第6話 魔法講義
それから僕達は森の深層へ向かうにあたって、互いの実力を確認することにした。
リーアは単独で大陸を渡ってこれるだけあって、かなりの実力を有しているらしい。さすが魔族だなと感心してしまうが、その実力も魔族の13歳にしては、という前提が付くようだ。
対して僕もこの村の中で13歳にしてはそれなりの実力者ではあるだろうが、広い世界の中から見れば、別段飛び抜けているという訳ではないだろう。
そうして話し合った結果、今の僕達の実力でグリフォンの群れに挑むのは自殺行為というのが共通した認識だった。そして更に話し合いを重ねていく中で、少しでも可能性を上げようと、リーアから提案があった。
「私は魔族だから魔法の扱いには長けているわ。でも、接近戦は苦手。逆にライデルは剣技による接近戦が得意だけど、魔法が苦手。2人でお互いの短所を補えればそれなりに戦えるでしょうけど、どんな不測の事態が起こらないとも限らない」
「それは確かにリーアの言う通りだね」
「うん。そこで、私が魔法をライデルに。ライデルが剣技を私に教え合って、お互いの実力を少しでも底上げするのはどう?」
彼女は名案でしょ、といった様子でニヤリと笑いながら僕に提案してきた。
僕としても、空を飛ぶグリフォン相手に遠距離攻撃手段がないのは心許なかったので、彼女の提案に否は無かった。
ただーーー
「リーア、魔法も剣技も一朝一夕で身に付くものじゃないと思うんだ。君の弟さんの事を考えると、それほど時間を掛けられない」
僕の指摘に、彼女は不敵な笑みを返してきた。
「ふん!私を誰だと思ってるの?両親を亡くしてから3年、魔族にその人ありと言われた英雄の叔父さんの元で修行してるのよ?剣技なんてすぐに習得してみせるから、ライデルは私の足を引っ張らないか心配してなさい!」
自信満々で小さな胸を張る彼女に、僕は乾いた笑いを返すことしか出来なかった。
実際の鍛練は森の中で行うことにした。家の中では当然無理だし、庭でやるのも近所の目があってまずい。そこで僕はリーアをまたカゴの中に入れて、彼女の姿を見られないように気を付けて森に出入りすることにした。
村の人達には、冬に向けて薬草を集めないといけないからと言っておけば、誰も不審がることはないだろう。唯一の心配があるとすれば、母さんと2人の友人だった。
「あれ~、ライデル?また薬草取りに行くの?大変だね!」
「えっ?今日も行くの?頑張り過ぎると、そのうち倒れちゃうわよ?」
リーアを隠したカゴを背負って家を出ると、懸念していた2人の友人から声をかけられた。
「ははは、心配してくれてありがとう。フランク!ラナ!」
フランクとラナは僕と同い年で、時間があるとよく一緒に遊んでいる仲だ。
フランクは短い金髪をしていて、僕よりも結構背が高く、整った顔立ちから、年の近い村の女の子からは憧れの存在として見られている。
ラナは背中まで伸びる金髪を三編みに纏めていて、僕より少し背が低い。彼女の人形の様に整った顔立ちは、年の近い村の男の子から憧れの存在として見られている。
そんな2人は、この村では双子の美少年・美少女として有名だった。
「俺も薬草取るの手伝ってあげたいけど、父さんから森の中層には行くなって言われてるし・・・ライデルの足手まといにもなりたくないし、ゴメンな!」
「ほんと、お兄ちゃんがライデルの足元くらいの実力があれば手伝えてあげたのに~!ゴメンね、ライデル?」
申し訳なさそうにするフランクに、ラナは見下したような視線を自分のお兄さんに向けながらそんなことを言っている。
「なぁ、ラナ?気のせいかなぁ、俺を馬鹿にしてるんじゃないか?」
「え~、私は事実を言っただけだよ?何か間違ったこと言っちゃった?」
「・・・くぅ!確かに、全て本当の事じゃん!」
ラナの言葉に、額に手を当てて嘆くフランク。2人のいつものやり取りに顔を綻ばせていると、カゴの中から僕の背中をツンツンと刺激された。どうやらリーアが焦れったくなって、早く森へ行くように急かしているようだ。
「じゃ、じゃあ僕は行くね?夕方までに帰ってこないと、母さんが心配するし」
「あ、うん、忙しいのにゴメン!気を付けろよ~?」
「ライデルなら大丈夫だと思うけど、気を付けてね!」
「ありがとう。行ってくるね!」
笑顔で見送る2人に手を振りながら、僕は村をあとにして森へと向かった。
森の表層を少し進んだ所にある開けた場所に到着した僕は、背負っていたカゴを降ろした。
この場所は、僕がよく剣技の鍛練に使っている場所で、周辺に生えていた木々は試し斬りと称して斬り倒し、家で使う薪に姿を変えている。
