アンサンブル

「エッチって、いつする?」


 私が切り出した言葉に、琴音は飲んでいたパックのジュースを軽く噴き出した。


「ゲホっ。……何言ってるの。今はご飯中。それに周りに人いるんだから禁止禁止」

「気になってしまいまして……。ごめん」


 私たちは今、琴音の言った通りご飯タイムを楽しんでいる最中だ。

 しかし。いつもと違うのは、ここが屋上ではなく食堂だと言うこと。

 何せ今は六月中旬。梅雨という雨がザアザアとうるさい季節だった。

 流石に雨に打たれながら食事をするわけにもいかず、仕方なく食堂にいる。


 ちなみに。

 私たちは今や、大学内屈指のいちゃいちゃカップルということで有名だ。

 いや。一応いちゃいちゃする際は人の目を気にしてるんだよ?

 それでもなぜかそういうことになっている。

 そんなわけだから、私たちに近付く人もあまりおらず、楓花と藤崎さん以外の友達ができる気配は永遠に無かった。

 私にとって、それはとてもありがたいことだと思う。琴音と一緒にいられる時間が増える、ということだから。


「はぁ……」


 しかし。その考えも昨日までのもので。

 私は今。存分に悩んでいる状態だった。


「さっきエッチどうとか言ってたのに急に溜息つくね」

「だってぇ……!」


 私は目元をうるうるさせながら、琴音にしがみつく。

 琴音は持っていたおにぎりを自身の隣に置くと、子供を宥める様に私の背中を撫でた。


「さっき言ってたやつ?」


 琴音の身体に顔を埋めながら「うん」と頷く。


「日菜子なら大丈夫! アンサンブルの相手くらい、すぐに見つかるって!」


 琴音は明るい声でそう言い放った。


 そう。アンサンブル。

 午前の講義で『来週からはアンサンブルに入るので、何人かで組んで曲も決めるように』と。

 無慈悲にも、そんなことを淡々と告げられてしまった。

 アンサンブルとは二人以上の音楽。いわゆる三重奏や五重奏とか。

 一人一人が音楽を構成する上での重要な役割を担う演奏形態のことだ。


 なんでそんな講義があるの? 友達がいない人はどうすればいいの? そう思ってしまう。

 いや本当に。前期実技試験のことと言い、この大学はどうやらボッチに優しくない。

 せめて最初からこの人とこの人って、先生が選べばこんなに困ることも無いのに……。

 友達作りが怖くて音楽家なんてやってられるかって話ではあるんだけど……。

 琴音はああ言ってはくれるが、私はどうも人と話すのが苦手なままだ。

 まぁ。楓花と藤崎さんという希望の花もいるわけだから、まだ望みはあるのが唯一の救いではあった。


「私がチューバとして参加しよっか?」


 琴音は優しい声で問うてくれる。

 琴音のその優しさが、私の心に染み入る。


「ありがと……。でも琴音はピアノコースだし……申し訳ないから。ともかくは自分で探してみるね」


 と、私は顔を上げて琴音に笑った。

 こう言えば琴音は安心するだろうか、と思った。が。

 琴音は何故かほっぺたを不機嫌そうにぷすーっと膨れさせた。


「……そ。私に隠れて浮気しないでよ」


 どうやら嫉妬をしてくれているらしい。

 いや。確かに。私が琴音の立場だったら、少しだけ嫌かもしれない。

 相手が浮気をする様な人かどうかはともかくとして。自分の彼女が、他の女を誘って演奏を共にする、というのは。


「私が浮気する様な人に見える?」

「……見えないけど」


 琴音は唇を尖らせて少し俯いた。


「私は琴音しか愛してないから、ね」


 と。

 先ほどの立場は逆転し、今度は私が琴音の頭を撫でる。

 考えてみれば琴音は二十歳なので、こんなことをするのはどうなのだろうか。

 なんとなく周りをキョロキョロと見回すと、若干視線が痛かった。

 なるほど。こういうのがいちゃいちゃしてるように映るのか。


「琴音、今度エッチしようね」

「黙って!」


 確かに。今の私たちは、少しだけ痛いカップルな気がしてきた。

 流石に最後のは、琴音にしか聞こえないくらいの小声だけど。

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