55. 性別「おっさん」

「それでは百鬼君、コラボありがとうございました~♪ また、一緒にやりましょうね~!」

「こちらこそ、ありがとうございました! 是非、またお願いします」

「ではでは~!」


 本日は初の外部コラボだった。コラボ相手はVTuberの猫川まどか。個人勢だがチャンネル登録者数は脅威の五十万人超えである。本業はイラストレーターで、VTuberモデルも自身でデザインしたものらしい。VTuberとしての容姿はネコミミ少女であり、ネットを介して聞こえる声も容姿に相応しく可愛らしいものだが――そこに宿る魂はおっさんなのだという。


 そう、猫川さんはいわゆるバ美肉おじさんだ。ボイスチェンジャーを使って声色まで女性のように変わっているので、知っていなければ気付けないほどのクオリティである。


 ここまでとなると、バーチャルな存在としては女性として扱うべきか迷うところではあるが、猫川さん自身は性別を「おっさん」であると公言しているため、基本的には男性扱いで大丈夫そうだ。


 猫川さんはイラストレーターだけあって、ソロ配信ではお絵かきをしながらの雑談配信なんかが多い。一方で、所属に関係なく、様々なVTuberとのコラボ配信をしていることでも有名だ。特に、猫川さんが気になっているVTuberを招いての対談配信が人気となっている。今回は、俺がゲストとして対談配信に参加することになったのだ。


 何度も対談配信をこなしているだけあって、猫川さんは話の振り方や受け方が上手い。面白みのない話でも適度に膨らませてくれるので、こちらとしては大変話しやすかった。ゲストの配信もしっかりとチェックしているのか、過去に配信で話したネタの掘り下げなんかもやってくれる。俺の黒歴史ノートのこともしっかりと拾われてしまったから、良いのか悪いのかはわからないが。


 そんな感じで、問題らしい問題も起こらず、対談配信自体はスムーズに終わった。想定外だったのは、配信終了後に猫川さんから届いたチャットの内容だ。


 前半はコラボのお礼といった内容。丁寧で良識的な文面で、猫川さんの人柄が伺える。配信では少しぶっ飛んだ言動もあるが、本質的には常識ある人なのだろう。


 ここまではごくごく普通の内容。少し困ってしまったのが後半部分だ。概要は、インベーダーズの他のメンバーともコラボをしたいと思っているので、少し話をさせて欲しいといった内容。


 実は、インベーダーズでは俺以外の対外コラボは全て断るという方針である。地球の一般常識が身についてないままコラボで迂闊なことを口走れば問題となる、というのがその理由だ。


 方針から考えれば、受けることはできない。だが、少しだけ考えて、俺は話をしてみることにした。了承の返事を返すと、猫川さんもすぐに時間が取れるという。なので、そのままボイスチャットへと切り替えた。


『時間をとってくれてありがとね、百鬼君』


 ヘッドフォンから聞こえてきたのは、配信のときと同じ声だった。イメージを崩さないための努力なのか、配信外でもボイスチェンジャーを使っているのだろう。


「いえ、問題ないですよ。インベーダーズの他のメンバーとコラボをしたいという話でしたが、具体的には誰とでしょうか?」

『インベーダーズはみんな個性豊かだから、全員とやってみたい気持ちはあるけど、とりあえずは第一陣のシャオちゃん、ミュゼ様、ルリカさんかな? 実は、百鬼君以外の三人にも対談配信のオファーを事務所宛に出したんだけど、許可が下りたのが百鬼君だけだったんだよね』

「そうでしたか」


 事務所宛のメールを処理するのは、基本的に俺かホイミンさんだ。俺は知らないので、ホイミンさんが断ったのだろう。外部コラボは基本的に断るという方針だったので、間違った対応ではない。


 とはいえ、第一陣のメンバーに限ればかなり配信慣れしてきた。その上、インベーダーズのVTuberは“概ねおかしな奴ら”、という少々不名誉な評価をされている。少しぐらい奇妙な言動があっても、いつものことだと流される可能性は高い。だったら、そろそろ外部コラボをしてもいいんじゃないかと、俺は考えているのだ。


 山本社長は異種族融和を考えている。WonderTubeでチャンネル登録者数のトップをめざしているのも、そのためだ。あくまでVTuberとしてではあるが、異種族の実態を知ってもらうことで、恐怖心を取り除く……というようなことを考えているらしい。

 そのこと自体に異論があるわけじゃないのだが、知ってもらうだけでは不足があるのではないかとも思う。融和を目指しているのなら交流は避けられないのだから、コラボ配信を解禁してもいいのではないだろうか。


 猫川さんは会話回しが上手いので、初コラボの良い相手だ。そういう意味では、この申し出は良い機会であるように思える。


「社長に提案してみますよ。内容は今回のような対談形式でいいんですよね?」

『うん、最初は同じような内容を考えてるよ! わ~、百鬼君にお願いしてみて良かった~♪』

「……話してみるだけで、確約はできませんからね?」

『うんうん、わかってるよ! それでも、ありがと~!』


 これが、おっさん……?

 おっさんって何だっけ?


 はしゃぐ猫川さんの声に脳みそがバグりそうになりながら、通話を切る。とりあえず、明日社長に提案してみよう。異種族融和を考えるのなら、この話は悪くないはずだ。

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