カゴから出たリーアは、大きく伸びをして固まってしまった身体をほぐしているようだった。
「ライデルは村の人達からとても慕われているのね?」
身体をほぐし終えたリーアが、感心したような表情でそんなことを言ってきた。
「そうかな?でも、村の皆には良くしてもらっているよ?」
「村を出るまでに、大人も子供も合わせて何十人もの人達があなたに話し掛けてきた時は驚いたわ!まぁ、私のような魔族でも困ってると助けるんだから、その優しさにみんな惹き付けられるんでしょうね」
「えぇ、そんなこと初めて言われたよ!でも、そうなら嬉しいな」
そんな他愛ない話をしながら、僕も少し身体をほぐした。彼女の装備はだいぶ痛んでしまっていたので、僕の予備の革の胸当てを着て貰っている。
服も破れてしまっていたので、僕の服をあげていた。幸い体格にそれほど違いがなかったので、背中の翼の部分を加工するくらいで着ることができた。
「よ~し!ライデルには色々お世話になったから、先ずは私が魔法を教えるわね!」
「ありがとう!今まで魔法を習う機会もなかったから助かるよ!」
「それで、ライデルはどんな属性魔法が使えるの?」
彼女の質問に僕は首を傾げて聞き返した。
「・・・属性って何があるの?」
「えっ!?ちょっと待ってライデル!あなた魔法は使えるのよね?」
僕の質問に、彼女は信じられないといった表情をして、確認するように問い掛けてきた。
「実は、前に一度だけ・・・教えてもらった時に試してみたら暴発しちゃって・・・それからは身体強化しか使ってないんだ」
「暴発って・・・あなた、どれだけ魔力を注ぎ込んだのよ!良い?魔法の発動は自分の制御出来る魔力量で行うのが基本よ!?」
「そうなんだ・・・。教えてくれたおじさんが、とにかく最初は目一杯魔力を込めてみろって言ったから・・・」
彼女は僕の言葉に大きなため息を吐いて
「なら、先ずは魔法の基礎を教えてあげる!実践するのはそれからよ!」
「ごめんね。ありがとう」
「別に謝らなくて良いわ!これは私の目的の為にも必要なことなんだから!じゃあまず、魔法の属性からね!」
彼女はそう前置きして、魔法についてのいろんな知識を僕に教えてくれた。
魔法の属性は、全部で6種類あるのだという。
具体的には、火・水・風・土の基本4属性と、癒しの力を持つ聖属性、そして超常的な破壊力を持つ雷属性の特異2属性に分類されているということだった。
特に、聖属性を扱える者は千人に一人存在するかという希少性で、雷属性に至っては、今では伝説の属性とされているらしい。
何故なら、数千年前にいたある一人の魔王以外にこの属性の適正を持つものは現れておらず、魔族の間では雷属性を扱えられれば、次の魔王になれるなんていう話が巷で囁かれているほどなのだという。
当然、政治手腕も知識もない人物が一国の王たる魔王になれるわけがないのだが、誰も適正を持つ者が現れない事で、国を盛り上げる為の与太話のようなものとして、いつの間にか定着したらしい。
ちなみに魔界には4つの国があり、それぞれの国に王である魔王がいる。
今の話はリーアが住むその内の一つの国の話なので、他の国については分からないという事だった。
魔法には威力や規模により階級が設けられていて、下級・中級・上級・特級・聖級の5つに大別されているようだ。
下級は日常生活に役立つ程度の威力で、中級で単体の獲物の狩猟に、上級になると複数の対象に影響を及ぼし、特級では地形を変えてしまうほどの威力を、聖級に至っては一つの都市を危機に陥れるほどの威力があるのだという。
魔族は誰でも基本4属性を扱うことが出来るが、聖級まで極められるのは一つの属性が限界で、2つ極められれば天才、それ以上極められれば大魔導師として歴史に名前が残る存在になれるそうだ。
言ってみれば、4属性を扱える事は出来ても、それぞれに得意不得意があるということらしい。
また、魔法の発動の補助媒体としてワンドを使用することも多いのだという。
それは、魔物から採れる魔石を球状に加工し、魔力の通りやすいトレントの枝に取り付けた杖で、魔法発動の際の魔力消費を抑えてくれたり、威力の向上が望める物らしい。
リーアの持つワンドを見せてもらったが、想像より小さめのワンドの先端に、拳より少し小さい透明な魔石が取り付けられていた。
これに魔力を流すと、変化させた魔法属性に従った色の輝きを放つらしい。
ちなみにリーアは風と土の属性が得意らしく、どちらも既に上級まで修めているが、火と水については下級らしく、目下鍛練中なのだという。
