41. 別に嘘は言っていない
「とはいえ、どういう経緯で家に招待することになったんだ?」
少し前に聞いた話だと、直接の面識はなさそうだったが。静奈はあまり積極的に人と関わるタイプではないので、この数日で急速に距離を縮めたというのにも少し違和感がある。まあ、コミュニケーションが下手というわけではなく、疲れるから最低限に留めているというタイプだ。その気になれば高校の先輩を誑かすことくらい簡単なことなのかもしれないが……。
「変なこと考えてるでしょ? 誑かしてなんてないからね?」
「あ、ああ、そうか。そうだな」
なるほど。静奈にはこの洞察力がある。きっと、上手いこと考えを誘導して家に誘い込んだに違いない。
「だから違うって。変なことばっかり言ってると、ご飯抜きにするよ!」
「いや、何も言ってないだろう」
「兄さんの考えてることくらいわかるよ」
……迂闊なことは考えられないな。無心だ。そう無心になろう。
改めて、事情を聞いてみると、きっかけは本当に偶然だったそうだ。
下校途中、静奈が他校の男子に声を掛けられた。いわゆるナンパの類いなんだろうか。ひとりでいるところに男子数人で声を掛けてきたそうだから、
「何度断っても、しつこいから困っちゃって……」
見知らぬ男子生徒複数人につきまとわれたら恐怖を覚えそうなものだが、静奈は昔から物怖じしないというか、そのあたりは淡々としている。ただ単純に困ったんだろうな。
「そんなときに九鬼先輩が現れて、その人たちを追い払ってくれたんだ」
九鬼先輩というのが聖刃ヒイロの演者なんだろう。同じ高校の後輩とはいえ面識のない女子生徒のために男数人を相手に割って入るとは、なかなか正義感が強い少年のようだ。
「大丈夫だったのか?」
ナンパ男たちが逆上して襲いかかってくるのが、漫画やアニメの定番。そんな展開になったのではないかと心配したのだが。
「うん、平気だよ。先輩の気迫で、その人たちは逃げちゃったから。凄かったよ~」
殴り合いになるまでもなく、九鬼君の気迫に怯んだナンパ男たちはすごすごと立ち去ったようだ。それもまた定番の展開だな。
とはいえ、現実で実践できる人はなかなかいないだろう。武術でも習っていたんだろうか。その上にVTuberまでやってるというなら、ずいぶんと多芸だ。なんていうか、主人公適正がありそうだな、九鬼君。
「そういうことなら、お礼を言わないとな。だが、よく
「相談がしたいことがあるって、来てもらったんだ。兄さんが帰ってくるまで引き延ばすが大変だったよ」
「おいおい。無理矢理連れてきたんじゃないだろうな?」
「うーん、ちょっと強引だったかも……?」
恩人に迷惑をかけちゃ駄目じゃないか。大人しい妹だと思っていたのに、最近の静奈はどうも暴走気味な気がする。VTuberへの興味が強すぎるのか?
「もう! 兄さんのためだからね? それに、先輩のためにもなると思ったんだよ。何となくだけど?」
「はぁ……?」
「先輩は罪の意識に苛まれてて、ひどい自己嫌悪に陥っている……ような気がするんだよ。そして罪悪感を払拭するために誰かのためになりたいと考えている。私を助けてくれたのも、そんな意識の表れなんじゃないかな。……何となくだけど」
「そうなのか……」
日頃から俺の考えを的確に読む静奈だ。その直感は十分に考慮に値する。
つまり静奈は、人の助けになりたいという九鬼君の願望につけ込めば協力を得られると言いたいわけだな。さすが俺の妹だ。なかなか腹黒い。
「……つけ込むとかは考えてないからね。兄さんの考えすぎだよ」
「わかったわかった」
静奈のあとに続いてリビングへと向かう。
九鬼君はどこか落ち着かない様子でソファに座っていた。顔立ちはキリリとして、なかなかのイケメンだ。元々は陽気な性格だったという話だから、かなりモテていただろうな。今でも、影のある美形男子という感じだ。
「お待たせしました、先輩。ちょうど兄が帰ってきました。さっきのことで、お礼が言いたいみたいです」
「初めまして、静奈の兄です。妹が絡まれているところを助けてくれたそうですね。ありがとうございます」
頭を下げると、九鬼君は恐縮したように身体を縮こまらせ、小さく首を振った。
「いえ……。俺なんかで助けになれたなら……よかったです」
静奈に聞いた話では、しつこいナンパ野郎たちを勇ましく追い払ったそうだが……とても今の姿からは想像できない。
俺なんか、か。
罪悪感が原因なのか、それは俺にはわからない。だが、自己肯定感が低いのは確かみたいだ。元は社交的な性格だったそうだから、よほどの辛い経験でもしたんだろうか。先日は彼の罪悪感に興味はないと思ったが……こうして知り合って、しかも妹の恩人となると、少し放っておけないよな。
だからといって、俺に何ができるわけじゃないんだけど。どんな事情があるのかはわからないが、今日出会っただけの男に相談したりはしないだろうし。
そういう意味では、彼にインベーダーズに所属してもらうのは悪くない。そうなれば仕事上の接点はできる。多少のやり取りはあるだろうから、少なくともある程度は様子を把握できるだろう。
「それで……あの柿崎さん。相談がしたいことがあるって言ってたけど……そろそろ……」
九鬼君が、そわそわしながら言う。今の『柿崎さん』は静奈のことだ。
まあ、彼の立場からすれば落ち着かないだろうな。親しくもない後輩に相談があると言われ、待たされた挙げ句、何故かその兄までやってきたのだから。申し訳がない気分だ。
「あ、はい。お待たせしました。実は相談というのは兄にも関係があることなんです」
「……え? さっきの男子生徒のことじゃなくて?」
「全然無関係です」
「……え?」
ああ、これ完全に騙して連れてきたやつじゃないか。なんと言ったのかはわからないけど、思わせぶりなことを言って、絡んできた男たちの件と誤認させたんだろうな。いや、本当に申し訳ない。俺には大人しい妹なんていなかったみたいだ。
申し訳ないと思いつつ、インベーダーズの人手不足について説明して協力を仰ぐ。九鬼君は予想外の出来事に目を白黒とさせていた。
助けて欲しいという想いが通じたのか、それとも二人がかりでの説得に押し負けたのか。できれば前者だと思いたいが、ひとまずインベーダーズ所属に関して前向きに考えてくれるようだ。
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