第48話 邂逅

 剣に水魔法を纏わせるという手段は、とても驚くべきものだった。ただ水が纏っているだけというわけではなく、激流の川の様な水流が剣に纏っていので、斬り結んでも僕の剣は相手の刀身に届かない。それどころか、水流の勢いで剣筋が狂わされ、身体のバランスも崩されるのだ。


その為、仮面の魔族の猛攻に押され気味だったが、一瞬の隙を突いて剣の斬れ味を爆発的に向上させ、そのまま相手の剣先を斬り飛ばした。


その様子に、2人の魔族が呆気にとられているのを確認し、こっそりと雷魔法での目潰しを試みる。


「・・・閃光」

「ーーっ!?」


眩い光が辺りを強烈に照らし、2人の魔族は顔を覆うようにして、腕で視界を遮っている。仮面の魔族については剣を下げてしまっており、そこには明確な隙が生じていた。


(よし!当て身に隠して微弱な雷魔法を流し、そのまま相手を無力化する!)


仮面の魔族との距離を考えれば、それは一瞬の内に終わるはずだった。一歩踏み込み、左手に雷魔法を流して触れる。それだけだったのに・・・


「・・・ライデル?」

「っ!!!」


雷魔法を流した左手が仮面の魔族の身体に触れる寸前、仮面越しに僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。聞き間違えるはずのない想い人の声に、僕は手を止めて固まった。


(そんな!この声・・・)


「リーア?」

「っ!!やっぱり・・・」


今までの攻防では、互いに掛け声を発していただけだったので、相手が男か女なのかも定かではなかった。ただ、仮面の魔族に自分の名前を呼ばれた瞬間、体中に鳥肌が立つような感覚が走り、自分が今まで剣を交えていた相手の正体に気がついてしまった。



「ぬおぉぉぉぉ!!」


 まるで時間が静止してしまったかのように、微動だに出来ずに仮面の魔族を凝視していると、魔族の英雄が雄叫びを上げながら僕に斬り掛かってきた。そちらに視線を向けると彼は目を閉じており、先程の閃光から未だに視力が回復していないようだった。


「くっ!」


どうすればいいか迷ったが、このまま無防備に相手の攻撃を受けるわけにもいかず、一先ずリーアの側から飛び退いて距離を取った。


「大丈夫か!?」

「は、はい。大丈夫です、叔父様」


魔族の英雄から自身の状況を聞かれたリーアは、戸惑いながらも問題ないことを告げているようだった。


(っ!!そうだ!確かリーアは魔族の英雄の元で暮らしていると言っていた!だとしたら、この状況も十分考えられたじゃないか!!)


彼女と初めて出会った際、戦争で両親を亡くした後に、叔父である魔族の英雄に引き取られたと言っていた。ベヒモスとの戦闘準備の際にも、その英雄から鍛錬を受けているとも聞いている。であれば、彼女を弟子として戦闘の場に連れて来ても何ら不思議ではない。僕の戦っていた相手が、魔族の英雄だったと王女殿下から聞かされた時に、その可能性に気づくべきだった。


(どうする?どうする?リーアを傷つけるなんて僕には出来ない!でも、それだと魔族の英雄に一方的にやられてしまう。一体どうすれば・・・)


頭の中がぐちゃぐちゃになってしまい、身動きが取れなくなってしまった僕に対して、リーアは驚くべき発言をした。


「叔父様、あの勇者候補は私が全力でもって倒します!手出しは無用です!」

「む?しかしお前の剣はーーー」

「問題ありません!この程度の窮地を乗り越えられなければ、英雄候補として立つ瀬がありませんから!」

「・・・分かった。お前がそれ程の覚悟だというのなら、行く末を見守ろう」

「ありがとうございます・・・ではっ!!」

「っ!!」


リーアが魔族の英雄とのやり取りを終えた次の瞬間、彼女の姿が掻き消えるほどの速度で僕との間合いを詰めてきていた。驚きつつも防御するために剣構えると、まるで僕からは攻撃しないことが分かっているかのように、リーアは直線的な動きで剣を交差させてきた。


