第24話 洗礼

 勇者候補をいかにして辞退するか考えているうちに、大神官様から予定通りに洗礼を受ける事になってしまった。この洗礼は、僕がダルム王国における勇者候補に足る人物であるという事を教会として認める為のものだ。


「ではライデル君、こちらへ」

「は、はい」


大神官様に促されるままに、僕は壇上にある女神像の前まで進み出てると、大神官様に対して跪くようにこうべを垂れた。


「思考を空にして、清らかな心で洗礼の言葉を聞くように」

「はい。分かりました」


僕はその言葉に従い、何も考えないようにするために目を瞑った。


『バチッ!』

「っ!!」

「っ!!?」


大神官様の手が僕の頭に触れようとした瞬間、まるで冬に金属に触ると発生する静電気のような、ビリッとした衝撃がきた。今は初夏ということもあり、本来はあまり静電気など発生し難いということもあったので、僕は驚きのあまり目を見開いて大神官様の方を見ると、右の手の平を見つめながら、大神官様自身も驚いている様子だった。


「・・失礼。私は元々静電気が溜まりやすい体質のようでね、たまにあるのだよ。痛かったかね?」

「いえ、少し驚いたくらいで・・・」

「・・・そうか。なら、このまま続けようか」


大神官様はそう言いながら衣服を正すと、再度僕の頭に向かって手を差し伸べてきたので、僕も改めて視線を下げ、何も考えないように努めた。すると今度は静電気が発生することもなく、僕の頭に手を置いた大神官様が洗礼の言葉を口にする。


「ライデルよ、母と子と女神アヴァンダンティアの御名によりて、我、汝にその祝福を授ける。願わくば、女神様より見出されたその力によりて、人族を救い給え」

「・・・・・・」


大神官様の言葉に、僕は跪いたまま胸の前で両手を組むと、深く祈りを捧げた。


そうして緊張感に包まれた洗礼が終わると、勇者候補を辞退したいと発言するタイミングを逸したまま、第三王子殿下とは別の神殿騎士様に促され、神殿をあとにした。




 ライデルが神殿をあとにすると、大神官であるフェルドラーは礼拝堂に残った2人の王子殿下に向き合った。


「さて、少し良いだろうか?」

「勿論ですよ、大神官様」

「あのライデルの件ですね?」


フェルドラーの言葉に、爽やかな笑みを浮かべながら返答したのは第2王子のセルシュで、第3王子は鋭い視線で話の内容を推測した。


「ふむ。確認したいのは2つだ。一つはローデル君の言う通り、先のライデルという少年についてだ」


フェルドラーにローデルと名前を呼ばれた第3王子は、少し嬉しそうな表情を浮かべながら、続く言葉に注意を向けた。


「そしてもう一つは、君達の妹君であるサーシャ嬢についてのことだ」

「サーシャの事ですか?」


自分の妹でもあるサーシャの名前が上がったことに疑問を浮かべたセルシュだったが、フェルドラーが話さんとしていることに気が付いたローデルは、得意げな表情をして口を開いた。


「妹が申し訳ありません。あれは来年成人を迎える身であるため、今は王族としての勉強中でございまして・・・中々神殿に足を運ぶ時間が無いようです」

「あぁ、そのことか!確かにあいつは最近、部屋にこもって何か勉強をしているようだったな。我がダルム王家にとっては唯一の王女だ。しっかりとした教養と所作を身に着けて、我が国にとって最も益になる相手に嫁いでもらわねば!」


ローデルの言葉に、思い出したとばかりにセルシュが話す。そんな2人の話に、フェルドラーは柔和な笑みを浮かべて口を開いた。


「彼女の嫁ぎ先なのだが、私も色々と心配していてね。成人前であの美貌だ。それに魔法の才能も実力も申し分ない。下手な家に嫁がせるのは国の損失だよ」

「大神官様にそこまで心配していただけているとは、妹も感激の至りでしょう!」


フェルドラーの言葉に、セルシュは感激した表情を浮かべていた。それはローデルも同様で、続く彼の言葉をじっと待っているようだった。


「そこで、だ。どうだろう、サーシャは私が貰い受けようではないか」

「おぉ!大神官様であるフェルドラー様であれば、王家としても否はありますまい!」

「ええ、ダルム王国に益々の繁栄が約束されるでしょう!では、そのお言葉を父上に奏上しても?」


2人の王子は、フェルドラーの申し出に大袈裟に喜びを表現していた。その様子にフェルドラーは満足した表情を浮かべ、更に言葉を続ける。


「ああ、国王陛下によろしく伝えて欲しい。これでダルム王国と教会の信頼関係は、かつてないほど強固なものになると」

「分かりました!」


セルシュの返答で、ダルム王国の王女であるサーシャの未来は、ほぼ決まったのだった。



「ところでライデルの件なのだがね、村での詳細を報告してくれるかい?」

「はっ!」


 フェルドラーの言葉に、ローデルは真剣な表情をしながら右手を開いて胸に当て、最上級の敬礼でもって返事を行い、村で起こった一部始終と収集したライデルに関する情報の報告を行う。


