番外編9 薬師との危険な?夕食

 ◇とても久しぶりの登場となる、森の薬師メディスのお話。

 忘れてしまった方は「第6部・第7話 小瓶と薬師」を見てみてくださいね。



 その日、俺は仕事を終えて騎士寮の食堂で夕食をとろうとしていた。ココとは時間が合わなかったためキーマと二人で席に座り、トレイに乗せた食事を改めて眺める。

 四人掛けなのに横並びで座るのは、これから混んでくる時間帯だからだ。


「美味しそー」

「だな」


 メニューは硬めのパンに、酸味のあるドレッシングがかかったサラダ、ゴロゴロと肉が入った濃い目の熱々シチュー、そしてメインにぱりっと焼けたソーセージ。

 どれもまだ十分に温かく、のぼる匂いが食欲をそそる。よし、まずは冷めないうちにシチューを一口だな。そう考え、スプーンを構えた時である。


「あっ、見付けました!」

『ん?』


 明るい声に揃って目をると、入口付近で白衣姿をした黒髪の女の子――メディスが笑顔で手を振っていた。


 ◇◇◇


「そっちの仕事はどうなんだ?」

「充実してますよ」


 向かいに座って同じメニューを食べ始めたメディスに問いかけると、彼女はコップの水を飲んでから元気よく応えた。


「んん~、ここの料理、美味しいですね!」

「料理人の腕が良いからな」

「やっぱり料理人になれば良かったかな?」

「アホか、両サイドからシバかれるぞ!」


 バシッ! キーマがとんでもないボケをかますので、すかさず後頭部にツッコむ。せっかく正騎士にまでなったのに料理人に転身してどうするんだよ。


「痛た……。両サイドの前にヤルンにシバかれてるんだけど」

「アホな発言するからだろうが」

「ふふふっ。お二人とも、お変わりないみたいですね」

「あはは。それは『相変わらずですね』の間違いかな?」


 彼女がくすくすと楽し気に笑う。

 騎士寮は名前の通り騎士のためにある施設だが、一階の食堂は金さえ払えば他の人間も利用は可能だ。もちろん城の関係者には限られるし、兵舎にもあるから実際に使う奴はほとんどいない。


 メディスみたいな女性が一人で食べていたら、目立って仕方ないだろう。……仕方ない、また誘ってやるか。今度はココ達も一緒にな。

 メディスが楽しい雰囲気のまま言った。


「ヤルンさん、キーマさん。私、このお仕事を紹介してもらえて本当に嬉しいんです。ありがとうございました」

「礼はもう良いって」


 彼女はこの王城に勤める薬師だ。と言っても、魔導医のイリクレルのような実務的な仕事をしているわけではない。主に、城内の敷地にセクティア姫が特別に作らせた「薬草園」と呼ばれる温室で働いている。


 姫が命じた薬草を育てる傍ら、新しい薬の開発や研究もするのが役目なのだ。フリクティー王国への旅で手に入れた新しい薬も、姫の許可のもとに生産が開始されている。

 ……あの人のことだし、高く売るんだろうな。


 そんなメディスをスカウトしたのが俺達だ。これまたお姫様に頼まれてのことだったが、メディスは恩義を強く感じているらしく、顔を合わせるたびにお礼を言ってくるので少し困ってしまう。


「仕事をやり続けられてるのはメディスの実力だろ?」

「そうそう。温情で置いて貰える場所じゃないんだし、胸張りなよ」


 キーマの言う通りだ。国の中枢ちゅうすうたる王城に勤められるのはそれだけ能力があるからだ。……そ、そりゃあ、俺みたいな変化球も居るけど、運だけじゃねぇし。虚勢でもないからなっ!


「いえ、皆さん凄い方ばかりで。私なんてまだまだです。やっぱり推薦者のおかげですよ」

「だから、もう良いっつの。んじゃ、半分ずつってことでオシマイな」


 終わらない不毛なやり取りを打ち切って、口に千切ちぎったパンをシチューに浸してから詰め込んだ。うん、旨い。

 周りが「推薦者」を重視するとしたら、それは俺のバック、要するにセクティア姫の存在があるからだ。でも、それを言うとこの話し合いは永遠に続きそうだったので、あっさりと放棄した。


 そんなことよりも、何もないのにこんな場所には来ないはず。熱を保ったままのソーセージを持て余しながらもフォークでバリバリと食べきり、口内を空にしてから訊ねた。


「んで、今日の用事は?」

「あぁ、そうでした。また新しいお薬の実験をお願いしたいんです」


 やはりか。メディスは長年スウェル近くの森に住んでいたため王都に知り合いがおらず、唯一の顔見知りである俺やココを良く頼ってくるのだ。

 こちらとしても、普段から貴重な薬草や純度の高い薬を譲って貰ったりしている手前、協力するのはやぶさかではないのだが……問題は内容にあった。


「薬の効能は?」

「今度はどんな薬?」


 それぞれに問いかけると彼女は白衣のふところに手を入れ、液体状の薬が入っているらしき小瓶を取り出し、笑顔で告げた。


「一時的に魔力を1.5から数倍に増やすお薬です」

「俺を殺す気かッ!!」


 怒りが叫びとなって食堂中にほとばしる。それ、どう考えても魔力の少ない魔導師が「いざという時」に使う薬だろ!


「あはははははは」

「お前は真横で爆笑すんな!」


 バシリ! もう一発、金髪の後頭部を今度はキツめにはたく。「ぐぇっ」とか潰れた悲鳴を上げているが、馬鹿は放置で良いだろう。

 突然の激昂げっこうと強烈な「どつき漫才」にメディスはきょとんとし、それから「あれ、駄目でした……?」とおずおずと聞いてきた。良いワケあるか!


「あのな。その薬の効き目が本物だとしてだ。たとえば……戦場で相手との実力差が物凄くある時とか、治癒術を使いたい時に足りない魔力ぶんを補ったりするのには重宝ちょうほうするだろうぜ?」

「はい」

「け・ど・な」


 その先は周囲に聞かれたくなかったため、顔を近付けて小声で続ける。


「人間が持てる魔力量の限界ギリギリまである俺が使ったら、間違いなく許容量キャパシティ越えして一瞬であの世へまっしぐらだろうがっ」

「あ……」


 しかも高確率で周囲をも思いきり巻き込んでドカーン、である。一体、何のために普段から水晶を携帯してまで量に気を付けていると思ってんだ? 喧嘩売ってんのか?


「おい、前に言ったよなぁ? 『実験動物モルモット扱いしたら許さない』って。あぁ?」

「わぁっ、ごめんなさいごめんなさい。分かりましたからひゃめてくらはい~!」


 これだから研究者って種類の人間のは手に負えないと、テーブル越しに手を伸ばして白い両頬をムニムニ引っ張ってやった。ん、キーマ? 先ほどの一撃が強すぎたのか完全に沈黙してるぞ。

 けれども、そうしていきどおりのまま「お仕置き」を続けていると、食事中の他の騎士達やカウンターの料理人達からギロリと睨まれてしまった。


 ちょっと待て。俺が悪いんじゃねぇ、文句はこの非常識娘に言ってやってくれっ!


 《終》

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