「とりあえずこれが魔法の基礎的な知識よ。正直、人間がどう魔法について考え、どう鍛練しているのかは知らないけど、基本的には一緒のはず。あとは実際にやってみて、指摘する部分があれば言うから、とりあえずやってみましょう!」
彼女の指示に、僕は首を傾げながら質問をした。
「・・・えっと、呪文の詠唱とか教えてくれないの?」
「はぁ?呪文なんて必要ないでしょ?頭にイメージしたことを実現すればいいだけなんだから!」
僕の質問に、彼女は呆れた表情でそう答えた。
「そうなんだ。村の人が魔法を使う際には、みんな呪文を唱えてたから、そういうものだと思ってたよ」
「ふ~ん。魔族と人族とで発動方法に違いがあるのかな?でも、基本的に魔力を性質変化して魔法として放つことには違いないんだけどなぁ・・・」
「そうだよね。魔族でも人族でも、使うのは同じ魔力だもんね」
するとリーアは気を取り直して、最初は彼女が見本を見せてくれるということになった。
「じゃあ、私が見本を見せるから、続いて真似してみてよ?あっ、魔力は少な目にね?」
僕の失敗談を思い出したのだろう、彼女は付け足すようにそう忠告した。
そして、魔法が見えやすいように僕に近寄って、手のひらを上にして胸の辺りの高さで差し出してきた。
「風よ!」
「っ!」
彼女が魔法名を唱えると、差し出された手のひらの上に小さな風が渦となって発生した。それはさながら小型の竜巻のようだった。
「良い?魔法名を叫ぶのは、味方に誤射しないよう、自分が放つ魔法を周知させるためのものでもあるから、集団戦ではちゃんと魔法名を叫ぶのよ?」
「なるほど!分かったよ!」
確かに、戦闘中にいきなり横合いから魔法が飛んできたら驚いてしまうので、彼女の説明に納得して頷いた。
「さぁ、目の前に実物があるからイメージし易いでしょ?あなたもやってみて?」
「う、うん。分かった」
僕は彼女の言葉通りに小さな竜巻を目に焼き付け、しっかりと脳内でイメージしながら自分の手のひらをじっと見つめて集中した。
「・・・風よ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・失敗?」
僕はじっと手のひらを観察していたが、竜巻どころかそよ風すらも吹かなかった。
そんな様子に、彼女はポツリと落胆するように呟いた。
「やっぱり人族は呪文を詠唱する必要があるのかな?」
失敗した原因を推察する僕に、リーアは別の可能性を口にした。
「う~ん・・・でも、見た感じではちゃんと魔力の流れがあったし、可能性としてはライデルに風魔法の適正が無いって感じね」
「そ、そうなんだ。残念・・・」
「ちなみに、初めて魔法を発動して暴発したのって、何の属性だったの?」
彼女の質問に僕は過去を思い出すため、視線を宙に彷徨わせながらその情景を思い浮かべる。
「え~と、何だったかな・・・確かあの時は大雨が降っていて、木の下で雨宿りしてたところに村のおじさんも来て、暇潰しに魔法の話しになって・・・それで、寒くなってきたからって火の魔法を発動しようとした気がするよ」
「・・・雨宿りの暇潰しに魔法を初めて発動しようとするなんて・・・もう少し魔法に対して思い入れがあってもいいんじゃない?」
彼女の呆れたような口調に、僕は苦笑いを返すしかなかった。
本格的に魔法を教わったわけでもなく、ただの暇潰しだったということが彼女には受け入れがたい事だったようだ。
「じゃあ、火魔法を試してみましょう。前回暴発したんなら、今回は慎重にね?」
「わ、分かった。気を付けるよ」
「火魔法は下級しか使えないけど、一応見本を見せるわね。・・・火よ!」
彼女はそう言うと手のひらの小さな竜巻を消し去り、今度は人差し指を立てて魔法名を唱えると、その指先に小さな火が灯った。
それを見て、僕も自分の人差し指を立てて意識を集中する。
「よ、よし!イメージして・・・集中・・・集中・・・火よ!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・火にも適正が無いように感じるわね・・・」
長い沈黙のあと、リーアは何だか居たたまれないような表情で僕の指先を見ながら呟いた。
「おかしいな・・・前は暴発したけど、発動しなかった訳じゃないのに・・・何が違うんだろ?」
前と違って発動すらしなかった魔法に頭を傾げて考え込むが、魔法に対しての知識が少ない僕にはその原因がまるで分からなかった。
リーアも原因を必死に考えてくれているようで、顎に手を当てながら目を閉じて考え込んでいた。
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