第41話 真実

 ファルメリアさんの治療が終わり、今後の行動について考える。幸い首輪を破壊すると彼女の傷口はある程度塞がり、2日も経つ頃には僅かな傷跡を残したが、ほぼ完治した。僕の左腕の傷も完治し、ようやく動きがとれるようになったが、問題はそれからだった。


それはファルメリアさんを治療中、彼女の口から衝撃の事実を告げられた事から始まった。なんと今回のワイバーン討伐の任務は、僕を亡き者とするための作戦行動の一環だったというのだ。僕の命を狙う理由までは不明だという事だが、にわかには信じ難かった。


なにせ、僕は一応女神からの神託を受けた勇者候補である。魔族が命を狙ってくるならまだしも、同じ人族から狙われる意味が分からない。それに、最終的に勇者候補には残らないという話まで聞いているのだ。邪魔というならさっさと僕を村に返して欲しいのだが、いったいどんな思惑で僕は命を狙われる嵌めになったのだろう。


そもそも、そんな事を僕に教えてしまって良いのかと、土下座しながら謝罪の言葉を口にするファルメリアさんに聞くと、「あなたに救われた命だから」と、穏やかな笑みを浮かべて答えてくれた。


今までこんな穏やかな表情を浮かべるファルメリアさんを見たことが無い僕は、驚きに目を見開いたが、それに構わず彼女は僕の両肩を掴み、真剣な表情をしながら口を開いた。


「ライデル君、あなたは今のまま変わらないで。憎しみや怒りに飲み込まれないでね」

「は、はい・・・」


彼女の異様なその迫力に、訳も分からず頷くしかなかったが、国から命を狙われているという現状に、今まで通りにするというのは難しい話だ。


ただそれからというもの、これまでのファルメリアさんとは別人になったように良く会話をするようになった。故郷の村の話や、そこでどんな生活をしてきたのか。何が好きで何が嫌いか。さらには好きな人が居るのか等々・・・様々な事を聞かれるのだ。


僕も答えられる範囲で返答をするのだが、さすがに自分の好きな人の話は恥ずかしくて出来なかった。ただ、彼女は何か察したようで、柔らかな笑みを浮かべながら僕の頭を撫でてきた。そんなファルメリアさんに僕は、母さんの面影を見たような気がしたのだった。



 状況が変わったのは、ファルメリアさんを治療し終わった日の夕刻だった。


僕達の馬車に向かって一台の魔導車が向かってきたのだ。その外観から、王女殿下の乗っていた車体ではなく、別のもののようだったが、疑問を浮かべながらもその魔導車を迎えた。


「しばらく振りね、ライデル」

「っ!?お、王女殿下!?何故こんな場所に!?」


停車した魔導車から降りてきたのは、こんなワイバーンの巣近くの危険地帯に来てはいけない人物である、王女殿下その人だった。


「詳しい話は座ってしましょうか。ちょっと長話になりそうだしね」


そう言いながら王女殿下が指を鳴らすと、近衛騎士の方々がテーブルや椅子などを魔導車から運び、天幕の設営を始めた。呆気にとられた僕は様子を呆然として見ていると、5分もしないうちに準備が整ったようだ。


「外の警備は私の騎士に任せればいいから、ライデルと・・・そこの魔族も入りなさい」

「・・・・・・」


王女殿下はファルメリアさんの首に一瞬視線を向けていたが、特に何を言うことは無かった。どんどん状況が変化して混乱する僕だったが、ファルメリアさんに背中を押されて天幕へと入ると、王女殿下とテーブル越しに対面するように座ることとなった。殿下の座る背後には2人の近衛騎士様が、そして僕の背後にはファルメリアさんが当然のような顔をして控え、話は始まった。


「先ずは、今までわたくしが説明をしなかった目的について語りましょう」

「あ、あの・・・それはボク、私が聞いて大丈夫な内容なのでしょうか?」


殿下の暗い微笑みから、とてつもなく大変な内容を聞かされる雰囲気を察した僕は、不敬にも殿下の目的に巻き込まれまいと予防線を張ろうとした。


「ライデル殿。王族であられる王女殿下の話の最中に口を挟むのは、臣下としてあるまじき行為です。もう少しマナーを身に付けられるがよろしいでしょう」

「???」


王女殿下の背後に控える近衛騎士のカーリーさんが、ひくついた様な表情を浮かべて僕に苦言を呈してきた。これまでの彼女だったら、射殺さんばかりに睨み付けながら怒声をあげていただろうに、あまりにも丁寧な言葉遣いと怯えにも見えるその表情に、どうしたのだろうと怪訝に思ってしまう。


「ふふふ。カーリーの態度に混乱しているようね。彼女は先日のあなたの戦闘を監視していたのよ。そこで見たあなたの戦闘能力の高さに畏怖を抱いたのでしょうね」

「・・・・・・」


王女殿下の言葉に、カーリーさんは何とも言えない居心地の悪そうな表情を浮かべていたが、彼女が何か言うことは無かった。


「そこまでのものではないと思いますが・・・」

「あら、あなた自分が誰を相手にしていたのか分かっていないようね?」


呆れたような表情を浮かべる王女殿下に、僕は首をかしげるしかなかった。相手が誰かと言われても、魔族だったということしか分からないからだ。


「カーリー、教えてあげなさい?」


僕の様子に王女殿下は笑みを溢すと、後ろに控えるカーリーさんに説明を促した。


「はっ!ライデル殿が対峙した相手は魔族の英雄、グラビスであると確認しました!」

「え、英雄!?」


英雄グラビスといえば、魔族で一番の実力者だ。どうりで手強かった訳だ。驚愕する僕の後ろに控えているファルメリアさんからも、息を飲む雰囲気が感じ取れる。間違いなく彼女も驚いているのだろう。


