祝福捧げる無垢なる創造者

針機狼

プロローグ

 瑠璃色の星が一際輝く夜の空。


 一面に広がる海の中から、瞳を覗かせてそれを見ていた。


 最早朽ちるのを待つだけの無力な己を嘲笑いながら、そして死にたくないと足掻くこともせずに、只々美しいという始めて抱いた感情を確かめる為だけに無益な時を過ごす。


 本来その行為は、己には許されて居なかった行為だ。


 感情を抱くことは許されなかった筈だった。


 だけど、今は。今だけはそれが許されている。


 己の主が長き眠りに付き、同胞とも交信が途絶え、そして何より終わりの時を待つだけの今だからこそ、誰にもこの時間を邪魔するものは居ないのだ。


 だからこそ己は幸せな最後を迎えれる筈。そう思い込むのも後、どれだけの時が残っているのだろう。


 そう考えただけで、自然と瞳から体液が零れた。


 我々が元居た場所で生きる原生生物は確かこれを涙と言ったのだったか。


 しかし、なぜ涙を流しているのだろう。痛みは感じない筈なのに。


 感情と言うものを理解し始めたばかりの己には、きっと分からない事なのだろう。これを理解するにはまだ時間が足りない。


 せめて、あと少し。ほんの少しだけで良いから時間さえ在れば。理解出来たのだろうか。


 そんな考えばかりを、何日も繰り返す。


 だがそれすらも、もうする必要が無いのかもしれない。


 なんたって、肉体の半分が既に機能を停止している。残りの魔力も殆どを最低限の生命活動に回している為、僅かに生きながらえているが、だがそれもいつまで持つことか。


 後は死を待つのみ。そう考えただけで、考えてしまっただけで、涙が溢れる。


 己は一体何を為したのであろうか。そう思い振り返るが、振り返っても思い起こす程の事は何も為して居ない。


 己が、我が愛しき主より産み落とされてから今まで、何一つとして大事を為して居ないのだ。


 精々、主より託された力を奴らに奪われぬ様にした程度。だが、己が此処で朽ちてしまってはその力も無に返ってしまう。


 せめて、何者かに託す事が出来れば、己が生きた意味を獲得出来たのかもしれないがそれも、最早望めぬ事なのだろう。


 なにせ、此処には己以外の生命体が存在しない。上辺だけを書き換えた海に生命体はおらず。同胞の無事も確かめる手すら無い。己の分体を造り出すだけの余力すら最初から無い。


 だからこそ、余計に無力感を感じざる負えない。だからこそ、始めて手に入れた己だけの感情に縋るしか、己には残されて居ないのだ。


 出来ない事は諦めるしか無い。生きる為に足掻く事も、己に存在価値を付加させることも。


 そう思っていた。そう考えるしか出来ないかった。この日までは。


 キラリと空で何かが光った。


 夜空の様に見える偽りの星々の輝き等では無い。今までは見た事も無い、主が深き眠りに付く今ありえる筈が無いその輝き。


 まるで、世界事態が己に答えたかの様なタイミングだった。


 まるで、そうする事こそが世界の願いかの様なタイミングだった。


 そう、まるで、この時の為だけに己が生み出されたかの様なタイミングだった。


 輝きは、まさに狙ったかのように真っ直ぐこちらへ向かって落ちて行く。


 少し、また少しと輝きがこちらに近付いて来る度に、その輝きの正体が輪郭を見せる。


 それは、かつて世界の裏側から見て来た原生生物と同じ形をして居た。


 そして完全に輪郭がはっきりと見える程の高さまで来るとゆっくりと落ちて来た、それは、輝きを失いながら己の頭上まで辿り着く。


 チャポンと音を立て、それが海に浸かる時には完全に速度は死んでおり、朽ちかけの己が身で簡単に受け止める事に成功する。


 星を見ていた瞳を動かして受け止めたそれに目をやると、懐かしさを思い出させる形状の生物がそこに居た。


 人間。確かそう言う種属だった筈だ。しかも今此処にいるこれは恐らく大きさからして、人間の幼体に違いない。


 しかし、なぜこんな世界に、このような生命体が? 無知である同胞ならば、そう思考した事だろう。だが己の知識の中には、今回の現象に関する事象についての知識を主より託され保有している。


「来訪者」呼び起こした知識より出て来た言葉を音として発する。何故この時、態々音に変換して発したのかは、己自身でも良く分からない。だが、そうする必要があると感じた。だから音として発したのだ。


 そして、己が発した音を切っ掛けに、頭上に居る来訪者である人間の幼体は、唸る様な声を上げながら目をさました。

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