第9話 近づく心

 そうして、ちょうどお昼の時間にもなったことで、休憩と併せて食事をすることにした。この森に自生しているキノコや野草なんかの場所は、自分の家の庭のように把握しているので、素早く食材を採ってこようと考えた。


「リーア、ちょっと食材を採ってくるから、ここで待っててね?」

「食材を?ライデル、あなた料理出来るの?」


僕が料理できることに驚くリーアに、僕は笑みを浮かべた。


「出来るの?って、今までも僕の料理を食べてたじゃないか?」

「・・・私てっきり、あなたのお母さんが作っているのだと思ってたわ」

「体調が良いときは母さんも作るけど、基本的には僕が作ってるかな」


リーアには僕の部屋から出ないようにしてもらっているし、料理についても出来上がったものを運んでいるだけなので、誰が料理していたのかを知るよしもなかったのだろう。

意外そうな表情で見つめてくるリーアを残し、僕は森の中へと入っていく。食材が自生している場所は分かっているので、ものの数分で両手一杯のキノコと野草、山菜、そして少しの果物を抱えてリーアの待つ場所に戻った。


「・・・凄い。ちょっと探しただけでこんなに食材があるなんて、この森は豊かなのね」

「この成果は、単に場所を把握しているからだよ。知識も経験もない人が探しても、きっと見つからない。僕も最初はそうだったからね!」

「へぇ~、そういうものなのね」


リーアは感心したように、採ってきた食材と僕を交互に見ながら頷いていた。

そして、彼女はニヤリと笑みを浮かべながら、僕に提案してきた。


「ねぇ、私も食材を獲ってきてもいい?」

「良いけど、そんなに食べるの?」


既にそこそこの量があったので確認するように問いかけると、彼女は指を振りながら口を開いた。


「違うわよ!せっかくなら、お肉も食べたいでしょ?」

「今から獲物を探すの?ちょっと時間が掛かっちゃうよ?」

「ふん!なに言ってるの!私の魔法にかかれば探敵なんてすぐよ!見てなさい・・・」


そう言うとリーアはワンドを胸の前に構え、意識を集中するように目を閉じて魔法を発動した。


「・・・探風さくふう!」


リーアが魔法名を口にすると、彼女の持つワンドの魔石が緑色に輝き、彼女を中心として優しい風が周辺を流れていった。

数十秒ほどすると、彼女はカッと目を見開いて、上空へ向けて魔法を放った。


風刃ふうじん!」


リーアが放った魔法の軌道を目で追っていくと、そこには4羽程の群れで飛んでいるホロホロ鳥がいた。その群れに向かってリーアの風魔法が殺到し、あっと言う間に3羽に命中して落下してくる様子が見えた。


「あっ!一羽仕留め損なったわ!もう一度!」

「待って!リーア!」


リーアは魔法が外れてしまった残りの一羽も捕らえようとしていたので、僕は待ったを掛けた。


「何よ?どうしたの?」


急に魔法を止められた彼女は、訝しげな表情をしながら僕の方を見てきた。


「これ以上は食べきれないから、もう捕らえなくてもいいよ?」

「何言ってるのよライデル?食料は沢山あった方が良いし、魔物なんだから殺した方が良いでしょ?」

「確かにあの子達は魔物だし、僕達もあの子達の命を貰わないと生きていけない。けど、魔物でも一つの命であることには変わりないんだ。だから、必要以上に命を殺めるのは止めておこう」


そんな僕の言葉に、リーアは目を丸くしていた。


「・・・ライデル。あなた魔物にも優しくしてたら、生きていけないわよ?」

「ははは、大丈夫だよ。生きる上で必要以上に命を刈り取らないってだけで、必要な時に躊躇うことはないよ」

「ふ~ん、まぁいいけど。随分な自信ね?」


リーアは納得したようなしてないような微妙な表情を浮かべて、それ以上は何も言ってこなかった。

そんな彼女に僕は苦笑いを返しながら、彼女が仕留めた魔物を回収に向かった。



 遠目から確認していた落下地点には、50センチ程の体長のホロホロ鳥が3羽、首や羽を切り裂かれるようにして落ちていた。

落下の衝撃もあるだろうが、既に息は無く、周辺には血溜まりが出来ている。僕はそんなホロホロ鳥に感謝の祈りを捧げてから持ち運ぶと、リーアは僕の様子に達観したような大きなため息を吐いていた。


