第28話 奴隷魔族

 王女殿下と2人っきりの車内では、怒涛のような質問攻めに遭ってしまった。主には僕の雷魔法に関することで、その特性や威力、連続してどの程度使用できるかなどを事細かに説明させられた。


ただ、正直に言って自分の雷魔法をそこまで詳細に把握している訳ではないので、僕の説明は具体性を欠いた抽象的なものが多くなってしまった。そんな僕の返答に、殿下は多少の不機嫌さを醸し出しつつも、大筋では納得した様子だった。


殿下が一番真剣な表情で聞いてきたのが、雷魔法の影響で他人の思考を変えてしまうような後遺症が発生する可能性というものだった。ただ、人に対して使用した経験が無かったことから、それについては分からないと返答するしかなく、そもそも雷魔法で思考が変わるなんて信じられないが、何でそんな質問をしてくるのだろうと不思議に思って聞いてみるも、「単なる興味本位です」と、すげなく躱されてしまった。


また、僕の装備についてだが、鞘から取り出した短剣を真剣な表情で眺めていた殿下は、不意に小さくため息を吐くと、「田舎の子供が持つ装備なら、この程度よね・・・」と言われてしまった。すると、殿下の側に立て掛けられている純白の鞘に納められた剣を僕に差し出してきた。


「・・・あの、殿下・・・これは?」

「早く受け取りなさい。女性の私が持つには少々重いものなのよ」

「は、はい!」


殿下の言葉に、僕は素早く両手で剣を受けとると、まじまじと確認した。よく見ると鞘には銀を使った精緻な模様が刻まれており、その芸術性の高さも相まって、相当な値段の業物だろうということが伺える。


「抜いてみなさい」

「これは・・・」


殿下に言われるままに鞘から刀身を覗かせると、収まっている刃自体も純白で、一筋の水色の線が走っていた。その美しさもさることながら、最大の特徴は刃が潰されているということだ。言ってみれば真剣ではなく、模擬刀のようだった。いったいこの剣は何なのかという説明を求める僕の視線に、殿下は表情を変えることなく口を開いた。


「これはあなたの為に作らせた、あなた専用の剣です」

「せ、専用?」


言葉の意味が理解できなかった僕は、そのまま聞き返してしまう。


「この剣の刀身には、ある魔物の魔石を加工したものを使用しているのよ。素材が魔石の為、そのままでは斬るというよりは打撃を与える程度だけど、最大の特性は、属性魔力を流すことで切れ味を変化させることよ」

「切れ味が・・・変わるのですか?」

「そうよ。伝説に語られるあなたの雷魔法を流せば、この世に斬れないものは無いでしょうね」

「・・・・・・」


あまりの言葉に絶句してしまい、僕はしばらく手に持った剣を眺めることしか出来なかった。


「どう使うかは任せるわ。もしあなたが魔族を相手にした時、殺しに対して躊躇いがあるなら、属性魔力を流さなければ、ただの打撃武器となるのだから」

「・・・・・・」


王女殿下は、まるで僕の心情など全てお見通しといった様子で語っていた。僕に対してどんな感情を抱いているかわからないが、殿下は僕の短剣を返しながら、上半身をこちらに近づけて口を開いた。


「最後に一つ忠告してあげる」

「忠告・・・ですか?」

「自分の周りに近づく者は全て疑いなさい。それが誰であれ、ね」

「そ、それはどういうーーー」


言葉の真意を確認しようとしたところで魔導車が止まり、ドアがノックされた。


『王女殿下、よろしいでしょうか?』

「ええ、ちょうど良かったわ」


女性の近衛騎士様の呼び掛けに王女殿下は返事を返すと、すぐにドアが開かれた。すると騎士様は僕に向かって視線を投げ掛け、魔導車を降りるように指示してきた。殿下から頂いた剣を腰に下げ、仮面を手に持ち、戸惑いながらも言われた通りに魔導車を降りると、そこは大きな建物前だった。


「あの、ここは?」

「ここで同行する者達と合流することになっている。少し待て」


そう言うと騎士様は建物へ入っていき、しばらくすると2人の人物を引き連れて出てきた。一人は軽鎧に身を包む衛兵の方で、無精髭を生やした中年の男性だった。身長は僕より少し低い165センチ位だろうか、短い茶髪をしており、気だるそうな表情を浮かべているのが印象的だ。


そしてもう一人の人物は、衛兵の方よりもう一回り身長が小さく、紫色のショートカットをしている。前髪が長く、うつ向いていることもあり、その表情は伺えない。服装は王城で見たメイドさんの様な格好をしているが、胸の部分を隠す気がないデザインとなっていて、女性の大きな胸が溢れそうになっている。ただ、そんな事よりも最大の特徴は、頭から生えている2本の黒い角だった。


(・・・魔族!?)


