22. お残しは……

「ミュゼ君、本当に食べるつもりなのか? 事前に調べたところ、相当の辛さらしいぞ」

「おいおい、アタシを誰だと思っているんだ? ヴァンパイアのミュゼ様だぞ?」


 心配して声を掛けるが、ミュゼさんは何処吹く風だ。だが、その自信の根拠を聞いてみれば、その余裕も納得だった。


「いいか、辛みってのは味覚じゃなくて痛覚なんだ。ひ弱な人間には耐えられないかも知れないが、ヴァンパイアは違う。痛みに対する耐性も、回復力もな。それに、夜はヴァンパイアの時間だ。激辛料理なんてアタシの敵じゃない! あっという間に平らげてやるぜ!」


 なるほど、そう言われてみれば確かにと頷ける。自分が平気なものを罰ゲームとして設定するのは卑怯な気もするが……まあ、高確率で自分が負けることは分かっていただろうからそれはいいか。


 大丈夫だというなら食べてもらおう。平気な顔で劇物……じゃなかった、この『ワールドエンド』を完食できれば話題にはなりそうだ。ただ、それを見て安易に真似をしようとする人が出ると困るな。それは食べ終わった後にでも、警告を入れればいいか。


「そこまで言うのならいいだろう。お前の覚悟、見せてもらおう!」

「おう! って、何でお前が偉そうなんだよ!」

「司令だからですよ!」

「そうだった! まだ何か違和感あるんだよなぁ」

「慣れてください」


 グダグダなやり取りをしてから、カップにお湯を注ぐ。待ち時間は三分だ。時間が来たらお湯を捨てる。あとは、激辛のヤバいソースをかければ完成だ。


「よし、じゃあソースをかけるぞ!」


 意気揚々といった様子で宣言したミュゼさんが、ソースの袋を開けて麺に振りかけた。それだけだというのに、少し離れた場所で見守っていた俺の鼻にも刺激が伝わってくる。これは思った以上にやばいぞ。劇物だというレビューは決して大袈裟ではなさそうだ。


「げっ! これは……まずい」


 さて、肝心のミュゼさんはというと、さきほどまでの余裕はすっかりと無くなって、焼きそばから顔を背けた。それどころか、口を手で覆い、気分が悪そうだ。血の気が引いたように顔色も青い。


「どうしたんですか? 辛いのは平気だったはずじゃ……?」

「そういう問題じゃない! ニンニクが入ってやがる!」

「ニンニク……ですか?」


 ニンニクはヴァンパイアの弱点の一つと言われている。ミュゼさんの反応からしてそれは事実なのだろう。とはいえ、ソースからニンニクの香りなんて感じられないが。試しに近づいて、その匂いを嗅いでみた。


「ぶほっ!?」


 思いっきり息を吸った瞬間、鼻の奥に強烈な刺激が突き刺さった。あまりの刺激にむせてしまったほどだ。


「なっ! ニンニクが入ってるだろ?」

「……いえ、唐辛子の刺激が強すぎてよくわかりません」

「なんでわからないんだよ!」


 ヴァンパイアと同じ検出精度を求められても困る。まあ、嫌いな食べ物ほど敏感に察知できる、というのは人間にもあることだ。匂いはしないが、おそらくニンニクエキスのような形でソースに含まれているのだろう。


「なんでもかんでもニンニクを入れやがって! だから、他のものを食べるのは嫌いなんだよ!」


 顔色が悪いまま愚痴るミュゼさん。彼女がカロリーバディしか食べないのって、もしかしてそういう理由なのか? たしかに、何気なく食べたものに自分の弱点が入っていたら、食べる気をなくすのはわかる。食品表示を見れば防げる悲劇だとは思うが。


 ともかく、明らかに顔色が悪いミュゼさんに『ワールドエンド』を食べさせるわけにもいかない。種族的な理由でミュゼさんの罰ゲームは中止となった。


「それで、この焼きそば、どうしますか?」

「どうしますかと、言われてもな」

「もったいないですけど……さすがにこれを食べるのはちょっと……」


 リーラさんもシャオさんも、その顔に浮かぶ表情は困惑だ。


 罰ゲームを宣告しておいて、誰も実施しないという状況は配信者としては面白くない。だが、ソースから漂う不穏な香りが本能に訴え掛ける。絶対に食べてはならないと。二人の葛藤はそんなところだろうか。


 もし、罰ゲームを続行するとなると、食べるのはやはり俺になるだろう。ミュゼさんを除く三人の中で最下位は俺だ。それに、俺の役割は他の三人のフォロー役。ミュゼさんが食べられないと言うのなら、フォローとして俺が食べるのは役回りとして正しい。さすがにこういう事態は想定していなかったと思うが。


 それに、何より食べ物を無駄にするってのが、どうにも落ち着かないんだよな。


 俺が食べなければ、この『ワールドエンド』は破棄されることになるだろう。そんなもったいないことが許されるだろうか。いや、許されない!


「俺が食べよう」

「本気か!?」

「えぇ!? やめておいた方が……」

「いや、やる!」


 食べる前に牛乳を飲んでおこう。辛さを軽減してくれるはずだ。ソースを混ぜると、刺激物が拡散するのか目にくる。それでも我慢してソースを絡めた。


「いざ!」


 本能が鳴らす警鐘を無視し、意志の力を総動員して、麺をすする。舌に一瞬広がる旨味。そして、わずかに遅れてやってくる圧倒的な痛み。


 確かに辛みは味じゃない! ただただ痛い!

 え、これ完食するの? 誰だよ、こんな企画を考えた奴は!


 痛い痛い痛い――……




 たっぷり三十分をかけて、どうにか『ワールドエンド』を食べ終えた俺は激戦の末にどうにか勝利を掴んだ戦士のようにぐったりと床に横たわっていた。偉業を成し遂げたというのに、シャオさんとリーラさんは何故か引いている。ミュゼさんに至っては、ニンニク臭が漂ってくるから近づくな、口を開くなと言われる始末だ。


 扱いが酷くないか?

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