番外編4 弓使いの疑問・後編
「おーい、まだ誰か居るかー?」
入口の方から同僚の声がかかる。慌てて「待って、まだここに居る」と返事をしようとすると、キーマがあたしの口をぐっと抑え込んできた。飄々としているクセにかなりの力があり、息が出来なくなる。
何をするのだ。このままでは二人とも武器庫に閉じ込められてしまう。それなのに彼は空いた手で「静かに」と指示してきた。
「……誰も居ないみたいだな」
ぎぎぎ、ガチャン。やがて耳へと届いた無慈悲なその音が、外から鍵をかけたものだとすぐに分かった。同時に手が離され、湿っぽい空気が一気に肺へと流れ込んでくる。
「う、嘘でしょ……?」
弾かれたように入口へと走るも、扉は引こうが押そうがびくともしない。用がなければ人も寄り付かない場所であり、今日の訓練はもう終わり……絶望的な心地に襲われた。
「どうして声をかけなかったの、締められたじゃない!」
明かりは扉の隙間から入ってくる糸のように細いものだけで、なんとも心細い。振り返ってキーマに怒鳴ったら、彼は冷静な顔のままで言う。
「この状況で出ていったら誤解されるよ?」
「あ……」
暗がりで男女が二人きり。先ほど自分が想像してしまったばかりだ。明るみに出れば、周囲の者には幾ら「そういう関係ではない」と主張しようが、とても信じては貰えないだろう。
しかし、だからといって次に開けられる時まで待ち続けるつもりだろうか? 誰かがいずれ不在に気付き、騒ぎになってもおかしくない。特にキーマはヤルンほどではないにしろ、そこそこの有名人なのだ。
やはり自力で脱出する方法を考えなくては。――そうだ。
「武器ならいっぱいあるんだし、こじ開けられるかも」
「そんなことをしたら跡が残るよ。……んー、この際仕方ないか」
何か良い案を思い付いたらしい一方で、諦めも含んだ口調に首を傾げる。彼は再び自分の口に人差し指を立てて忠告してきた。
「このことも内緒にしておいてくれる? 知られると面倒だから」
その後の出来事は自分の目を疑うものだった。キーマは扉の鍵がある辺りに手をかざしたかと思うと、あたしの知らない言葉を呟く。小さく、けれどしっかりと。
やがてカン! と硬質な音がして、外側にかけられた南京錠が地面に落ちたのだと気付いた。
え、今のってまさか……「魔術」? なんで、どうしてキーマが? 戸惑うあたしを意に介さず、彼はがらりと扉を開け放ち、言った。
「詳しくは、またそのうちにね」
「待って。魔導師だったの? どうして内緒にしてるの? 凄い才能なのに」
魔力の有無は先天的に決まるものだ。望み、努力して得られるなら欲しがる人間は沢山いるだろうし、あたしだってその一人である。周囲に隠す理由など全く思い浮かんでこない。
とっとと行ってしまおうとする背中に疑問をぶつけたら、どこか面倒臭そうな応えが返ってきた。
「だから、知られると面倒な事情があるんだよ。それに魔力も少ししかないし、使えるのも初歩の術だけでさ。まだまだ駆け出しの
その口ぶりに、ふいに紫色のツンツン頭が
「もしかして、ヤルンが関わってる?」
「……誰かに見られる前に行こう」
明確な返事こそなかったが、自分は無言の肯定と受け取った。
想像も付かない秘密の一端に触れている実感にワクワクしながら、キーマの言う「そのうち」を今は待つことに決め、鍵をかけ直して
「動かないで、じっとして下さい」
別の誰かの声が聞こえてギクリとするも、それはあたし達に向けられた警告ではなかった。
「ほら、傷が出来てます」
「え? あぁ、本当だ。どこで擦ったかな」
聞きなれた響きに安堵する。あれは、ココと……誰だろう? 遠目で良くは見えないが、建物の影で誰かと会話を交わしていた。どうやら声の高さから、相手は同年代の女性のようだ。
「こんなの大したことないって」
「駄目ですよ。今、治しますから」
誰だか知らないけれど怪我をしているのか。それを治してあげようなんて、いかにも心根の優しいココらしい。
彼女ならこちらを見ても変な勘違いはしないだろうからと、あたしは近寄って声をかけようとして――続けて目に飛び込んできた光景に思わず足を止めてしまった。
「さ、出来ましたよ」
「あぁ、ありがと……って!」
名前も知らない女性の頬にココがキスをしていた。相手は真っ赤になって慌てていたが、ココはむしろ面白がるようにクスクスと笑っている。
同性相手でどれだけ仲が良いといっても、キスなどするだろうか。それも常に礼儀正しく、しかもヤルンと結婚したばかりのココが。
「え? え? どど、どういうこと? どういうことっ!?」
今度こそ大パニックに陥ったあたしが思わず振り返ると、キーマは「あちゃあ」と盛大に呆れているところだった。
《終》
◇(お分かりかと思いますが、)ココの相手はルルです。
ルリュスはこれをきっかけに色々と知ることに……。
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