「先ず、神殿騎士ミゲルと行わせた模擬戦ですが、奴は現時点でミゲルを圧倒するほどの実力を有しておりました。動体視力、業況判断、反射神経、身体能力のどれもが高い水準で保有しておりました」

「なんと!平民の癖に、いったいどのようにしてそれまでの力を!?」


ローデルの報告に、驚きを露にしたのはセルシュだった。辺境の田舎の者達は、魔物との遭遇が王都よりも格段に多いということもあり、身を守るためにある程度の力を身に付けても不思議ではないが、それでも正規の訓練や教育を受けた軍人や騎士よりも実力が付くなど考えられない。


何故なら、辺境の平民達は主に農作業を生業にして、採れた作物を国に税として納めるのが仕事だ。狩りや魔物の駆除を行うこともあるだろうが、一日の内の大半の時間はそういった農作業の仕事に従事しているため、鍛練をするなどという時間は取れないはずだからだ。


「村長や村人からの話では、奴は幼い頃に父親を戦争で亡くし、母親も病弱だった為、生活費を稼ぐために村周辺の動物を狩って生計を立てていたとのことです」

「ふむ、そこまでは辺境でよくある話だろ?神殿騎士を圧倒する実力をどうやって得たのだ?」


結論を急かすよなセルシュの言葉に、ローデルは一瞬不快な表情を浮かべるも、報告を続ける。


「奴が急に実力を付けたのは8歳の頃のようで、単独で魔物の成体を討伐したことがあったそうですが、その際に村人が奴の実力について聞くと、これまでの身体強化とは全く異なる方法を見つけたと言ったようです。ちなみに魔法の才能は全く無く、発動しようとして暴発した事があるとか」

「ほぅ・・・魔法に才能は無いですか。豊富な魔力も宝の持ち腐れですね。しかし、全く異なる身体強化方法・・・興味深いですね」


フェルドラーは顎に手を当てると、ローデルの報告に興味を示した。現在の魔力による身体強化は、先人達が長い年月を掛けて最も効率的な方法を編み出したものだ。それを僅か8歳の子供が改良したともなれば、その才能に興味を抱かないわけがなかった。


「一応どのようなものか、奴は村人にも説明していたのですが、誰も再現できたものは居ないらしく・・・通常の身体に魔力を纏うやり方ではなく、肉体に魔力を浸透させるというものらしいのですが、申し訳ありません。我々にも原理がよく分かりませんでした」

「肉体に浸透させる?どうやるのだ?」

「奴が村人にした説明では、例えば土に水を撒いて染み込ませるようなものだと」

「う~ん・・・」


ローデルの報告に、セルシュは実際に出来ないか試しているが、いつも通りの身体強化しか出来ていなかった。その様子を見ていたフェルドラーは、眉間にシワを寄せていた。


「ふむ。我が国が推す勇者候補たるセルシュでも再現が難しいか・・・」

「う~む。理屈は理解できるのだが、魔力が肉体に浸透などするのだろうか?反発するような手応えしかないな・・・」

「同行した神殿騎士達も試みましたが、同じ感想です。出来る気がしないと・・・」


3人は難しい表情を浮かべながら顔を見合わせていたが、しばらくして埒が明かないとなったのだろう、フェルドラーが「研究部門に調べさせることにしよう」と発言し、別の話題に移っていった。


 

「さて、ダルム王国としては勇者候補としてセルシュを推すことは決定事項だが、彼の扱いはどうしたものか・・・」


 本来国政に関わる立場にない教会に所属しているフェルドラーは、さも当然のようにそう口にすると、2人の王子達は少し考える素振りを見せつつ、先ずローデルが口を開いた。


「使える実力があるならば、活用すれば良いのではないでしょうか?平民ですから、使い潰すつもりでこき使えば良いでしょう」

「それもそうだな。平民は言ってみれば王族の所有物なのだから、どう使おうと喜んで働くだろう」


ライデルの活用方法について話す2人の王子に対して、フェルドラーは全く別の意見だった。


「ふむ。しかし活用した結果、民衆に人気が出てしまうのは問題ですね」

「人気ですか?そんな事ありえないでしょう?」


フェルドラーの言葉に疑問を投げ掛けたのは、セルシュだった。


「民衆とは単純なものです。自身と同じ平民の活躍する姿を見れば、自然と応援したくなるというもの。そうなれば、彼を御幡みはたに良からぬ動きを企もうとする輩も出てくるかもしれない」

「むぅ・・・民衆とはそれほどまでに愚かなのですか?」

「だからこそ、我々が正しく導かねばならないのです」

「さすがは大神官であるフェルドラー様です!」


フェルドラーとセルシュのやり取りに、ローデルは声を大にして大神官を絶賛する声をあげた。その言葉に気を良くしたフェルドラーは、ある提案を話した。


「ライデルの活用方法だが、少し私に考えがある」


フェルドラーからの提案を聞いた2人の王子は、その準備に取りかかるために動き出したのだった。

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