第46話 挟撃
デラベルを出発して2日後の昼過ぎーーー
目的地は、ここからもう少し進んだ先にある小さな村落だった。綺麗に整備された街道から脇道に入ると、馬車はガタガタと揺れ始め、何かに掴まっていないと危なくなるような道になっていく。片田舎にある小さな村だけあって、そこに続く道はフーリュ村と同様に、整備なんてほとんどされていない。
そうして目的地も近くなると、さすがに交代で休んでいた冒険者達も、全員が装備を整えて、いつでも戦闘出来るように臨戦態勢になっていた。特にリーダーであるリュックさんは、早朝からずっと御者席に座り、周りの気配に神経を尖らせていた。
そんな彼のピリピリとした雰囲気が伝わったのか、チームの人達は朝から口数が少なく、常に緊張感を漂わせていた。
(最上位の冒険者だけあって何かを感じ取ったのか、それとも・・・)
未だ僕は彼らを信用していない。この旅路の間に色々と話題を向けられ、和やかに会話もしているが、あくまで表面的な対応であって、心を許しているわけではない。そういった僕の心情も影響してか、彼らも必要以上に個人的な話は振ってこなくなっていた。
魔族への注意だけでなく、同行している味方であるはずの冒険者にも警戒を向けなければならない状況下で、それは起こった。
「敵襲っ!!!」
「「「っ!!!」」」
御者席から伝わるリュックさんの突然の声に、馬車内に緊張が走った。いつでも反応できるように準備していたコーラルさんとアイクさんが、即応するように剣と盾に手を伸ばす。
その瞬間、この馬車目掛けて複数方向から同時に風切り音が聞こえてくる。
(くっ!風魔法による奇襲か!警告も確認も無いということは、襲撃者は魔族!)
このまま荷台に乗ったままでは、風魔法の餌食になってしまう為、全員が飛び出すようにして馬車の外へと躍り出た。その直後、頭上からとてつもない殺気が殺到してきた。
(しまった!罠かっ!!)
飛び出した勢いのまま、体を捻って殺気が迫り来る上空を見ると、そこには憤怒の表情を浮かべ、大上段から長剣を振り下ろそうとしているあの手練れの襲撃者、魔族の英雄がいた。
「前回の屈辱、晴らさせてもらうぞっ!!」
「くっ!」
前回と比べると感情を前面に出している様子に驚くが、その気迫は本物だ。一瞬飲まれそうになる自分の心を奮い立たせ、鞘から剣を抜き放ちつつ、身体強化を行う。
「むんっ!!」
「はぁぁ!!」
剣同士の甲高い接触音が辺りに響くと同時、視界の端に風魔法による攻撃を受けた馬車が破壊される様子が映った。また、僕と一緒に飛び出した冒険者達は、武器を構えながらもこちらの様子を見ているだけで、加勢するつもりはないようだ。魔族の英雄は僕が相手をするという作戦通りなのだが、援護もしてくれないのかと不信は強まるが、今は相手に集中しなければならなかった。
「ぬおぉぉ!」
「ぐっ!」
鍔迫り合いで拮抗していたのも束の間、上空から襲いかかってきている相手の勢いを完全に弾き返すことが出来ず、地面に叩き落とされた。地面に激突する直前、身体を回転させて四つん這いのような格好でギリギリ着地したのだが、体勢を整える間もなく、すぐ隣に着地した相手が、僕の頭目掛けて回し蹴りを放ってきた。
「くっ!」
躱す余裕がないため、咄嗟に腕を十字にして防御すると、それに構わず相手は蹴り抜いてくる。
「ぬおぉぉぉ!!」
「ーーーーっ!!」
予想以上の強烈な回し蹴りの威力に、僕は歯を喰い縛って耐えようとしたのだが、そのまま後方に吹き飛ばされてしまった。そして、僕が吹き飛ばされた方向には一人の気配があった。
(挟まれた!?)
このままでは準備万端に待機しているであろうもう一人の魔族の襲撃者にいいようにやられてしまうかもしれないと考え、体勢は悪いが剣を地面に突き刺し、無理矢理に吹き飛ばされていた勢いを殺す。
(ふぅ・・・リュックさん達とは分断されたのか。最初からこれが狙いで?となると、魔族の英雄と対角線上に僕を挟んでいるあの人も、相当な実力者ということか?)