焚き火を起こすために、リーアにはその辺に落ちている枯木を集めてもらい、その間に僕は切り株をまな板に見立ててホロホロ鳥を捌き、キノコや野草等の下拵えを行う。

ベルトポーチから塩と胡椒を取り出して、捌いた素材に下味を付け、更に美味しく頂くために、お肉には摘んできた野草を挟み、匂いを消す工夫も欠かさない。


手早く下拵えを終えると、リーアが集めた木々に魔法で着火し、火を起こし終えてくれていた。

僕は早速、拾った枝を細く加工して先を尖らせ、下拵えした各種素材を串刺しにすると、焚き火から若干離して、遠火から素材を炙るように地面に突き刺して固定した。

すると、リーアが疑問に思ったようで質問してきた。


「ねぇ、ライデル?もっと火に近づけた方が、早く食べられるんじゃない?」

「直火で焼いちゃうと表面だけ焼けて、中は生のままになっちゃうから、こうやって遠火で焼いていくんだよ?」

「へぇ~、そうだったの!私が料理すると表面は焦げてるのに、中が生焼けなのはどうしてだったのか疑問に思ってたんだけど、謎が解けたわ!」


リーアの反応から、彼女は料理が苦手なのだろうという事が窺えた。

両親を無くしているという事と、弟さんのこともあり、色々と頑張っている事を聞いているので、料理も教えてあげた方が良いのかなと彼女の様子から考えた。


 しばらく焼き上げていくと、次第にお肉から脂が滴り落ち、いい匂いが辺りに漂ってきた。

リーアはお肉の焼き上がりに集中しているようで、一点を凝視するように、お肉ばかりを見つめていた。余程お肉が好きなのだろう、彼女の表情は待ちきれないとばかりに期待に満ちていた。


そして、焼き上がり具合を確認して、「もう食べて大丈夫だよ」と伝えると、リーアは待ってましたとばかりにお肉の串を地面から素早く引き抜いて、そのまま大口を開けてお肉を頬張った。


「・・・っ!!美味しっ!!」

「ほんと?良かった!」


リーアは先ず一口食べると、目を見開いて驚き、味わうようにゆっくりと咀嚼して飲み込む。そして、満面の笑みで料理の出来を誉めてくれた。

その笑顔を見ていると、僕も何だか嬉しくなった。やっぱりこうして自分の作った料理を食べてくれた人が喜んでくれると、作り甲斐があるというものだ。


彼女につられて僕もお肉を一口頬張ると、絶妙な焼き色が付いている鶏皮はパリパリとした食感をしており、その下のお肉からは肉汁が溢れ出し、濃厚な旨味が口の中一杯に広がった。下味がしっかり付いていて臭みもなく、一緒に挟んだ野草が脂のしつこさを程よく中和してくれていて、いくらでも食べれそうな程美味しく仕上がっている。


「うん、上手に出来てる」


自分で自分の料理を自画自賛すると、リーアが興奮気味に話しかけてきた。


「凄いわライデル!あなた本当に料理上手なのね!簡単にパパッて調理してたのに、こんなに美味しく出来上がるなんて驚きよ!」


リーアの率直な賛辞に照れつつも、素直に嬉しかった僕は、先程の自分の考えを彼女に伝えた。


「ありがとう。良かったら、時間がある時に料理も教えようか?」

「本当!是非お願いするわ!こんなに美味しく出来るなら弟も喜ぶわ!」


僕の申し出に彼女は手を上げて喜んでくれた。彼女には母さんと同じように病弱な弟さんがいると言うことなので、体調を崩したときに精のつく料理とかを中心に教えた方がいいかなと、どんな料理を教えようか今から悩んでしまった。



 美味しい食事は会話を弾ませるようで、リーアはお肉やキノコ等を食べながら、ポツリポツリと自分についての境遇を語ってくれた。

5歳の頃に戦争で両親を亡くした事や、その後に叔父さんの元に引き取られ、厳しい魔法の修行を行っていること。亡くなった両親を今も尊敬していること、そして弟さんを溺愛していること等々だ。

僕も自分の事を色々とリーアに伝えた。母さんに感謝している事や、村での暮らし、友人のこと等々だ。

更に笑い話として、僕が討伐した魔物の素材を行商人に売ったら、代金をぼったくられてしまった話もした。


話を聞いたリーアはその行商人に憤慨してくれたが、結局村の人達が僕に代わって行商人を吊し上げ、差額分をキッチリ回収してくれたところまで話すと、「あなたの人柄が周りを動かしたのね」と、感心した表情で納得していた。


 そんな会話の中でリーアの事を身近に感じたのは、やはり病弱な弟さんの存在だった。

僕の母さんもあまり自由に外に出ることが叶わないし、季節の変わり目にはどうしても体調を崩してしまう。それは彼女の弟さんも同じようで、看病の苦労話だったり、体調が回復したときの安堵感だったり、大切な人から笑顔を向けられることの喜びだったりを共感することができ、少しだけ彼女との距離が縮まったような気がした。



 しばらくして食事を終え、魔法と剣技の鍛練を再開をすることにした。

魔力を浸透させることによる身体強化には時間が掛かると考え、先ずは基本的な剣技を教えることにする。


僕の短剣をリーアに貸して、剣の握り方や腕の振り方、足捌きや体捌き、視線に至るまで細かく伝えていくと、苦手と言っていたのが嘘のように僕の教えることをどんどんと彼女は吸収していった。

おそらくリーアは、身体強化が苦手だったために、剣技の教えを後回しにされて魔法を教えられているのではないかと思えるほどだった。


対して僕の雷魔法も手探りではあるが、段々と威力や命中率などの精密な制御が出来るようになっていき、リーアも僕の魔法の上達速度に目を剥いて驚くほどだった。


お互いがお互いの教えたことを同じような速度で吸収していくことがなんだか楽しくて、鍛練であるにもかかわらず、僕らは笑顔で教え合っていった。

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