「そのまま聞いて」

「っ!?」


剣同士の金属音に隠れるように、リーアが僕に話しかけてきた。


「こんな形で再会したくなかったけど、この状況を打破するために協力して」

「もちろんだけど、どうやって?」


お互いに高速で剣戟を繰り広げつつ、会話しているのを誤魔化しながらリーアの言葉に耳を傾ける。彼女を傷つけること無くこの状況を打破したいのは山々だが、僕にはその算段が思い浮かばない。


「融合魔法よ。私の火魔法とライデルの雷魔法。2つの魔法が合わされば、この辺り一帯を焼失するほどの威力になるはず」

「しょ、焼失って・・・」

「この周辺が巨大な炎に包まれれば、さすがに戦闘している場合じゃなくなるわ。その期に乗じであなたは逃げて」

「リーアは?」

「私なら大丈夫。炎のせいで見失ったとでも言えば何とでもなるわ」


リーアからの提案に数秒考え込むも、それしかないだろうと頷いた。


「分かった。タイミングは?」

「私が火魔法をあなたに向かって放つから、それに合わせるように雷魔法を打って。叔父様の視線は私の炎で隠すわ」


僕がほとんど雷魔法を使っていないことから、リーアはその理由を察してくれたのだろう。


「いい?私の火魔法と同等の威力に制御するのよ?」

「分かってるよ。リーアとの融合魔法は2度目だからね」


お互い仮面を被っているため、その表情は分からないのだが、何となく彼女の漆黒の仮面越しに嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。


「この状況を切り抜けたら、今夜零時にこの場所に来れる?」

「たぶん大丈夫だと思う」

「そう。なら、詳しい話はその時に」

「分かった」


話が終わった瞬間、リーアは僕から距離を取った。僕も雷魔法を放つ準備の為に意識を集中させる。融合魔法を成功させるには、同等の威力でなければならない。2年前の僕だったら出来なかっただろうが、今の僕ならリーアの魔法に合わせられるはずだ。


業火滅却ごうかめっきゃく!!」

「っ!?」


一瞬の間の後、リーアの剣からとてつもなく巨大な炎の塊が僕に向かって襲いかかってきた。その規模の大きさに驚きつつも、今の僕とリーアの立場は敵同士であることを考えれば、これくらいの威力の攻撃魔法でなければ、あの魔族の英雄の目を欺けないのも理解できる。


「はぁぁぁ!!」


リーアの放つ炎が完全に目眩ましになっていることを確認し、僕は雷魔法を放った。迫りくる炎と同等の威力の『雷撃』が迎え撃ち、絡み合い、お互いの威力を吸収するように輝きながら融合していく。


やがて炎が球状となり、その表面を雷が走るかの如く、雷撃がほとばしるような状態となった。


「・・・やばっ!」


その異様な光景に視線を動かせずにいると、球状の炎の向こう側から、リーアの焦った声が聞こえてきた。


そして次の瞬間ーーー


『ーーーーーーっ!!!!』

「っ!!??」


耳を劈くような轟音と共に、球状になっていた炎が破裂し、辺り一面に雷撃を纏った小さな炎の礫が不規則な軌道で飛び散った。


「くっ!」


反射速度を上げて何とか避けていると、2つの人影が上空に退避している様子が視界の端に映った。言うまでもなくリーアと魔族の英雄だが、炎の礫は上空にも爆散しており、2人も飛行しながら避けるので手一杯といった様子だった。


(今のうちにここから離脱しないと!)


僕は事前にリーアとした打ち合わせ通り、混乱に乗じてこの場から姿を消すように走り去った。


戦闘をしたその周辺が、まるで人族と魔族の大規模な戦闘でもあったかのように焼け野原になってしまっている事を知ったのは、リーアと会うために戻った時だった。

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