54. 現世を生きるヴァンパイア
人狼村コラボの反応は良くも悪くもないといったところだ。チャンネル登録者数は全体的に微増。ただ静奈……百鬼シズクの登録者数はそこそこ増えた。それ以外の変化とはいえば、ロッテさんに対する視聴者の印象が変わったことか。これまでは歌うまVTuberという印象だったのが、人狼村コラボで不憫属性がついたようだ。
魔歌に補助魔法に読心術。視聴者からすれば、何を言っているんだコイツらはというような展開のオンパレードだったにも関わらず登録者数が減らなかったのはありがたい。ネットでの評価は「あいかわらずのインベーダーズ」というものだった。俺たちが多少おかしなことをしても動じなくなったらしい。これが異種族融和の下地になればいいのだが。
さて、本日は新事務所の会議室でミュゼさんとの面会だ。インベーダーズ初の案件が舞い込んだので、その説明となる。案件元はカロリーバディの販売会社。内容も難しいことは無く、新フレーバーのカロリーバディを配信中に食べて感想を喋るだけ。無理に褒める必要も無いとのことだ。
「なんだ。新しいカロリーバディを食べて、感想を言うだけか。それなら簡単だぜ!」
「そうですね。ミュゼさんは普段からカロリーバディを宣伝しているようなものですし」
ミュゼさんは配信しながらカロリーバディを食べることも多い。かなり美味しそうに食べるので、思わずカロリーバディを購入してしまったという視聴者は多いようだ。全体の売り上げにしてみれば微々たるものだろうが、全VTuberの中で最も売り上げ貢献度は高いと言っても過言ではないはず。案件が来るのも納得がいく話だ。
「新しい味は……ミルクティー味? 一つ食べてみるか」
「あっ! 案件用なんですから配信中に食べてくださいよ」
「たくさんあるんだから、一つくらい良いだろ? ……おお、甘い! うん、これも美味いな!」
ぐぅ……本当に美味しそうに食べるな。思わず手を伸ばしたくなるが……駄目だ駄目だ。あれは案件用だから。
……帰りにコンビニに寄って買っていくか。
ひょっとしたらミュゼさんの売り上げ貢献度、想像よりも高いかもしれない。
「で、用件はこれだけか?」
「案件の説明としては以上ですね。……ところで、先日のコラボはどうでしたか?」
本来の用件は既に終わったのだが、せっかくの機会なので人狼村コラボについての感想を聞いてみた。ミュゼさんの口数が少なかったのが気になったのだ。
俺の問いにミュゼさんは渋面を作った。彼女にしては珍しい表情だ。
「あれか。あのゲームはアタシには難しかったな。操作も難しいし、考えることも多くて苦手だ」
「そうですか……。ではミュゼさんはあまり楽しめなかったですかね?」
「いや、そんなことはないぞ。みんなで騒ぎながらゲームをやるのは楽しい」
苦手というからには、面白くない時間だったのかと思ったが、返ってきた答えは意外なものだった。
「そりゃあ、毎回あんなゲームばかりだったらイライラもするかもしれないけどな。でも、人には得意不得意があるものだろ。それも含めてアタシは楽しんでるよ」
そう言ったミュゼさんの顔に含む物は一切ない。その様子からは、苦手なゲームでも心の底から楽しんでいることが伺えた。先日のコラボで口数が少なかったのは、どうやら人狼は誰なのか、どう立ち回ればいいのか考えていた結果、喋ることに気が回らなかっただけらしい。どうやら、俺の考えすぎだったようだ。
「アタシは、な。今の生活が楽しいんだ。封印される前は、とにかく窮屈で退屈な毎日だった」
ミュゼさんたちヴァンパイアの一族は、1000年以上前に、異世界から少数だけ渡ってきた種族らしい。そして、ミュゼさんは唯一、こちらの世界に来てから誕生したヴァンパイアだそうだ。そのせいか、一族の長老たちはミュゼさんにヴァンパイアとしてのしきたりを教え込もうとしたらしい。
「口うるさい爺どもが、あれこれとうるさくてな。高貴なるヴァンパイアが血以外の食事などあり得ない、だとか、下賤な種族と付き合うことは許されない、なんてことをうるさく言われた」
ミュゼさんは好奇心が強く、人間と交流をしたいと考えていたらしい。だが、孤高の一族としてのプライドがあったのか、長老衆はそれをやめさせた。食事も血だけを摂るように強制したようだ。
「あの頃のアタシは、今ほど力もなかったからな。爺どもの言いなりになるしかなかった。あいつらが今どうしているのかはわからないが、アタシの目の前に現れたらぶっつぶしてやるんだけどな」
信じられないことに当時のミュゼさんは、一般的な人間と大差ないほどの力しか持たなかったらしい。つまり、ミュゼさんは封印から解かれたあとに急激に力をつけたことになる。彼女はそれをカロリーバディのおかげだと考えているようだ。
当然ながらカロリーバディにヴァンパイアを強化するような成分は含まれていない。だが、あながち間違いともいえないのではないか。おそらく、封印前のミュゼさんは食事をろくにとっていなかったのだ。血が嫌いなのに、食事は血だけしか認められないとなると、あまり食事を摂ろうという気分に慣れなかったに違いない。
解放後、カロリーバディを摂取するようになったミュゼさんはきっちりと食事を摂るようになり、結果として本来の力を発揮できるようになったのだと思う。
つまり、ミュゼさんにとって、カロリーバディは力をつけるきっかけとなった食べ物だ。そういうこともあって、気に入っているんだろう。それが案件につながるのだから、世の中わからないものだ。
「ま、そんなわけで、人狼村って奴も楽しかったぜ! なかなか上手くはできないけどな」
だからお前もあんまり気にするな、と肩を叩かれる。どうやら、俺が少し心配していたことはバレバレだったようだ。逆に気遣われている始末である。
「あ、でも、武闘大会は楽しみにしてるぜ! アタシが得意なフィールドで暴れられるのはやっぱり楽しいからな」
好戦的な笑みを見せて、ミュゼさんは去って行った。
ミュゼさんも色々なことを考えているんだな。
自分が苦手なことでも、楽しんでやっているという彼女の言葉には少し驚かされた。彼女がそういう考えで活動しているのなら、俺たちもそれに応えないといけないだろう。
武闘大会か。正直、あまり乗り気では無かったが、俺も楽しんでみようか。
まあゲームがいつ出来上がるかは、パソさん次第なんだけどな。
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