ラブアタック

連喜

第1話 秘書アシスタントの女

 会社の総務部に、障がい者採用枠で雇用された女性がいた。秘書のアシスタントだったと思う。仕事内容は簡単な入力などの事務作業と電話応対。年齢は25歳くらいで、発達障害だったそうだ。けっこうきれいな子で、帰国子女で英語ができるという人だった。面接の時は普通で、感じがよかったらしい。面接した人が言ってたけど、どこが発達障害なんだという印象だったとか。


 その子は、来客がある時に、「〇〇様がいらっしゃいました」と電話で連絡してくれるのだが、ほぼ毎回名前が間違っていた。会社名も人の名前も違う。でも、大体は事前に約束してるから、誰が来るかはわかっているし、特に問題はなかった。発達障害の人は耳から聞こえて来る情報を理解するのが苦手らしく、よく聞き違えることがある。俺は一応そういうのを知っているから腹も立たないが、他の社員は「全然違う!」、「日本語わかんねーんじゃねーの?仕事すんな!」と切れていた。多分、同じ部署で一緒に働いている人は大変だろうと想像する。


 ある時、その子から電話が来た。

「〇〇様がご来社されてます」

「え、約束してないんですけど・・・」

 俺は敢えて敬語で話した。自意識過剰かもしれないけど、彼女に好かれたくなかった。

「〇〇の部屋にお通ししてますが、お断りした方がいいですか?」

「どうしようかな・・・まあ、会ってみるけど・・・」

 

 俺はサブのパソコンを持って、指定された場所に行った。ドアを開けてみると、全く知らない若いサラリーマンがいた。


「〇〇〇〇(コピー機メーカー)の坂城と申します。突然、お邪魔して申し訳ありません」

「はあ・・・・私のところにコピー機の営業に来られても・・・私は全然関係ない部署の人間で。でも、コピー機は別の会社のをリースしてるから無理でしょう。うちみたいな所より、もっと小さい会社か、これからスタートする会社に営業かけた方がいいんじゃないですか」

「そうですか・・・お忙しい中、お時間を取っていただいて申し訳ありませんでした。せっかくなんで、弊社のパンフレットを差し上げたいのですが・・・」

「じゃあ、取り敢えず受け取りますけど・・・」

「お名刺頂戴できませんか?」

「今持ってないんで・・・」

 そうやって断わる場合も、20分くらい費やしてしまう。


 俺は彼女の上司に当たる人に電話を掛けた。

「さっき、小枝さんからお客さんが来てるって電話もらったんだけど、俺に全然関係ないセールスの人で、忙しいから、俺に回さないように言ってもらえない?」

「あ、そうですか・・・いやぁ・・・あの子、ちょっと頭がおかしくて・・・」

「注意してよ」

 こいつは言う気がないんだと思った。

「ああいう人って、すぐパワハラって言い出すんで・・・言いづらくて」

「でもさ、仕事を中断されて困ってるから・・・さっき、会った人はコピー機の営業の人だったんだけど、別に俺の名前出してないはずなのに。何で俺に連絡して来たのか、まったくわかんないんだけど・・・」

「多分ですけど、ずっと江田さんのことを考えてて、間違って電話しちゃったか、喋りたくて電話したかのどっちかですよ」

 俺はその瞬間、頭の血がサーっと引いて行くのがわかった。一番最悪なことが起きている気がした。

「あの子、職場でも江田さんのことが好きだと騒いでて・・・。ネタにしてますよ。ぱっと見はきれいなんですけどね」

「えー。やだよ、あんな変な女・・・俺の個人情報とか絶対見せないでよ」

「私の部署では権限ないんで・・・」

 給与関係は総務部が取りまとめていたと思うから、同じフロアのどこかでは俺の個人情報が管理されているはずだった。

「怖いな・・・。彼女に電話させないとかできない?」

「そうですね・・・」

「会社名も人の名前も聞き違いが多くて、みんなブチ切れてるから」

「わかりました」


 その人が、役割分担を見直したらしく、それから彼女から電話がかかって来ることはなくなった。


「今、秘書課から電話が来たんですけど、小枝じゃない人からかかってきましたよ!首になったんですか?」

「俺が言ったから・・・。あいつに電話させんなって」

「すごいストレスだったんで、ほんとよかったっすよ!」

 みんな喜んでいた。俺も心からそう思っていた。

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