あの襲撃者の異様な戦闘能力の高さに納得していると、王女殿下は再度呆れを含んだ声音で口を開いた。


「どうやら理解していないようね?魔族の英雄は、人族の勇者に匹敵する存在。そんな存在をあなたは左腕の傷一つでくだし、あまつさえ見逃すほどの余裕だった」

「うっ・・・」


そんなところまで見られていたのかと、少し身体を強張らせた。


「心配しなくても責めている訳じゃないわ。むしろ感心しているのよ。あなたのその、他を寄せ付けない、圧倒的なまでの戦闘能力の高さに。しかもまだ、奥の手を隠してその実力なのだからね」


何かを企んでいるような王女殿下の笑みに、僕は何とか話題を変えようと試みる。


「・・・つまり王女殿下は、魔族が侵入してきている事を知ってこの場まで来られたのですか?」

「半分正解ね。確かにわたくしは魔族がこの近辺に侵入したという情報を得たわ。でもこの場に来たのは、ライデルのこれからの行動に関しての助言をしに来た、というのが本来の目的よ」

「助言・・・ですか?」

「順を追って説明しましょう」


そう言うと王女殿下は、自身の本当の目的について語りだした。



 事の始まりは10年前、教会内でデルクニフ様が大神官に就任した頃に遡る。


王女殿下の話では、デルクニフという人物はそれまで目立つような存在ではなく、どちらかというと、その他大勢の神官の一人だったらしい。そんな人物が急に権力を集め、突如として大神官に抜擢されたのは、異例とも言える状況のはずだった。


しかし当時の教会の中枢部は、そんな異例の事態にも関わらず、まるでそれが当然であるかのように受け入れたのだという。ダルム王国としては訝しむ状況ではあったものの、教会の人事に対して干渉することは出来ず、一般的な祝辞を送る程度だった。


状況が変わったのは更に5年後。ダルム王国王城の敷地内に、教会の本殿を建てるという話が持ち上がってからだ。


当然ながら、国家と同等の発言権を持つような教会の本殿を王城敷地内に建設することには、国王陛下を始めとした為政者達は猛反対を示していた。あまりにも教会と密接に関係し過ぎてしまうと、国家の運営に対しても教会の意見が優先されるような事態が危惧されるからだ。


その為、幾度となく話し合いの席が設けられたのだが、結局半年もしないうちに王城敷地内における本殿の建設が認められてしまった。不思議なことに、あれだけ猛反対していた為政者達は、軒並み賛成に回るという状態で。


王女殿下が違和感を感じたのはそんな時。まだ9歳の身の頃の話だった。


その当時の殿下は、毎日の夕食を家族である国王陛下や王妃、王子達と共にしていたらしい。その夕食時の陛下の話が、日毎に教会を擁護する話に変わっていったのだという。それに対して自身の兄である王子達は当初、反発するような姿を見せていたのだが、既に成人していた王子達も話し合いの場に参加すると、段々と陛下と同じ意見に変わっていった。


ただそれだけなら教会に説得されたということで理解できるが、問題は大神官様を神聖視するような発言が多くなって来たことだ。事ある毎に大神官様を「素晴らしい」とか、「彼に任せれば全て上手くいく」などと、盲信しだしたのだ。それはもう、人が変わったように。


家族の変わりように恐怖を覚えた王女殿下は、独自に教会について調べ始めた。まだ幼い子供という年齢と、王女であるという立場を利用し、好奇心で聞いているだけ、興味があるから見てみたいというていを装い教会に潜り込み、10歳の頃に発現したという看破の能力を使って調査したという。



 そして約5年の歳月を費やし、殿下は一つの結論を導き出した。


「大神官デルクニフは雷魔法の使い手よ。能力自体はあなたより数段劣るけどね。問題は、その微弱な雷魔法が人の思考、人格を変える性質を持っているということ」

「・・・・・・」


予想だにしない話を殿下から聞かされ、僕は反応に困ってしまった。話自体も突拍子もないことだと思うし、僕としても雷魔法を使うので、人の人格まで変えてしまうと聞かされ、内心穏やかではいられない。


「その表情・・・信じられない、いえ、信じたくないって顔をしてるわね。まぁ、敬虔な信者でもあり、あなた自身雷魔法が使えるから当然でしょうけどね」

「・・・殿下は最初に、まだ確証が無いと言っていましたが、あのデラベルの街で何かを見たのですか?」


確固たる自信を浮かべる殿下の表情に、あの街で確証に繋がる何かを知ったのではないかと考えた。


「・・・デラベルにある教会。その地下深くに、ある施設があったわ」

「ある施設?」

「戦争捕虜である魔族や、犯罪を犯し、死刑宣告を受けた囚人達の収容施設。そしてそこに残されていた大量の資料・・・そこでは、日常的に人体実験が繰り返されていた事実がわかったのよ」

「っ!!?」


殿下の言葉に、僕は息を飲んだ。つまり、そこで行われていた実験こそが、雷魔法を使用して人の人格を変える行為だったのだろう。


「記録によればデルクニフは30年前から20年間、その施設の管理を任されていた。そしてそこから大神官へ異例の出世・・・既に教会の中枢は彼の操り人形達と見ていいでしょうね。そして、王族を含めた為政者達も・・・」


悔しげな表情を浮かべる王女殿下に対して、僕はおそるおそる口を開いた。


「・・・殿下は、これからどうされるおつもりなのでしょうか?」

「決まってるじゃない?革命を起こすのよ!!」

「っ!?」


王女殿下の瞳は、今まで見たことが無いほどの決意に満ちていた。それはこれから始まるであろう、大波乱を予感させるものだった。

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