なんとか体勢を立て直して剣を構えるが、2人が僕を中心とした対角線上に位置どっているため、両方の姿を視界に納めることは出来なかった。その為、僕は待ち伏せしていた人物の方に僅かに視線を動かす。
(・・・魔族特有の黒の軍服に、漆黒の剣を構えている。身長は僕より小さいくらいで、男性にしては細身だな。それに、黒い仮面を着けているせいで顔が分からない。いや、それよりも・・・)
仮面の魔族からは、それほど殺気を感じられない。全く無いわけではないが、あの魔族の英雄と比べると微々たるものだ。それに、相手の体格から、以前魔族の英雄が連れていた2人とは別人であることは明確で、しかも相当な強者の雰囲気がする。
(いったい何人の魔族がこの人界に侵入したんだ?まさか、この国を戦場にしようって魂胆なのか?)
どんな思惑があって魔族がこの人界に侵入したのかは不明だが、ここからそう遠くない場所には、生まれ故郷のフーリュ村もある。この近辺を拠点に人界に侵攻してこられたら、そう遠くない未来に村は戦いに巻き込まれてしまう。
(それだけは阻止しないと!あの魔族の英雄を捕らえて、この人界から去ってもらうように交渉できないかな?彼の為に命を投げ出そうとする人もいるんだ。彼と交渉ができれば何とかなるかもしれない!)
あの魔族の英雄を殺してしまえば、彼の仲間達は仇をとるためにと、止まらなくなってしまう可能性がある。そう考えれば、この状況での最良な結果は殺さずに拘束すること。それも、あの漆黒の仮面の魔族も同時にだ。
(何としてでも、彼らを無力化する!)
そう決意して剣を握り直すと、先に動いたのは仮面の魔族だった。
「くっ!」
「ーっ!」
一瞬姿を見失うようなとんでもない踏み込みの速度で突き込んでくる仮面の魔族の剣を、ギリギリのところで右方向へ剣でいなそうとしたのだが、僕の剣が相手の剣に接触する寸前、仮面の魔族は無理矢理に剣の軌道を下方向に変えて、僕の足元に剣を突き刺すような格好になった。
その隙を突いて、迎撃しようと前のめりに出していた剣の軌道を変え、相手の肩を狙って横薙ぎに払おうとしたのだが、唐突に自分の首筋付近に鳥肌が立ち、直感に従って身体を沈ませながら左に飛び退いた。
「ちっ!」
飛び退きつつも悪寒の正体を確認するため、さっきまで自分が立っていた場所に視線を向けると、そこには剣を振り抜いた姿勢のまま、僕の方を憎らしげに睨みながら舌打ちしていた魔族の英雄の姿があった。
(さすがに2人の実力者を同時に相手するとなると、一筋縄ではいかないか・・・この挟み込んでくる位置もマズイ。どちらかに意識を集中するんじゃなく、両方に集中しないと!)
それから2人の魔族は怒濤の攻撃を繰り出してきた。しかも、この2人の魔族はかなり連携がとれているようで、どちらかに隙が生じても、もう一方が即座にカバーに入ってくる。また、息を合わせて同時に攻撃を前後から仕掛けてきたりもするので、防戦一方になってしまう。
ただ、僕の剣と斬り結ぶのを避けるような剣筋をしている。そのお陰もあって、攻勢に出られはしないが、押されているという状況ではない。
(雷魔法に警戒しているってことかな。上手いこと魔道具のお陰ってことで誤認してくれたようだ)
あの時の小芝居が功を奏したようで、僕の剣に対する相手の警戒感が、最後の最後に斬り込めない要因を作ったようだった。とは言え、このまま拮抗した状況では何かの弾みに苦境へと追いやられる可能性もある。特に、数的に不利な僕は、たった一つの攻防における選択ミスが命取りになる。
(分断されているリュックさんの様子も気になるし、なるべく早めに終わらせたいけど・・・)
剣の切れ味を上げて、相手の武器を破壊しようかとも考えたが、そもそも相手は僕の剣を警戒して、防御に剣を使ってくれない。そうなるとあとは、放出系の雷魔法で相手を戦闘不能にするしかないが、その場合、僕が雷魔法の使い手だと露見してしまうだろう。
(武器に纏わせるくらいなら誤魔化せるけど、さすがに掌から打ち出される雷魔法を見せたら、言い訳も出来ないだろうな・・・)
もしかしたら、その様子をリュックさん達が目撃するかもしれない。あるいは、そうして拘束できたとしても、どうやってと方法を聞いてくるかもしれない。もしくは、魔族が僕を危険視して、よりいっそうの戦力を投入して僕を殺しに来るかもしれない。
雷魔法を放つことで、自分の今の立場や状況がどのような変化を見せるのか分からないという不安から、どうしても使用を躊躇ってしまう。
(いずれにしても、このままだとジリ貧になる・・・決断しないと・・・)
しかし、状況を打破する方策を決めかねている僕を置き去りにして、状況は更に悪化していくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます