14. 公式サンドバッグ(非公式)デビュー

 ようやく涼しくなってきた十月初め。ついにインベーダーズ第一陣がデビューすることになった。あろうことか、一人目はこの俺。百鬼ナイトウォークが先陣を切ることになる。


 全く無名の事務所にも関わらず事前のチャンネル登録者数は五万にも上る。これまでやってきた宣伝が功を奏したと思いたいところだが……本当にそうか? アプリ広告を出したりもしたが、それだけで劇的に登録者が伸びるとは思えない。ひょっとしたら、美嶋さんが何かしたのかもしれないな。


 初配信の予定時刻は十九時。あと数分で配信開始だ。今のところ、まったく緊張していない。まあ、あくまで俺は補佐役。主役はあとの三人だからな。それも緊張を感じずに済む一因だろう。


 おっと、開始前にツイツイで配信開始を告知しておかなければ。ありがたいことにこちらもそれなりのフォロワーがいる。


 そうこうしている間に予定時刻となった。待機画面を解除すると、ディスプレイにVTuberとしての俺の姿が映し出される。鬼の青年将校だ。俺の写し身にしては美形過ぎるが、まあVTuberモデルとはこんなもの。せっかく別人の姿になれるのに、わざわざ醜悪な姿になる理由もないしな。


 モデルの動作に問題はない。リスナーを待たせるのも悪いし、さっさと始めよう。すでに覚悟はできているので、何も問題はない。


「ふははは! 俺がインベーダーズ先遣部隊の司令、百鬼ナイトウォークだ! 今このとき、この場所から我々の侵攻が始まる。貴様ら、せいぜい覚悟しておけよ!」


 これは仕事。手を抜くわけにはいかない。俺なりに理解したキャラクターを全力で演じる。



『思ったよりも気合いが入ってるな』

『ただのサンドバッグかと思いきや、結構がんばってる』

『百鬼ナイトウォークw』

『名前、もう少し捻れなかったんですかねぇ?』

『百鬼夜行ならナイトゴーでは?』

『なお部下は洋風』

『炎上が約束された男』



 おお、コメントの流れが速い!

 挨拶への反応も悪くないな。がんばった甲斐がある。そして、申し訳ない。俺の全力はここまでだ。


「というわけで、こんばんはナイトウォークです。素はこんな感じですので、よろしくお願いしますね」


 いや、最初から最後まで演じきるなんて俺には無理! シナリオがきっちりと決まってるんならもう少しがんばれると思うんだが、即興で反応するなんて俺にはできそうにない。ロールプレイ重視のVTuberは本当に凄いな。自分がVTuberデビューすることになって改めて思った。



『最初だけかよ!』

『いきなり素に戻って草』

『演じる気が欠片もねえ』



 すまんなぁ。要所要所ではがんばるので許してくれ。なお、いきなりのキャラ崩壊についても許可はもらっている。俺の役割はあくまで他のVTuberのフォロー。それ以外は好きにしていいと社長も言っていたからな。


「あーっと、まずは方針について語っておきましょう。このチャンネルは、みんなのサンドバッグを目指します!」


 コメントにもあったように、百鬼ナイトウォークは『サンドバッグ』とか『炎上を約束された男』と呼ばれている。というのも、女性三人の中に男一人という組み合わせに不満を持つ人間が一定数いるからだ。ハーレムだとかイチャイチャしやがってだとか、そういう嫉妬の感情によるものだろう。その感情自体は理解できる。問題はそういう感情をタレントにぶつけるアンチという存在がいることだろう。アンチは嫌いなタレントに罵詈雑言をぶつけたりして、いわゆる炎上を引き起こす。俺はその格好の餌食というわけだ。


 ツイツイでもアカウント開設から今日までに、その手のメッセージを大量に頂戴した。それを見て俺は思ったものだ。よし、俺はサンドバッグになろうと。



『どういうこと?』 

『公式サンドバッグきた!』

『正気か!?』

『自ら燃えに行く男』

『狂人だったか……』



 コメントには狂人扱いされているが、一応考えがあってのことだ。


 インベーダーズの方針として明言はされていないが、どうにも人間以外の種族の居場所を作ろうとしている節がある。だとするなら、敢えて俺という公式サンドバッグを用意して、不満の矛先が他にいかないようにすることで他のタレントが傷つかないようにするのは会社の方針に添うだろう。


 それに俺にもメリットはある。誹謗中傷コメントを流すためには動画を視聴する必要があるので、アンチが俺の動画に集まればそれだけ再生数が増えるのだ。WonderTubeのインセンティブは再生回数に比例するので、コメントしに来てくれるアンチのおかげで俺の収益が増えるのだ。もちろん、アンチの行動を容認するつもりはない。心を病んで引退するVTuberもいるのだし、褒められた行為ではないと思っている。だが、幸いというか何というか、俺は無関係の人間にいくら罵られても気にならないタイプだ。いくら誹謗中傷コメントを書き込まれてもノーダメージである。なんなら、世界中のアンチが俺のチャンネルに集まってくれてもいいくらいだ。


 というわけで、わかりやすく方針を明言したのだが、それが良くも悪くも反響を呼んだらしく、最後までコメントが大盛り上がりだった。思ったよりも悪くない初配信だ。ちなみに事前に登録されたNGワードにひっかかって表示されていないコメントも多数あるので、アンチ君もがんばってくれているようである。実に助かる。


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