42. 九鬼君の面接日
「あ、こっちだよ、九鬼君。わざわざ出てきてもらってすまないね」
「……いえ」
今日は、九鬼君の面接日だ。直接事務所に向かうよりは一旦別の場所で合流した方がいいだろうと思って、待ち合わせは近場のカフェにしておいた。
俺が面接を受けた頃ならともかく、今の事務所にはホイミンさんとガロル君がいる。正式所属する前に鉢合わせして逃げられ……驚かせては悪いからな。
「とりあえず、何でも注文していいよ。もちろん、会計はこちらで持つから」
「……あ、いえ。大丈夫です」
九鬼君には遠慮というか戸惑いがあるようだ。とはいえ、ちょっと話をしたいこともある。何か頼んで貰うことにした。
九鬼君が注文したのは紅茶だ。もしかしたら紅茶好きのホイミンさんと話が合うかも知れない。これは朗報だな。
「今日は来てくれてありがとう。個人勢として成功している九鬼君にとってはあまりメリットを感じる話ではなかったと思うけど、それでも引き受けてくれて助かるよ」
「……いいんです。俺が役に立てるのなら」
個人VTuberが企業に所属するメリットはもちろんあるが、インベーダーズのような弱小事務所だとまた話が変わってくる。箱推しによる登録者アップという恩恵がほとんど得られないからだ。トラブルに巻き込まれた場合は事務所の庇護下にある方が安心できるだろうが、それも事務所がまとめに運営されていればの話。内側からでないと把握できない事柄なので、なかなか判断材料にはしにくい点だろう。
九鬼君が来てくれる可能性は、それほど高くないのではないかと思っていた。先日は静奈と二人がかりで説得して押し切ったが、冷静になって考え直すことは十分にありえた話だ。
彼が押しに弱いかというと、決してそんなことはないと思う。後輩を守るために、ナンパ男たちの中に割って入るくらいの胆力はあるんだからな。だから、彼が来てくれた理由は、静奈の言っていたとおり、誰かのためになりたいという気持ちが強いからだろう。
それにつけ込むようで申し訳ないが……インベーダーズは決して悪い会社ではない。所属員はかなり個性的だが、基本的には気の良い奴ばかりだ。彼等の容姿が気にならないのなら働く環境としては悪くないはず。そんな彼等と接することで、九鬼君も変わっていく――陽気だったというころに戻っていくんではないかと期待しているところもあるんだ。
いや、もちろん、一番の理由は俺が大変だから助けて欲しいってことなんだが。ただ、九鬼君に苦労だけを押しつけるつもりはないし、仲間になってくれれば俺を含め、所属員のみんなが彼を助けてくれるだろう。社長の方針もあるだろうけど、インベーダーズは仲間を助けようとする意識は強いからな。
まあ、それはさておき。
「今日の面接において、注意しておいて欲しいことはいくつかある。その中でも一番重要なのが、人を容姿で判断しないことだ」
「……はい。VTuberですからね」
ああ、うん。普通ならそういう解釈になるか。VTuberは画面上での姿と事務所における姿に乖離があったとしても不思議ではないからな。まさか事務所に宇宙人や魔族がいると思わないか。
とりあえず、その点は流して注意点や面接の流れを説明した。具体的な契約に関してはまだ先の話。彼が本当に異世界帰りかどうかはまだわかっていない。社長と対面した瞬間にばたり……なんてこともありえるのだ。できれば、そうでないことを祈っているけど。
打ち合わせを終えて、事務所に向かう。
入り口を入ってすぐに受付はあるが、インターホンがあるだけで無人だ。今日は俺がついているので鳴らさずに奥に進む。
短めの廊下があって、その左手に俺が主に仕事をする事務スペースと小さめの会議室がある。右手側は技術班の居室と備品室だ。そして、正面にあるのが社長室と応接室。
これがインベーダーズの事務所の全貌だ。弱小事務所だけあって、こじんまりしている。とはいえ、近々移転するらしいが。現在、美嶋さんが交渉中という話だが……全く失敗するビジョンが見えない。今度は配信スペースのある広めの事務所になるそうだ。まあ、コラボ配信を考えると必須だろうからな。
「あ、あの、お兄さん……? ちょっと……」
廊下を歩いていると、九鬼君がおずおず話しかけてきた。
「ああ、柿崎だと静奈とかぶるのか。俺のことは晴彦と呼んでくれ。それでどうしたんだ?」
「あの……目の錯覚でなければ、向こうのスペースにどこかで見たようなキャラクターが……。それにマスコットの人が着ぐるみを着たまま仕事をしていましたよ」
おっと。どうやらホイミンさんとガルロ君を目撃してしまったようだ。一応、注意点として、キョロキョロとあちこちに視線を向けないようにと言っていたんだけどな。
「さっきも言っただろう。人を容姿で判断してはいけないよ」
「いや、人っていうか……あのキャラはモンスターですよね?」
「なんてことを言うんだ。ホイミンさんはインベーダーズで一番の人格者だよ」
「いやいや、ホイミンって! まんま、あのモンスターじゃないですか!?」
さっきまで覇気が感じられなかった九鬼君が声を張り上げている。一応配慮しているのか小声だけど。なかなか器用なことだ。
「まあまあ。ほら、ここが社長室だ。面接があるから落ち着いてね」
「え? いや、あのちょっと……!」
とにかく、面接をはじめてしまおう。
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