tactics」のゲーム配信中に突然倒れたときのことだ。あのときは本にも間違いがあるという認識が芽生えたことで悪魔としての格が上がったのだったが……。


『あの、シャオさん、大丈夫ですか?』

『え? あれ、今、私は何を? 一瞬だけ新たな境地に達しそうになった気も……』


 さすがにコラボ配信で意識を失うとなると困ったことになる。通話で意識を逸らそうかと考えたところで、シャオさんは正気に戻ったようだ。


 新たな境地というのが悪魔としての進化だとしたら、その機会を逃してしまったことになるが……まあ、またタイミングを見て話を振ってみよう。


 そんな一幕がありつつも、配信は続く。そして――……


『“シャオさんは現存する書物から知識を引き出せるそうですね。まどかさんの黒歴史を暴くこともできますか?”というメッセージが来てましたけど……ええと、さすがに無理ですよね?』


 猫川さんがついに、シャオさんの能力に言及するメッセージを読み上げた。しかも、わりと攻めた内容だ。


 リーラさんやミュゼさんが普通の人間ではないと疑っているようなのに、よくこのメッセージを取り上げようと思ったものだ。これぞ配信者魂なのか。それとも追い詰められて正常な判断ができなくなったのか。むしろ、自分の妄想だと思い込みたくて……できないと言って欲しくて、あえて取り上げたのかもしれない。


 なんにせよ、賽は投げられたのだ。


 シャオさんを止めるべきだろうか?

 いや、誰にでも中二病の時期はあるはずだ。つまり誰もが通る道。決して恥ずかしいことではない。だから、止める必要なんてないんだ。


 別に仲間を増やそうとしているわけじゃない。猫川さんが自分から振った内容なので、問題ないと判断しただけだ。


『黒歴史……ですか。司令の中二病の台詞集みたいなのですよね?』

『そうです。どうですか……?』

『うーん。そういうのはなさそうですね。少なくとも残ってはいないです』


 残っていない……だと……!?

 まさか猫川さん、事前に処分しておいたのでは。これは信じられない裏切り行為だ。


『そ、そうなんですか。まあ、私はあんまり中二病みたいな感じじゃなかったので……』


 嘘だ! 男子たるもの、思春期には台詞集の一つや二つ作るはずだ! 俺だけじゃない! 俺だけじゃないはずだ!


 ……いかんいかん。落ち着くんだ。俺は中二病ネタを克服したはずだ。そうだろう?

 猫川さんに中二病時代があろうがなかろうがいいじゃないか。やはり人の黒歴史を暴くのはよくない。シャオさんにも、そう伝えよう。


 そう考えなおしたのだが、一足遅かった。


『あ、台詞集じゃないですけど、自作小説がありますね』

『え?』

『読み上げてみればいいんでしょうか? “お前、俺の女になれよ。蓮司の手が私の顎に触れた。彼の端正な顔が少しずつ近づいて――……”』

『待ってぇ!! シャオさん、待ってぇぇ!』

『え? あ、はい』


 シャオさんが、猫川さんの自作小説を探し当ててしまったようだ。無慈悲にもそれを読み上げ始めた瞬間、猫川さんは今まで聞いたことがないような大声を上げた。どうやら、よほど聞かれたくない内容だったらしい。


『な、なんでそれを知って……? まさか本当に……? いや、違う! 違うから! 猫川はおっさんだから夢小説なんて書かないから!』

『夢小説……ですか? ああ、こういう小説を夢小説と言うんですね。でも、男性が書くこともあるみたいですけど』

『そうだけど! でも、そうじゃなくて!』


 必死な猫川さんと、いまいちよくわかっていないシャオさんとの温度差が凄いな。まあ、猫川さんが必死になるのはわかるが。


『あっ、司令から連絡です。そっとしておきなさい……? わかりました!』

『遅いです! その連絡遅いですよ!』


 夢小説については俺も詳しくはないが、既存作品を舞台にオリジナルキャラクターを主人公にして描く小説の形態だったはずだ。そして、作品によっては、主人公は何らかの形で自己が投影されているのだとか。さきほどの小説なら、主人公は女性だから……いや、深く掘り下げるのは止めておこう。


 猫川さんはおっさん。本人がそう言っているのだから、そういうことにしておこう。

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