よく見ると、その女性の首には黒い金属のような首輪が装着されており、おそらくはこの人が陛下が仰っていた奴隷の方なのだろう。


「自己紹介を」


冷淡な態度の騎士様が促すと、衛兵の方と魔族の人が僕の前に進み出て挨拶を行った。


「始めまして、勇者候補殿。私は衛兵隊に所属するガブスと言います。今回、救援要請が来ている都市デラベスへの案内と、関係各所との連絡要員として同行しますので、よろしく頼んます」

「お、お願いします」


ガブスさんと名乗った衛兵の方は、気だるそうな表情を隠そうともせず、頭の後ろをかきかながら挨拶をされた。


そしてーーー


「・・・・・・」

「おい、魔族。名乗ったらどうだ?」


下を向いたまま、口を開こうとしなかった魔族の女性に、騎士様が挨拶するように促すと、渋々といった様子で俯いていた顔を上げる。初めてその顔が見てとれた彼女は、整った顔立ちに、紫色の瞳が印象的な美人な方だった。年齢は僕より年上の20代半ば位に思え、長いと思っていた前髪は右側だけ更に長く、右目を完全に隠していた。


「・・・ファルメリア」


名前だけを告げる簡素な挨拶だった。次の瞬間、柔らかな風が僕達の間を吹き抜けていくと、ファルメリアさんの長い前髪が風に靡いた。


「あっ」

「っ!」


彼女の右目は完全に潰れており、痛々しい傷跡につい声が出てしまった。そんな僕に対して、彼女は憎々しげに鋭い視線を向けてくる。女性に対して無神経だったと反省したが、そんな彼女の態度に不満の声をあげたのは騎士様だった。


「おい、奴隷魔族の癖に随分攻撃的な目をするじゃないか。もう一度奴隷としての教育が必要か?」

「・・・申し訳ございません」


騎士様の言葉に恐怖を浮かべたような表情をする彼女は、絞り出すような声で謝罪の言葉を口にした。騎士様はその様子に満足した笑みを浮かべると、僕達の方へ顔を向けて口を開いた。


「聞けっ!お前達3人は陛下からの命令で、魔物の被害に苦しむデラベスの住民を救う任務に従事してもらう!我々近衛騎士と王女殿下も同行することになるが、基本的に手を貸すことは無いと心得ておけ!」

「え~、近衛騎士様が5人も同行してくださっているのに、手助けは無しですかい?」


騎士様の言葉に、ガブスさんが不満げな声をあげるが、その声は本当に不満だと思っているというよりは、どこか演技めいているような気がする。


「ふん!そもそも今回の救援に対しては、そこにいる新たな勇者候補の力試しのようなものだ。我々が手を貸してしまっては意味がなかろう?」

「ははは、そりゃまぁそうですね。勇者候補殿には頑張ってもらいませんとな」


そんな話をしている側で、魔族の女性はひたすらに感情を圧し殺しす様な表情をして僕を見てきていた。その視線は、僕の勇者候補という肩書きに興味があってのものではなく、監視しているようなじっとりとしたものだった。



 こうして5人の女性近衛騎士様と王女殿下、衛兵の男性、魔族の女性と僕を含めた9人で救援要請を送ってきているという都市、デラベスへと改めて出発することになった。ちなみに、改めて僕が乗車したのは王女殿下の乗る魔導車ではなく、本来の同行者であるガブスさんとファルメリアさんと一緒だった。


(・・・何事もなく終わると良いんだけど)


王女殿下の乗っていた魔導車と比べると簡素な車内に座る同乗者の2人を見つめ、手元の仮面を触りながら、これからの旅路に対しての不安を内心で吐露したのだった。

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