番外編5 騎士夫婦・中編

「荷物の移動、これで何回目だ?」

「えぇと、大きな移動はスウェルからウォーデン、それからこの王都に送って頂きましたから、お引越しは三回目でしょうか」


 結局、方々に立ち寄って報告と挨拶と書類上の手続きを済ませてから、俺達は引っ越すことになった。


 まずは騎士寮の自室から転送術で荷物を移動させ、他に必要なものは追々買い揃えていくことに決める。今は屋敷の玄関部分に広げまくっている状態だ。

 せっかくスペースが十二分にあるのだから、使わない手はない。誰か来たらどうするんだって? 幻でもかけて全力で誤魔化すっ!


「少ないと思っていましたけど、こうしてみると結構ありますね」

「王都に来てからも、色々と貰ったり買い込んだりしたからな」


 剣や水晶が詰まった箱もあれば、フリクティー王国で手に入れた薬草類などもある。


 読書家のココは圧倒的に本が多いようだ。「ちょっと見せてくれ」と断って、俺はタイトルを目と指先でさらっていく。どれどれ?

 魔術に関する本以外にも、料理のレシピや物語などがある。……おっ、これ面白そうだな、後で貸して貰おうっと。はは、この調子じゃあしばらくは本の虫かもな?


「実に興味深いです」


 逆に彼女も俺の蔵書をしげしげと眺めている。だ、大丈夫だよな? 見られて困るような変な本はないはず……!

 ちなみにこれらの本の保管場所として書庫を設けることも決定済みだ。扱いに注意が必要な魔術書も少なくないため、扉に魔術錠をかけておくことも同様である。


「新しく買うものもそんなになさそうで、良かったですよね」

「だな」


 なお、家具は以前のこの家の持ち主が置いていったものがある上に、お互いの家族がお祝いの品としても準備してくれていた。

 山積みになった本から目を離したココが、荷物を見渡して安堵の表情を浮かべている。


 部屋もかなりの数に上るのだ。全てを自分達で一から整えなければならなかったらと思うと、ゾッとしてしまう。多少、経年劣化はあるにしても、元の持ち主には感謝してもしきれなかった。



 建物は二階建てになっており、一階は主に客間や食堂、厨房、使用人用の小部屋などがあって、二階が家人のプライベートスペースという造りだった。

 前に依頼で貴族の屋敷を訪れた時も、そしてココの実家にお邪魔した時も似たような感じだったから、どこも似たり寄ったりなのかもしれないな。


「よいしょ、っと」


 持ち込んだ荷物をそれぞれの部屋に運び込む。一通り見て回った上で、各々の自室と書庫はやはり二階に置くことにした。そう、隣同士ではあるが、別部屋である。


「私は一緒で構いませんよ?」

「俺達、仕事で帰宅も寝る時間も違うことが多いだろ。この方がお互いに都合良いって。せっかく部屋もこうして売るほどあるんだからさ。それに……一緒だと眠れる気がしないし」


 上目遣いに聞いてくるココに、俺は顔が赤らむのを感じながらも率直に理由を説明する。適当にはぐらかしても追及されるだけだからだ。


「分かりました」


 その時は納得した風だった彼女が、互いの部屋の間に直通の扉を設置して俺を驚かせるのは数日後の話である。わざわざ分けた意味って一体……?



「えっと、これはこっちで、この本は……そっちの山か」


 普通なら重労働になる荷物運びも、重力操作の術を使えばさしたる時間も力もかからない。俺達は私物をざっくり運び込んでから再び玄関に戻り、次に書庫行き予定の本の選別を始めた。

 魔術書は一まとめにしておくべきだし、他の本も系統別にした方があとで探し易いからな。


「なぁ、前は『らない』って言ってたけどさ、やっぱり要るんじゃねぇか?」


 その作業中、俺は少し前から気になっていたことを口にした。他でもない、使用人の件である。

 当初の想定では王都の端で安くて小さめの家を探そうと思っていたため、掃除などの家事も自分達だけでまかなうつもりだった。


 なのに、実際に住むことになったのは豪邸だ。手入れが必要な範囲は屋内のみに留まらず、「ささやか」では表現しきれない規模の庭まである。


「そうですね、私達だけではとても維持出来そうにないですもんね……」

「だろ?」


 分身術を駆使すれば不可能ではないだろう。でも、幾ら持て余しているからと言ってそんなことに魔力をぎこんでいる余裕はさすがにないし、時間も惜しい。

 っていうか、師匠が「何をやっておる」って早々に怒り出すだろうぜ。


 結局、二人で話し合い、周りに相談して人を寄越して貰う手配をしようと決めた。来た人が驚かないように、セキュリティだけはしっかりしておかないといけないが。


「次はこちらですね」

「おう」


 その後も協力して書庫の棚へと大量の本を並べていく。二人で空中に浮かべた本を一冊ずつ手に取って確かめ、あらかじめ決めた位置に置くのだ。

 量が量なだけに最初こそウンザリしたが、ごちゃごちゃだったものが系統立てられていく様は見ていて気持ちが良く、段々と興も乗ってきた。このペースならあっという間に終わるだろう。


「この作業、結構面白いな」

「はい。なんだか図書館の職員さんになったみたいで楽しいで……キャッ」

「えっ? わわっ」


 突然のココの悲鳴に肩が跳ねる。目の前にあった背の高い木製棚から視線を移すと、彼女がバランスを崩して前のめりに倒れ込もうとしているところだった。

 慌てて走り、両手でグッと抱き留める。ふぅ、なんとか転ばずに済んだな。


「大丈夫か?」

「すみません、床に置いた本につまづいてしまって……ああっ!」

「今度は何だ、うわぁっ!?」


 顔を上げたココの視線を追ってぎょっとする。転びかけたことで集中力が切れ、魔術で浮かせていた大量の本が降ってこようとしていた。

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